日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ヴェネツィアからボローニャへ 滞在4日目 今回の旅のために購入した最強のグッズ
今回の旅の前に、あるものを買った。
お値段たったの6000円。

だがしかし、その効力は、ヴェネツィア到着直後から発揮され、
我ながら素晴らしい目の付け所だった、と自画自賛中。

と、その話は少し置いておいて、まずはヴェネツィアの典型的風景2枚:

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とまあ上記2枚は昨日のもので、今日のお昼にヴェネツィアを後にした。
今回は初日にヴァポレットの3日間フリーパスを30ユーロちょっとで購入。
使い始めの時間が11:37amだったので、めいっぱい使うことにした。

というわけで、今日の11時まで本島を観光し、11:20のバスでヴェネツィア・ローマ広場からメストレへ。
ヴァポレットのチケットは市バスもOK。11:37前にバスに乗ったため、バスの料金も不要だったというわけだ。

11時までのヴェネツィア観光は、今回訪れた中で、感動した場所を再訪することにした。
場所はパンタロン教会。
この教会、余りに良かったので、その話は後日にまわすとして、まずは時計の針を戻してヴェネツィア入りのときの写真。


下の写真は、パリからヴェネツィアに入ったときに飛行機から撮影したもの。
左手の細い道路+鉄道からヴェネツィア本島に入ると、あとは交通手段は船となる。

周囲をアドリア海に囲まれた島であることが上空からだとよくわかる。

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手前部分を拡大すると
大型客船が停泊してる。

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そして、干潟が一面に広がって。

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ヴェネツィアに入る以前には、アルプス山脈が続いているのも見えた。

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パリからヴェネツィアまでの便はアップグレードしてもらえてラッキーだったのだが、
ブレックファストは、エコノミーより少し量があるだけ、といった程度。

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さて、冒頭の話に戻って、今回の旅で買った最強のグッズはこれ。
望遠鏡。
4950円ぐらいからあるけれど、1000円高く払うと、性能がぐっと高くなる。

天井画や、教会奥の祭壇画を見るとき、必需品だろうと思い買ったのだが、
ここまですごいとは思わなかった。

天井画を仰ぎ見るとき、聖人の頬にうっすら皺が描き込まれているのが見えたりする。
奥の薄暗い祭壇画の聖母の脇の絵の具が、かすかに剥がれかけているのすら見えたりする。

ヴェネツィアは教会も有料だったりして、お金がなんだかんだ結構かかるけれど、
もとをずいぶんとっている、そんな気にさせる最強の一品なのだった。

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2011.08.31 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
ヴェネツィアから~3日目 裏道
3日目は、須賀敦子さんに興味を抱かせたカルパッチョの2人の貴婦人の絵がある
コッレール美術館へ。

共通権で考古学博物館、国立図書館もさっとまわってみた。

めぼしをつけていた訪問場所はすべてカバーしたので、あとはアドリブで。
新婚旅行で泊まった宿がある駅そばには行っていなかったので、
その昔決闘が行われたというグリエ橋へ。

(ちなみに私は新婚旅行以来、5泊6日でジロの旅にきておりヴェネツィアは3度目なので一応先輩風を吹かせている。
記憶でぼんやり位置関係はわかるつもりだったが、ところが地図をもたせたら、ツーレはあっという間に
道を把握してしまい、脳内ナビのある人とない人で、これほど差があるということを改めて
思い知らされた次第。)

この橋のそばからサンミケーレ島息のヴァポレットが出ていることを思い出し、
ふらりと行ってみることにした。
そうお墓の島。
真四角のような不自然の形に切り取られた島で、明らかに人工島といった無機質な島だ。

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以前友人の生田さんが進めてくれた矢島碧さんの「ヴェネチア暮らし」という本にこの島のことが出ていて妙に印象的だった。

緒方洪庵の子息 緒方惟直という人が日本語を教えるためにヴェネツィアの地に居を構え、そしてここで永眠しているという。

水上バス「ヴァポレット」はイタリア語で「お墓」という駅名に止まる。
駅に近づいてきた。

本島のフォンダメンタヌオーヴァの駅からは10分もかからないほどで到着。

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中は立派。
次のフォンダメンタヌオーヴァ行きは15分後。
さっと緒方氏のお墓をお参りし、さっと戻らねば。

と思いきや、このお墓の島、広い、広い。広大だ。

大体の場所(角の壁面)というのは知っていたので、とにかく先を急ぐ、急ぐ。

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ああこれだ、目の高さにも見つけやすい位置に、緒方惟直氏の墓所はあった。
これなお、という文字はCorenaoと「C」でつづられていた。

目をつぶったプロフィール。
本島に少年のように若い。

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右には「緒方」 「之」
左には「惟直」 「墓」
とかかれ、緒方惟直の墓、と読める。

そして、恐らく死=Moriのような単語の頭文字だろう。Mの文字の後には1878年
生まれ(Natoのような単語の頭文字だろう)をあらわすNのあとには1855年。

つまり23歳の生涯を閉じたことになっている。
(この年号が正しくないようなことが書かれていた記憶があるが。)

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なんとか15分後のヴァポレットに間に合い、フォンダメンタヌオーヴォへ帰還。
そばの路地には造花を扱った花屋さん。

そうか、お墓参り用のお花屋さんだ。
マルコ・パンターニのお墓もそうだったが、ミケーレ島のお墓には造花がずらりと飾られていた。

効率的だ、朽ちることなく色鮮やかにお墓を飾っていて。

イタリアでは造花が一般的らしいというのを思い出した。
お墓のそばにはお花屋さん。

国は違っても、共通の文化というのがある。

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そのまたすぐそばには、ガラス工房があった。

ステキなガラスの照明傘が軒に無造作に吊るされている。
売っているわけではなさそうだが、買うこともできそうだ。


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中では職人さんが黙々と作業をしていた。
ガラス細工=ムラーノ島というイメージがあった。

かつて危ないガラス工芸の職人はムラーノ島に押し込められてしまった経緯があると聞く。
しかし本島でこうしてひっそり島の裏側の目立たない場所に工房を構えている人もいるらしい。

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さらにすぐそばには、レストラン。
さきほどの工房で作られたものではあるまいか?

2つの薄オレンジ色の電球傘が飾られていた。


墓参者のためのお花を界隈で売っている人がいて、
はたまた工房で作った製品は観光客だけが買うのではなく、近所の人たちも買っていく。


観光客のための島といった印象が強烈なこの島だけど、
ちょっと裏道に入いると、地元の人々の普通の生活ぶりもある。

そんな地元の人々の普段の暮らしぶりを垣ほんのちょっと間見た気がした。


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2011.08.30 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
ヴェネツィアから 2日目その2 - へそ曲がりの観光コース
2日目、美術館・寺院巡りの合間に探してきたのがこの景色。
どこかのガイドブックで見たものなのだけれど、
サン・マリーナ運河を行くと、運河の分岐点に家が建っているという話。

どこだろう、と運河沿いに歩いてみた。
(といっても運河に側路がない場所も多く、これがなかなか厄介なのだが。)

サンパオロエジョヴァンニ教会の騎馬像を再び眺めながら運河を目指したが、
簡単には見つからず、諦めかけたその頃、
目の前に現れた。これだ。

水路を2つに分かち、踏ん張って建っている。
今まで生きてきた中で、一度も見たことのない景色、それを求めて、
今回観光地の王道とともに、ちょっとへそ曲がり名コースを入れてみた。

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この建物の場所なのだが、日本で調べても見つからないわけがわかった。
ガイドブックの橋の名前が微妙に違っていた。
橋の名前はponte di Conzafelzi コンザフェルズィ橋だった。

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へそ曲がりコース第2弾は、スキアヴォーニ造船所。
休日なので作業は見られなかったが、
ゴンドラ製造所だ。

これはアッカデミア美術館のそばなので、その帰りがけに足を伸ばしてみた。

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作業場の木製の壁には、潮風にさらされて色あせたゴンドリエ-レの帽子が、無造作に掛けられていた。

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次のマイナーな観光ポイントは、リアルト橋。
リアルト橋がマイナーなわけはないが、その橋の脇の道のフレスコ画のアーケードが目的地だ。

あの橋の混雑振り羽目もあてられないので、2度目の前回は6日も滞在して一度も足を踏み入れなかった。
が、こんなフレスコ画があると知り、いってみた。

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すぐそばは、人また人でごったがえしている。
が、この路はシャッター通りと化していて、つぶれた店の跡地が広がっている。

すぐ脇の出店の繁盛振りを尻目に、衰退のままにわが身をゆだねてる。
往時の栄光を愛でに訪れる人もなく。

明暗はこんなに背中合わせ。

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さて、こんなへそ曲がりコースばかり行ってもいられない。
サンマルコ寺院で、前回見なかった、パラドーロを見に行かねばならない。

先を急ぐと、こんな家族連れ。
尻尾が可愛い。


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着きました。サンマルコ広場。

四葉のクローバー仕立ての装飾穴に日が入って、そのままの形の影がつくられているのを飽きずに眺めた。

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2011.08.29 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
ヴェネツィアから~2日目
新婚旅行で訪れたヴェネチアも、ジロを見に行ったヴェネツィアも、
ともに5月のことだったので、真夏のヴェネツィアを、わたしは今まで知らなかった。

ヴァポレットに乗り切れないほどの人々が乗り込み、押し合いへしあい状態で運河を下りつつ、
真夏のべネツィアの恐ろしさを実感した。

こんな状況だったら、予定の美術館はこなせないかもしれない、
どんだけ待たされることだろう、と戦々恐々だったのだが、
まあ、早い話が、団体観光客は、朝早くメインの観光地に行くせいか
結果として、その行動パターンと重ならなければ問題なしのようだった。

さて本日の昼食。

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たまたま歩いていたら、AMO ITALIAさんのサイトで評判のいい店として記憶にあった店に遭遇。
入店を即決。
こちらが店のお姉さん。

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ド・スパーデとは2本の剣という意味のヴェネツィアの方言なのだとか。
(ナイフとフォークのセッティングは我々がわざとやったもの。)

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奥の席は、こんな感じ。

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イカ墨のスパゲティ

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カニのニョッキ。

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イカのから揚げ、ポテトフライ、メロン+生ハム、サラダ。

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カプチーノ。

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本日の行動:アッカデミア美術館、ドゥカーレ宮殿、サンマルコ寺院、その他
チケット売り場で待つこともなく、いずれもすぐに入れたため、本日のノルマは消化。
2011.08.29 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
ヴェネツィアから
朝4時とはいえ気温14度でぶるぶる寒かったシャルルドゴール空港を飛び立ち、1時間40分後に到着したヴェネツィア、マルコポーロ空港は、汗ばむ暑さ。

初日ということで、まずは体慣らし。大混雑の場所を避けてヴェネチアングラスで有名なムラーノ島を目指す。

新婚旅行で行った地なのでなつかしかったのと、サンティ・マリア・エ・ドナート教会の12世紀のモザイクとベッリーニの絵画を前回見逃していたのでリベンジに。

ムラーノ島も観光地とはいえ、サンマルコ広場近辺の芋洗い状態とは大違い。
とくにエドナート教会まで行くと、観光客はぐんと減る。

今の期間、ヴェネチアングラスのオブジェが島中に置かれていて、コンクールのようなものなのかもしれない。
東京駅近辺でよくやっているような。

海を目指すかもめの群れのオブジェに一票を投じたい(?)、と思った。


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お花畑もあった。

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さて、、

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P1000449.jpg
P1000439.jpg念願の教会鑑賞を終え、フォルモーザ教会あたりを歩いていると、エキゾチックな歌声が聞こえてきた。

中をのぞいたら、観光客が外を取り巻くその中側で、なにやら儀式の真っ最中。

観光客の一人が言った。「ボーダだ」と。
スペイン語でいうところの結婚式か。

神父さんのあと、サラリーマン風の人が歌いだし、スペイン語の民謡のように聞こえたのだが、厳かさを漂わせた不思議な楽曲だった。

普段この教会は有料のはずだが観光客は無料で普通に入場し、結婚式のカメラマンと一緒に観光客らも写真を撮影。

教会中にこだまする歌声と、周囲の宗教的オーナメントの数々、そして牧師さんの存在、厳粛さ、など、見たことのない結婚式の風景だった。


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おかしいことに、この新婚カップルには、その1時間後、まったく違う場所ですれ違った。彼らはゴンドラに乗っていた。
2011.08.28 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
成田空港から
雷雨がひどかったが、会社を出るときにはなんとかおさまりほっとする。

一路成田へ。
上野でツーレと合流。

一番早く空港に到着する便=イブニングライナーで成田を目指す。

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空港ではヴィドフランス。
おなかがすいてて6個パンを買ってしまう。
機内料理は期待薄だし。

にしてもこれを見るとジェレミー・ロワを思い出す。

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さらにレオパードまで。

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新型コカコーラの自販機。

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さて、ツーレを試してみた。
これから私たちどこ行くか知ってる?

「ヴェネチア」

その後は?

「うーんと、サストレ」

???
なんだそれ、その次はボローニャでしょう。

「いや、その前にサストレとかいうのがあったよ」

あそうか、ヴェネチアの空港のあと、ヴェネチア・メストレに宿泊する。
サストレじゃなくてメストレだよ。

相変わらずアバウトなツーレであった。

(サストレって、自転車選手の名前なのだ)
2011.08.26 Fri | 国内探索| 0 track backs,
冷蔵庫からっぽ大作戦展開中
旅行を明日に控え、冷蔵庫掃討作戦は進行中。
多めに買った茄子をやっと明日ぴったりに食べ終えるはずだったが、
昨夜ジムでお友達から新鮮な30cmもあろうかという長い茄子を2本頂き、
嬉しい誤算。

生で軽くお塩を振って食べてもいいそうなので、
1本はそれ、
2本目は、揚げびたしにすることに。

自分で買った大量の茄子はお味噌とお砂糖のシギ焼きにしたので。

今晩は茄子三昧だ、というと聞こえはいいが、
茄子攻めだ。

ツーレはいつも外食が多いけれど、ここ最近はなるべく家で食べてほしいと依頼中。
でないと食材がはけない。


玉子はあと残り3個。今晩と明日朝で食べきれる。
よし。

涼しくなってスイカが一玉1290円になったので買ってしまい、(*)
それが今朝まで半分残っていたが、会社のランチに持って行ったりして、
あと残り1/4。
よし。

ただ問題は私のお腹。
なぜか近頃妙に調子が悪い。
健啖家の人がうらやましい。


(*)スーパーでスイカを籠に入れたらおじさんが話しかけてきた。
「なんでこんなに安いんだろうねぇ?」
「寒くなったからですよ」
「それにしても安いよねぇ」
「高い時に買ったんですか?」
「いつも買ってたよ、ここで。1980円ね。」
「へえ、私は1/6切り身しか買ったことなかったですよ。1玉買うのは今年初めて。」
「でもこれ、水っぽいんだよ」
「そうなんですか?」
「まあ、スイカってのは元来水っぽいもんだけどね」

で、家で食べてみて、おじさんの言うことがわかった気がした。
みずみずしい、というのとちょっと違って、確かに水っぽい。
うまく言えないが、恐らく、味が薄いってことだろうと思う。
でも甘かったので、これで1280円は素晴らしい。

いつも買う6分の1で380-480円とかいうのより、かなりお得だ。
2011.08.25 Thu | Private| 0 track backs,
水陸両用バス その3
神戸に登場しているという水陸両用バス。(先のエントリー)
道路法のからみで、簡単に許認可が下りるわけではないようだけれど、

国内ではさらに河口湖と諏訪湖でも見られるという。


しかも公道ではないと思われるものの、セグウェイまでOK。

山梨県、国交省との交渉にたけていると思われる!!


水陸両用バスですが、河口湖と諏訪湖で観光営業されています。
河口湖のほうは、「KABA」の愛称で、親しまれているようです。


セグウェイは、
山梨県北杜市にあるハイジの村でも乗ることができます!

(keiさんから)

2011.08.24 Wed | 国内探索| 0 track backs,
水陸両用観光バス Part 2
水陸両用観光バスの話を書いたら、「神戸・三宮でも走ってるよ」という話を2人の人から聞いた。
全然知らなかった。
関東の方までは有名な話として伝わってきていない(少なくとも我が家には)。

その車両はアメリカのGM社製で、ハワイなどで使われた後来日したという
”おふる””おさがり”なのだとか。

それにしてもよく日本の道路を走ることができたなぁ、
国内の道路法のからみでセグウェイですら公道を走れないのに、、、

と思ってたら、案の定!


『日本の道路交通法に準拠させ、且つ営業許可取るのが大変だったとかの新聞記事を読んだことがあります。
街中走ってるとインパクト大ですよ(笑)』
というコメントあり。

でしょうねぇ。

ちなみに私は去年、セグウェイに乗ったことがある。
むろん、「室内」で!!

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スピードをむらなく均一に出すのがうまくいかなかったけど、
あとはそれほど難しいこともなく。



そして話は戻ってこの水陸両用バス、ボストンで体験したという人もいて。

こんにちは。ブログにアメリカの「水陸両用観光バス」の話が出ていたのでメールしました。
私も以前、アメリカ・ボストンと日本のダック・ツアーの話を書きましたので、ご覧くださいね。


http://wiwe.blog13.fc2.com/blog-entry-242.html
http://wiwe.blog13.fc2.com/blog-entry-86.html

(とらいふるさんから)

2011.08.23 Tue | Travel-USA| 0 track backs,
水陸両用の車両
アメリカから帰国したツーレが撮った写真を見ていたら、
観光バスのようなものがあった。

市内をまわるハトバスのようなものか、と思いきや、
これ、水陸両用で、道路を走ったあと、そのまま湖の観光用ボートに早変わりするしろものらしい。

タイヤはそのままで、プロペラを回して動くようだ。


ツーレも最初は船の形をしたバスかと思ったものの、
車体に「Land & Motor Tour」と書かれていて気がついたそうだ。


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さらに、極めつけはこれ。
車内では、救命胴衣の装着説明が行われていた。


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2011.08.21 Sun | Travel-USA| 0 track backs,
ある日のメール
ある日、メールが届いた。

「僕が乗っているのは、Kogaの自転車です」(My自転車の画像添付)

「ブエルタでは、土井選手に頑張ってほしいですね」


たまげた。
仕事中、お客さんから届いたメールだったから。

弊社で打ち合わせをしたときには、その人、携帯画像で過去のヒルクライムの写真を見せてくれた。


やっぱり自転車、ブームなのだろうか。

あの人、実は自転車乗りだった、そんな意外な展開が最近時たまある。
2011.08.20 Sat | Sports| 0 track backs,
サンミケーレ島に眠る日本人
矢島翠さんの「ヴェネチア暮し」を読んで、なるほどと納得したのはいろいろあるけれど、
そのひとつが天正遣欧少年使節の話。

16世紀に欧州を巡ったという少年たち。
島国日本を飛び出した少年たちの体験は「?」の連続だったに違いないのに、
みずみずしいタッチで書かれた旅行記などの話が入ってこない。

それをふと思ったのが、去年のリスボン出張。

天正遣欧少年使節が宿泊したというサンロケ教会に行き、
この人たち、海外にはうっすらと足跡を残しているようなのに、
日本では、いったいどこをどう回ってどんなカルチャーショックがあったのか
とんと聞こえてこないなと。

(サンロケ教会・中にザビエルの日本渡航の一連の絵がある)



答えは矢野さんの本にあった。
彼らは幼すぎて(10代前半)、それを伝えるすべをしらなかったと。
日本語での読み書きにも不自由だったという。


それに比べて岩倉具視の使節団は、養蚕業のダメージ調査など、はっきりとした目的意識を持っていた。
だから後世に伝えられる書面が残っている。

岩倉らがイタリア滞在した少し前に建設されたのがヴェネツィア大学前身のカ・フォスカリ。
使節団来訪の都市には日本語講座が誕生し、初代日本語講師が
ヴェネツィアのサンミケーレ島で眠っているというのもこの本で知った。

サンミケーレ。
不思議な島。
何の情報もなく先にヴィジュアルで見ただけに:

なんだこの人工的な直線的な島は??
輪郭をことごとく壁に取り囲まれた島は??


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無機質なこの島の異様さは目を引いた。

09年ヴェネチア到着初日、ホテルに荷物を預けた足で向かったのがフォンダメンタヌオーヴォだった。
ブラーノ島へのヴァポレットが出ている。

そこで突如眼前に現れたのがこの島だった。
フォンダメンタヌオーヴォは観光地のキラキラとは無縁の裏側の海の様相で、
そんなただなかのサンミケーレ島。

お墓の島と知ったのはそのあとのことだ。


この場所に眠るのが、初代日本語講師緒方洪庵の子息 緒方惟直という人だそうだ。
死者を弔うこの島で眠る唯一の日本人と聞く。


下はフォンダメンタヌオーヴォ風景。
アックアアルタのときは、水が高く高く押し寄せてくるのだろう。

それを知らせる杭がそこかしこに打たれている。

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アックアアルタといえば、「黒い水の道(カッレ・デラックアネーロ)、なんていうのを見かけた。

アックアアルタのときに運ばれる土砂で黒い水が充満した道、なのだろうか、
などと勝手に想像した。

家の壁に、浸水したときの泥の後などの痕跡を認めることはできなかったが。


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ヴェネツィア暮し (平凡社ライブラリー)ヴェネツィア暮し (平凡社ライブラリー)
(1994/08)
矢島 翠

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2011.08.19 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
建築用語
さて、建築用語の勉強の続きをやるとするか。

昨日までのところはこんな感じ。
レースがキャンセルになり1泊分自由な時間が増えたので、
ヴィチェンツァでパッラーディオを見るつもりで、
にわか勉強。
かなりラフな訳だけど大体がわかればいい。


ルネッタ---- lunetta ---- 半月形
アーキトレーヴ---- Architrave---- 角柱
キオストロ  ----   Kiostro---- 回廊
アプシス ---- apsis---- 後陣
ナルテックス---- narthex ---- 前室
ポルティコ ---- Portico---- 前柱廊
ティンパヌム---- tympanum---- 中央入り口上部のアーチ或いは△部分
テラコッタ ---- terra cotta---- 素焼きの像
パルダッキーノ---- baldacchino---- 天蓋
メトープ ---- Métopes---- 装飾石板
ペンデンティブ---- pendentive ---- クーポラを載せるための△
ロッジア ---- loggia---- アーケードの通廊
2011.08.18 Thu | Art| 0 track backs,
東大前の駅にはあのラファエロの名画が
先日仕事で東大へ。
暑いので余り歩きたくなくて、本郷三丁目ではなく南北線の東大前の駅で下車。

降りたって改札を出ようとして驚愕。
ラファエロの名画「アテネの学堂」(のゆるい模写)が飾られていた。


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最近新設の地下鉄の壁には、その駅にちなむ絵やモザイクが壁を飾る事が多い。

大江戸線の築地市場は、浮世絵風の絵だったり、
勝どき駅は、トリトンスクエアがあることから神話海のトリトンだったり。
桜新町の駅は壁が桜色じゃなかったか。

そして東大のおひざ元の駅のギャラリーに採用されたのは、この一枚というわけだ。

いにしえの学者を一堂に集めたこの絵は、学問の象徴として言及されることが多い。
さすが東大、である。

ちなみにhttp://www.wallpaperlink.com/bin/0706/03530.htmlさんからお借りして、
本物のラファエロのアテネの学堂を見てみよう。

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いやはや、2つを比べると、微妙な模写ぶりがたまらない。

例えば、ラファエロが描いた本物では、
コンパスを持った人物の周囲に人が群がっている風景を・・・

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地下鉄画の方ではこんな感じで輪郭を一部ぼやかしたかたちで描いている。
菱田春草の絵が称されたいわゆる「朦朧体」をやや想起するような。

いや、絵の出来はともかくも、その精神は立派ではないか。

東大の学生諸君、古代ギリシャの哲学者たちに負けぬよう、
勉学に励んでくださいーーー
そんなメッセージが込められている。

メトロ職員が考えたものなのか、学長さんから駅建設の折に指示があったのか、
知る由もないが。

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2011.08.16 Tue | Art| 0 track backs,
最近の本
旅行ガイドブックや美術書と平行して、
この本を読み終えた。

グランプリグランプリ
(2011/06/23)
高千穂 遙

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別途いろいろ書きたいので、まずは置いておいて、

今読んでいるのがこれ。
友人が以前勧めてくれた(ありがとう)。

特異なヴェネツィアという島を考えるその目線が独特で、
感心することしきり。
後もう少しで読み終える。


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矢島 翠

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2011.08.16 Tue | Books| 0 track backs,
一心不乱
昨日、ツーレの実家に帰省したときも、車中でずっと読み続けたのは次回の旅行資料。

陣内秀信さんの著書「迷宮としヴェネツィアを歩く」などを再度読み返し、
ヴェネツィアの邸宅のストーリーを頭に入れようとしたのだが、どうも1枚でスッキリと
まとまったものが欲しくなった。

いちいちページをめくってさらに場所の確認をして、というのではもどかしい。

地図上に書き込みをしたり、いろいろ工夫したがどうもしっくりこない。

仕方なく、自分自身でWordにまとめることにした。

日曜の午前は、この「わたし版カナルグランデ・ガイド」の作成に充てた。
曲線の一筆書きでカナルグランデもどきを作成。
普段仕事でも使わない図形の回転などを使いつつ、
一心不乱にカナルグランデのまわりに邸宅を書き込み、
本を読みつつ一言コメントを入れ、、、

できた!

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オリジナル旅のアンチョコ。
「カナルグランデを取り巻く邸宅編」

マントゥヴァのテ宮殿の天井画に続く、アンチョコその2というわけだ。
(あれはエクセルシートで作った)

これで心おきなく、今日のランチに出掛けられる。
起きぬけのツーレを伴って、前から目をつけていた代官山へ。

と、ところが、あっさり振られてしまった。
ふらりと入店するはずが、
予約でいっぱいと。

へえ、人気店だったのか。

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暑い中、ここまできてスカというのも悔しいので、ついでにある場所の写真を撮ることに。
例のイケメンシェフ殿のお店。

大体の場所は知っていたが、来るのは初めてだ。
店は閉まっていたけれど、もともと写真目的だけだったので問題なし。

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イータリーなどものぞいてみたけれど、休日は余りお得なセットもなく、
(こんな場所を通りながら)

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気を取り直して、ならば駅そばでいいや、というわけで、
あっさり手早いランチに予定変更。

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そもそも本日午後の予定は広尾有栖川公園だったのだ。
園内には、蝉の抜け殻が敷き詰められ、蝉が抜けだした穴倉がぼこぼこにあいていた。

何年も地下に埋もれて、日の目を見たらはかない命、
そんな不可思議な蝉の習性、というか終生を、人間に訴えかけているかのように、
残骸・塹壕が散らばっていた。

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木の幹に置かれた抜け殻が、ぼたぼた地面に落散る中、
そのまま幹にはいつくばっている抜けがらもまたあった。

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中央図書館で、探していた資料にどっぷりとつかりつつ、
図書館でしか絶対手にできないような超ヘビー級の美術書と格闘しつつ、
ひとしきり調べ物をした後は、お手軽にスタバへと駆け込む。


私はキャラメルマキアートのアイス・トールにしたのだが、
ツーレのダークモカチップフラペチーノ・グランデが、絶品だった。
夏はビールよりこれだ。

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広尾のスタバ、この日は空いていた。
何故かこの界隈は、いつもお隣のセガフレードの方から先に埋まって行く。

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2011.08.14 Sun | 国内探索| 0 track backs,
「撃たれないように!」
ツーレと会話中、話は健康診断の話題に及び、彼からこんな話を聞いた。


以前、健康診断を受けたツーレ、とある内蔵が他の人より弱い、とお医者さんに指摘された。

「じゃあ、日常生活で、どういうところに気をつけたらいいですか?」と聞いたら、


「それ自体は普通の生活には問題ないですよ」、と言われた上で、

「でも、一般人がその部分を銃で打たれて回復したとしたも、
貴方の場合は撃たれたら終わりですから、
せいぜいその部分を銃で撃たれないように気をつけて」

と言われたそうだ。


??一体どこの病院で??
と聞くと、


「アメリカ」。


アメリカに短期留学してたときの話と聞き、
それなら納得だ。
2011.08.13 Sat | Society| 0 track backs,
あちらの国のチョコレート
出張者や旅行者のお土産が続いている。
どの国から持ち帰られたものかが即座にわかるようなお土産が。

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2011.08.12 Fri | Gourmet| 0 track backs,
近頃のアフターシックス
先日の銀座のビストロ。
ムール貝を頼んだら、時期でなく、代わりに白貝?でいいですか?といわれ
それにしてみた。
ハマグリの味だった。

ダシが出ていて美味しかったが、
ムール貝の代わりはこの世にはないのだと知る。

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その前には高校の友人と2人でディナー。
仕事を定時に切り上げてすぐ、というスタート時間だったため、まだ空が薄明るい。

闇が迫る前に夕ご飯って、なんだか夏っぽくていい。

ところでその高校の友人は、数年前ロンドン在住だった。
ツール・ド・フランスのロンドンスタートの時、自宅に招かれた。

彼女の家はイーリー。
今暴動真っただ中と言われている地域だ。
一体どうなっちゃったのだろう、ロンドン、イギリス。
礼儀正しい人たちの印象ばかりなのだが。

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先週の夜。
会社の本部単位のパーティ。

ホテルの立食。
売上成績上位ということで会社からのご褒美。

でも我が部は実は貢献していない。
儲けてくれているのは別の部なのだ。

以前は課ごとに現金が支給された。
当時はといえば、我がチームも利益をかなりあげていたので、何度か対象になった。
現ナマで配布してたチームもあるようだが、
我がチームは、チームメンバー全員に同じ記念品を買うのを決まりにしていた。

初めての記念品は、フランス製の革張り手帳だった。
次の年は、有田焼のツインのコーヒーカップ。
今でも食器棚に鎮座してる。

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2011.08.11 Thu | Gourmet| 0 track backs,
ヴェネツィアの「おっぱい橋」へ
◆ 人口の10%が娼婦だった街ヴェネツィア

メールで教えてもらって(本エントリーの下部)映画「娼婦ベロニカ」がヴェネツィアを舞台にしたものだったと知り、なるほど、と思った。

ベロニカを含め当時の娼婦たちは、教養を身につけた存在だったことが映画で描かれているそうだ。

そういえば、須賀敦子さんが著書の中で時折触れる娼婦(コルティジャーナ=cortigiana、複数形はコルティジャーネ)という言葉、「高級」がつく娼婦。

それに対して、普通の娼婦という単語ももちろん存在する。

つまりコルティジャーナ、コルティジャーネというと、単なるお相手以上の特殊な存在だったらしい。

フランス語ではcourtesanコーティザンとなり、語源を調べてみたら、 courtierだという。
つまり、宮廷に出入りすることが許され、重要な機密事項の伝達などを取り扱った女性のこと。

宮廷・政治の中心となった場所は16世紀あたりの当時は公私混同されており、やがてその女性たちはそうした夜のお伴もつかさどり、言葉にはそちらの含みが混じるようになったと。


この娼婦ベロニカの映画の説明を見ても、ベロニカが確かにコーティザンだったと記されている:
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=428


以前聞いたところによると、更に驚くべき事実は、ヴェネツィアの10万人ほどの人口中、娼婦は1万人ほどだったという。

すべてがコルティジャーネ=高級娼婦ではないだろうから、いろいろなランクすべてということだろうけれど。


以前見てきた「おっぱい橋」も、そうした娼婦街の一角で、このあたりの窓からおっぱいをたらして男性を誘う情景が見られたという。
まさに飾り窓だ。
アムステルダムあたりの飾り窓の原点かもしれない。

これがおっぱい橋。




書いてある、ポンテ・デッレ・テッテ。
おっぱい橋、と。



須賀さんの著書に出てきたこの橋を見たくて、大いに迷いながらやっと辿りついたのだった。

本当にわかりにくい場所にあった。
なんの変哲もない橋だけど、満足である。

このあたりに出没していた娼婦と、コルティジャーネとは一線を画していたことだろう。

それにしても不思議の街ヴェネツィア・・
人口の10%とは。

Venezia Cortigiane で検索してみると、例のカルパッチョの絵が出てくる。
やはりあの絵は、そちら側の世界を表しているとしか思えない。

もうすぐその本物の絵を江戸博物館で日本でも見ることができる。
楽しみだ。


日記にあった高級娼婦で、とある映画を思い出しました。
英語のタイトルはdangerous beauty、邦題は娼婦ベロニカです。


主人公のベロニカが、身分もお金もないために好きな彼と一緒になれず、
失意の底で決心したのが高級娼婦になることでした。
なんと、母親がその昔はその筋のプロだったということで、
母親の特訓を受けて高級娼婦へと転身していきます。


この当時の娼婦と言うのは、知識や素養も多く求められていたんですね。
映画の中でも、男性を相手に教養があり、さらにユーモアにも富んだ回答をし、
拍手喝さいを浴びる場面などがあります。


娼婦というものが、かなり地位の高い?職業だったことに驚きでした。


この映画で、ルーファスなんとかさんという俳優さんを見て
けっこう気に入ってしまいました。
(主人公の相手役)
なかなかのハンサムです。
最近だと、キャメロン・ディアスのホリデイにちょっと出てました。



もし、この映画を観ていなかったら一度観てみるといいかもしれません☆


(バナナ魚さんから)

2011.08.10 Wed | Society| 0 track backs,
ヴェネツィア展とコッレール美術館所蔵の『二人の貴婦人』
calpa.jpg--先日健診の帰りに寄ったイタリア政府観光局で見つけたヴェネツィア展のパンフレット。9/23からだそうだが、何より目を引いたのは、パンフレットに印刷されたこの絵。コッレール美術館所蔵の『二人の貴婦人』(カルパッチョ)。

須賀敦子さんが「地図のない道」(もしくはトンボの本の「ザテッレの河岸で」)で触れていた一枚だ。

この2人がコルティジャーネ、すなわち高級娼婦であるのか否かについて考察を巡らせている。この絵については諸説あるらしいが、コルティジャーネの存在に興味を抱いた須賀さんは、貴婦人という説は勝っていない。

そしてコルティジャーネたちが収容された治る見込みのない病院の考察では、その河岸から見えるレデントーレ(救済)教会の威容に治る見込みのない患者たちいも慰められただろう、と思い至る。


水際に建つその教会の姿は、確かに清々しくて、心が洗われる。



2011.08.08 Mon | Art| 0 track backs,
戦後の歌・震災後の歌の不在
昨日の日経新聞、最終面。
震災について書かれた記事に目が止まった。

戦後焼け野原の状態でも、どこかあっけらかんとした明るさが合った。
そのひとつの理由に、人々を励ました数々の歌の存在が合った。
並木路子さんの「リンゴの唄」など。

けれど震災後には、人々を明るく照らす歌がない、と記事は述べている。

確かにそうだ。
今回の震災で弱った心を元気づける新しい応援歌がない。

と思ったら、こんな記事を見つけた。

http://www.excite.co.jp/News/column_g/20110728/Postseven_26889.html

阪神淡路大震災のときに作られた歌が、被災地に届けられたという。
だけど、震災直後には遠慮して、少し落ち着いてから行動に出た、と。

それにしても、戦後のように日本国じゅうが沸くような歌は出ていない。

戦後は日本全体で、震災は地域限定だったからなのだろうか。
だから歌で力づける方が被災地の人でない場合、ちょっと申し訳なくて手がつけにくいのか。

それとも歌の力が少し衰えたのか。

或いは歌以外の何かが現代日本にあるからなのか。
一丸となって進んで行こう、というその号令をかけるとき、歌しかなかった、それが戦後だった
ということなのだろうか。
2011.08.07 Sun | Society| 0 track backs,
近頃の雑貨たち
ツーレが会社のダーツ大会2等賞で賞品をもらって帰宅。
1等賞は食事券だったらしいが、2位はかわいい雑貨たち。

ミニ扇風機!

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そして風鈴。
風が吹く日が余りなく、なかなか鳴らないけど。

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話変わって先日の広尾。
広尾プラザのインテリア売り場で見つけたこんなもの。

ナポレオンですか?
誰が一体こんなものを・・・と言いかけて、そうかここは広尾。

世の中TPOなのだ。
買う人がいるから、置く人がいる。

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で、お友達の作品。
新聞紙で作ったバッグ。

自転車関係の薄いパンフレットなどを入れてある。
A4サイズがすっぽり入るので。
しまいこんだらわからなくなりそうだし、かといってそれほど頻繁に見るわけでもないから
デスクの上に置きっ放しにするのは邪魔、、というパンフレット類の置き場に重宝中・・・だヨ。


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2011.08.05 Fri | Private| 0 track backs,
報道ができること
2日の天声人語にこんなくだりがあった:
「メディアの責任を全うしたい」

そうであれば・・・と思うことがいくつかある。

その筆頭は、「いつも後追い批判記事ばかり書かないで、たまには注意喚起の先頭を切ってほしい」というもの。

放射性セシウムが含まれている稲わらの問題。
飼料の一部には注意喚起が促されていたのに、稲ワラについては政府の注意がいきわたっていなかったとかいう話を耳にする。

そこんところを、今回の被害が報告される前に、「あれ、稲ワラは大丈夫?」みたいな記事で農家に注意喚起を呼び掛ける、
そんな先駆けた報道もたまにはあってもいいのでは。

ジャーナリズムができることって、色々あると思う。
役立つこともいっぱいあるはず。
批判することだけで安住しないでほしい。
2011.08.04 Thu | Society| 0 track backs,
超バッドタイミングな夏休み ~ 行こうと思っていた自転車レースがキャンセルかも
夏休み、同僚たちと予定を調整の上慎重に決めたけれど、
これがどうも最悪の時期だったと判明した。

予定を組んで飛行機を予約した翌日、今やっている重要な仕事のスケジュール書類を受領。
一番肝となる提出日と重なることが判明。

なんとか同僚に頼みこんで、出張してもらうことにした。
まあ彼はあちらの方面に行けば、ほかの客先もあるので、快く応じてくれたが。

そして私が新入社員のときの課のメンバーでの納涼会。
そのときの課は、なにかにつけ思い出深い。
アクの強い顔ぶれが多かったし、いろいろバトルもあったけど、
社長表彰をとったり、いけいけの時期だった。

今ではこの課もほかのチームに吸収されたりして、
メンバーそれぞれバラバラ。
出向・退社もいるし、まだいるメンバー同士でも、社内で顔を合わせることすら滅多ない。

それだけに、行きたかった~。

さらにもうひとつ行きたかった飲み会とも重なり、
とある予定も急きょ変更にせざるを得なくなったり。

でもきわめつけがある!!

今朝教えてもらって知った。
行くつもりにしていた自転車レース(ワンデイレース)がキャンセルになったみたいなのだ。
まだ未確認ではあるものの、おそらく。

とはいえ、到着日に荷物を置いて、その脚でゴール地に電車で移動、という
見に行くのだかなんだか、半端な状況ではあったのだけど。
それでも現地で会えそうな人もおり、しごく残念だ。


実は最初この一週間後のワンデイレースロマーニャを見るつもりだった。
これなら、到着の翌日の開催だし、場所も手軽でベストだった。

ところが、予定を組んでホテルを予約し始めたら、
どうやらボローニャ~マントヴァあたりで何か大きいイベントがあるらしい。
ホテルの値段がが軒並み倍になっていて、ランキングのいいホテルは取れない。

楽勝でその前や後の週には取れるマントヴァの宿ですら、満杯。
となるとお目当ての博物館は大混雑だろうし。
ということで日程をずらしたところが、このありさまだった。
でもいまさら変更は無理だ。


そう、つまり、すべては、マントヴァのジュリオ・ロマーノの壁画を見るため。
ジュリオのせいで、こうなったのだ。
それでもしジュリオやマンテーニャの絵画や芸術がガッカリ、なんてことになったら
目も当てられない。
どうか納得の結果でありますように。。。


ツーレにこれを言ったら、「別にいいよ」と。
「自転車レースを見るとは思ってなかったから」
あれ、言ってなかったっけ?
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2011.08.03 Wed | Private| 0 track backs,
バレた件
会社にて。
とある書類を入手したくて、取引先のTさんに電話した。
挨拶して用件に入ろうとしたら、
「具合悪かったんですね。大丈夫ですか?」と言われた。

確かに私は内視鏡の検査をやった。
でも、普通の健診扱いで有給取っている。
体調がすぐれなかったための精密検査とは言ってない。

つまり具合悪かった、なんてふうに思っている同僚はいない。
一体だれから聞いたのだろう?
いや?もしかして、もしかしたら・・

まさかこの日記?

もう8年ぐらい前か、このDiaryが今のURLに移る前は、
TさんにWeb日記の存在がバレていた。
かつて日記に、「取引先のTさん」の名前で登場したこともあった。

でも、URLを変えてから、移動先は教えてなかったし、
私のWeb日記は消息不明となっているはずだった。

恐る恐る聞いてみた。
なんで知ってるんですか?

ビンゴだった。
この存在がバレている。

同僚たちには内緒にしてくれているけれど。

ばれてヤバいことは書いてないけど、いや書いてないつもりだけど。

なんで存在に気付いたの?と聞いたら、
検索すれば一発、と。
まそりゃそうだけど、そこまでモノ好きとは思っていなかったので。

そうそう、今度江戸博物館でヴェネチア展がある。

Tさんの会社、関係してないのかなー?!
2011.08.01 Mon | Private| 0 track backs,
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