日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
感情的だね朝日新聞
最近の天声人語:

「津波が想定を大きく超えた」という。早い話が、東電の想定が間違っていた。地球や自然への畏敬(いけい)が足りず、結果として津波に負ける原発を海辺で動かし続けた。天災が暴いた人災である


言いたいことはわかる。
確かに人災の点は否めない。

だけど、地球や自然への畏敬(いけい)が足りず・・・っていうのは、論点が逸れているというか。

自然の破壊的シナリオを、原発の格納容器の設計に十分織り込んでいなかったと言いたいようだけど
今回の原因は、原発の設計時の安全担保が甘かったというよりむしろ、
冷却装置のための外部電源の置き方が誠にぞんざいだった点を重視すべきだろう。
これが諸悪の根源だったのは間違いない。

なんでも国からは、既にこの外部電源の措置の甘さをなおすように指導がきていたらしい。
福島第二が被害最小だったのは、最新式なので、その点が改善されてたから。

女川発電所も、その対策はしっかりやっていた。
だから同じ程度の津波(それ以上という説も)でも、女川の方は無事だった。

第一の方は、建設後にそれを指摘されても、放置した。

それを無視した責任は免れないとは思う。
でも、それを設計したメーカーの人たちの安全評価に問題があるかのような
すりかえ議論には、心が痛む。

今昼夜を問わず対応に追われるメーカーの人たちの顔が浮かぶだけになおさらのこと。

「地球や自然への畏敬(いけい)が足りず」なんて軽々しく言い放つ冷たい筆がちょっと気になった。

そもそも天声人語、原発そのものをこきおろしているけれど、
全廃した場合、国を覆い包むであろうCO2への対応については一切触れていない。

これもまた、先に述べた、一方向のみの議論だ。
大局観ではなく、ある一点のみを見て、そこばかり突いてしまうやり方。

CO2問題をどう解決するのかについても是非触れてほしいよ、天声人語。
あれだけ闊達な弁舌が聞かれるのかどうか。
2011.03.31 Thu | Society| 0 track backs,
オール電化を声高に唱える動きに警戒感を抱く
オール電化の家は考えものだな、と思っていたら、
今、オール電化の家を一部で強力に販売促進している、という話を聞いた。

東北地方など、ガスの復旧が遅れたから、らしい。
それでここぞとばかり、電気の家を売り出しているというのだ。

物事、一面だけ見ればそういうことになる。
全体観を書いた考え方。

こういう逼迫した状況になればなるほど、
アンバランスな思考が各所で目につく。


例のセリーグの試合開始決断とて同じこと。
幹部は、「試合をやらなくても、選手に払う給与金額は一緒」と言っていた。
だから試合はやる。
電力不足への配慮が完全ブロックされてしまっている。


一部の海外の扇動的な報道にも相通じるものがある。
ある一面だけにスポットライトを当てて、
それがそうであるための条件などを無視して、一元的に危険性を煽っていたり。


社会が混乱し、人々が不安になると、
大局的な物事の捉え方、メンタリティがますますその重要性を帯びてくる。
2011.03.31 Thu | Society| 0 track backs,
流す涙の質が変わってきた気がする
311の地震以来、毎日涙を流さない日はない。
TVやWeb上の写真などを見ては、朝に夜に、こみあげるものが抑えられない。

でも、最近、その涙の質がほんのちょっと変わってきたかもしれない。

前はとにかく悲惨な様子に胸を痛めて、悲しみしかない涙だった。
でも最近は、心温まる様子、なにかの拍子に垣間見える優しさに、
胸が熱くなって泣けてくることも増えた気がする。

どん底の悲しみの中に光を見出そうとする人たちの健気さや、
限られた環境の中で、奮闘する人々の力強さに心打たれたり。

とはいえ、胸が熱くなるのはその裏に名状しがたい悲しみがあるからに違いない。
人々の心の傷が癒える日は、いつのことなのだろう。
2011.03.30 Wed | Private| 0 track backs,
「オランダ・フランドル絵画展」 文化村
日曜日、文化村の美術展を見に行った。

フェルメールの数少ない男性を描いた「地理学者」がくる、
とかいうのには惹かれなかったけど、
映画で渋谷に行ったついでに丁度手頃だった。

イタリアで宗教画が盛んに描かれていた時代、
庶民派の絵が広く浸透していて
イタリアの潮流とは明らかに違い、
同じ時代でも、国境の存在を改めて感じさせる。

ロイスダールの絵の前で、なんだか彼の絵らしくない
と立ち止まる。
もっと明るい広がりのある絵を描く人じゃなかったっけ?と。

先に歩みを進めて納得だ。
彼のおじさんが、いわゆるよく知られるヤコブ・ロイスダールだったのだ。

音声ガイドナビゲーターは
俳優佐々木蔵之介さん。
借りなかったけど、最近芸能人のレコーディングが流行り。

2011.03.30 Wed | Art| 0 track backs,
ヴィジェ・ルブラン展
土曜日、文化村の、ヴィジェ・ルブラン展に行ってきた。

フランス宮廷文化に貢献した、女流画家のコレクション。

三菱一号館美術館は、建物がよい。

床が板張りで、足音が響くのが美術館としては難点だというが、
それを承知で、明治時代に建てられた歴史的建物をそのまま再現したいという
強い思いが伝わる。

歩くのが楽しい美術館。
展示物のいかんにかかわらず、それ自体、なかなか気分も軽やかになるものだ。


展示品解説を読めば、
フランスでは、絵画における女性の地位が低く、
なかなか第一線で活躍できなかったとある。

そんな中、格下の静物画と肖像画で、一部の女性は宮廷を中心に活躍することができた。

とはいえ、王妃の手習い的な絵もあった。

素養として絵画を習いました、そんな感じの決して一流とはいえない人の絵までが
玉石混交に飾られているところに、
当時の女流画家の層の薄さを改めて感じる。


そんな中、ルブランの絵は、光り輝いていたことは事実。


ただ、ちょっと待てよ。
フランス人女性画家ベルト・モリゾは、印象派の画家として
男性と肩を並べて活躍したではないか、
そう思いネットで検索してみた。


なるほど、ここの↓サイトで謎が解けた。
女性と絵画に関するサイト

「印象派のグループは、女性画家が登場するのに悪くない環境を備えていた」とある。


やはりフランスでは、宮廷画家たちが活躍した当時、女性に出番はなかったようだ。

子育てなどが障害になっていたという。

サロンに出入りしていた女性たちが、絵を描く程度だった時代から、
印象派の幕開けで、女性たちが自立して絵を描くようになったらしい。


ちなみに、こんなところでも、無理やり自転車繋がりを探してしまう自分がいた。

エマヌエーレ2世の妻の肖像画を見つけた。
イタリア統一150年、に関係ある人物だ。

エマヌエーレ2世はサルデーニャ王国の初代王。
首都は当時トリノ。
ジロはそれを記念して、トリノからの旅立ちとなる。
2011.03.29 Tue | Art| 0 track backs,
12時までにお会計を済ませば、100円引きの店でランチ
先のエントリー「1500円ランチが今なら1000円という銀座のイタリアン」に続き、
日曜日の今日は、「12時までに会計済ませば、100円引き」というインド(ネパール)料理。

昼間に文化村ミュージアム、午後に「ツーリスト(映画)」を見にいく、ということで
当初文化村のドゥマゴでランチの予定だったが、
そういえば、あそこ、よさそうだったね、ということになり。
急きょ予定変更。


カレー3種類とナンとサフランライス、サラダ、ドリンク、あとタンドリーチキンなどおかず3つ。
全部で1090円。12時までに会計済ましたので990円!

本日のカレー「海老カレー」が甘くてなかなかない味。
おいしかった。

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場所は、渋谷。明治通り。

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メニュー。
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ミュージアムも映画も、まあまあ。
予想のわりには両方ともよかった、というべきか。

その話はまた別途。
2011.03.27 Sun | Gourmet| 0 track backs,
銀座のイタリアン、今なら1500円ランチが1000円
三菱一号館美術館(丸の内)に、ヴィジェ・ルブラン展を見に行った。
珍しいフランス女流宮廷画家たちの展覧会。

その前に腹ごしらえ、というわけで自然な流れでブリックスクエアへ。
向かった先は、2Fにある「アンティーブ」。

久々にここのスパゲティランチにしようと家でぐるなびを眺めてたら、
今なら11:15までに入店すれば1200-1500円ランチが1000円だとある。

急きょ早めに家を出て、強風の中走ってギリギリ11:15.
が、がくっとするような出来事が。
ぐるなび情報とは裏腹に、何時に入っても1000円だという。
まあ、機敏に行動できたからよしとしよう。

1800円ランチにすると、スパー来るワインが60分飲み放題。
でもツーレは下戸なので、1500円ランチが1000円というやつにする。

前菜。野菜のコンソメがアツアツ。

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メイン。私は牛肉とボロネギのパスタ。
すでに食べかけだけど、強引に写真写す。
牛肉が柔らかい国産牛で、家のそばのパスタ屋とはやっぱり違う、、と唸る。

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ここの売りは、シトラスハニーバター。
これ、ポイント高い。

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この店、中央にガラス戸棚がある。
地震で大丈夫だったのだろうか?と思いきや、
店員さんたちが押さえたこともあり、すべて無事だったらしい。

が、入口バーのグラスが落ちて割れたと。

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それにしても前にきた時はすごく混んでたのに、ガラガラ。

丸の内全体、勢いがない。
みなさん、買いだめでスーパーの梯ハシゴをしているとか?
電気が消えてるところも多いし、やっぱり街も生活もトーンダウンしていて、
こういう時だからこそ、外食だ、活性化だ!とカラ元気出して見る。


美術展の方は、ルブラン以外、中には、貴族のたしなみの趣味程度の絵もあったけど、
当時の絵画における女性の地位を知るうえで、興味深かった。

またいずれ触れたい。
2011.03.27 Sun | Gourmet| 0 track backs,
始まり悪ければ終わり悪し、と、「Force Majeure宣言」発動した話
今まで散々てこずって、にっちもさっちもいかないプロジェクトを
1年半がかりでやっと再生させ、出口がやっと見えていた矢先。

この震災のあおりで、プロジェクト全体が見直されることに。

一時期は英国が立て続けに失敗を犯し、
それをありえない屁理屈でこちらに責任転嫁。
上司もさじを投げ、尻拭い・・なんて図式で
うつ病日記を書くぞ!とまで思ったほどの史上最悪の案件だったけれども、
やっぱり躓くときは、とことん、なんだなぁと感慨(?)深い。

問題山積で、どうなる事かと思いつつも、
それでもなんとか厄介払いで5月連休に片がつくとこまでこぎつけたんだけど。

これからは、後処理でまた大もめ。
まあ仕方ない。
後ろ向きの処理だけど、前向きであるべき時期も、めいっぱい後ろ向きだったから。

英国側がまたギャンギャン言っているけど、こればっかりは震災なんだから。

「キャンセル代以外に膨大な手間賃よこせ」と言わせないため、
こっちから、「義捐金よこせ」とでも言ってやろうか、とみんなで冗談を言っている。


但し、「不可抗力条項」を適用してキャンセル代を阻止するためには、
我々の案件はやや微妙。

被害が間接的と言えなくもない。
それでも一応、昨日、「Force Majeure Declaration/Notice」の書状を英国宛てにドラフトして送付しておいた。

法務部に後で聞いたら、本件のキャンセル代を全部チャラにさせるのは、難しかろうと言ってたけど。
向こうは弁護士を出してくるかもしれない。

一応それがだめならAgreement中のキャンセル条項どおりにしくしくとやるだけだが、
予想外の事由により、条文を拡大解釈をして談判する可能性もある。
英国の会社は、これまで我々に対し、数々の暴挙に出ているだけに。

法外なキャンセル代を請求してきたら、ある目安を超えた場合、法廷闘争も辞さない、
みたいな雰囲気に我々の部署はなっている。
そのために、せっせと来る日も来る日も、英国からガンガン言われつつもエビデンス作り。


思い返せばこの案件、障害がとにかく山のように続いたプロジェクトだった。
省庁3つが絡み、うち一か所で1年半頓挫。

出来の悪い子ほどかわいいというけど、これに関しては、一切なかったなぁ。
躓きの原因を作ったのが自分でないため、
この仕事には最後まで愛着がもてなかった感じ。


人間後ろ向きの仕事ばかりしていると、
精神衛生上よくない。
これとも、もうすぐおさらばだ(こんなかたちではあるけれど)。


停電、放射能漏れ、復興の道まだ険し、と、周囲の世界はまだ光(というか明かり?)が
なかなか見えないけどやっと本来の自分の専門分野の仕事が復活し始め、
ちょっとほっとしている。
2011.03.26 Sat | Private| 1 track backs,
心の影
被災地の惨状を見るにつけ、不平・不満を言ってはならぬ、
と思い知らされるのだけど、
でも、昨日も会社で、「疲れた。。。」
という声が処々で上がった。

通勤電車が間引き運転となり、
運が悪いと、ありえない混雑に遭遇する。
昨日は鞄が引き千切れるかと思った。

人々がギスギスし始めている。
ティッシュやパンの次は水。
群がる人々を見るのが嫌で、ミネラルウォーターなしでよしとしている。

福島原発の影響をあちこちで思い知らされる。

目立った被害がない東京でこれだ。
被災地の人々のストレスたるや、想像を絶する。


会社の隣の列(島)の技術系の人は、あちこちの課から訪れる人に、
原子力の講釈をしている。
世に出回っているウソ、扇動を次々に理論をもって指摘する。

ただ、いかにロジックが通っていたとしても、
放射線の概念に非常に慣れている彼のような人と一般の人とでは、
どうしても受け止め方は違うだろう。

世の中彼のように楽観視している人ばかりではなく、その両極端の意見の
調整役をしようと努めた友人は、遂に白旗を上げた。


昨日の夜は、かつてあるプロジェクトで一緒に働いた仲間と集まった。
新橋は元気だ。

退職した人、転職した人、海外支店で応援してくれてた人、今の部署の我々4人・・

あのときが一番いままでで楽しかったかもしれない。
こじんまりとまとまって、みんな和気あいあいとしていた。


会の最後、そのうちの一人の男性が突然泣き出した。

彼は転職して、メーカーにいる。
彼自身は違うけれど、会社としては、原発のエンジニアリングにもかかわっている。

恐らく日々、周囲では、世間以上に固唾をのんで福島第一原発の行く末を見守っていることだろう。

長年やってきたことすべてがひっくり返ったような暗澹たる気持ちで、
悔し涙を流している人もきっとその会社には大勢いるに違いない。

そうしたストレスと、昔の仲間たちの暖かい言葉がぐちゃぐちゃにまざって、
涙となって頬を伝ったのだと思う。

震源地、原発の事故現場周辺の名状しがたい悲惨さに比べたら、
ほんの一粒程度の重さかもしれないけれど、
今回の災害、原発の状況は、そこから離れた我々の心にも
確かに暗い影を落としている、

それをなにかの折りに付け、日々感じながら過ごしている。
2011.03.25 Fri | Society| 0 track backs,
英国国王のスピーチ と半分英国人の名言
週末、「英国王のスピーチ」を見に行った。
さすがに実話に基づいた話だけあって、最後完全に問題を克服しました、
というストーリーではなかった。

それにしても、コリン・ファースがどこからどうみても、
「ブリジッド・ジョーンズの日記」のあのボーイフレンド役と
重ならなかった。

役づくりがうまいともいえるけど、
10年のときの重みともいえる。

ドラマチックというわけではないものの、見終わった後、
どことなく心穏やかになれる作品だった。


今日は、昔同じ部署だった人たちとの飲み会を決行。
おしゃれな汐留の高層階の・・・という場所を予約したがキャンセルし、
おやじで賑わう新橋真っただ中の居酒屋に。


こういうご時世だから、急に停電とかになって仲間の集まりが悪かった場合、
キャンセル代が出る店はNGというわけだ。

今日来るメンバーの一人に、半分英国人という人がいる。
実際は日本人なのだけど、育ちが向こうで、英語が母国語という人。

その彼に店の変更メールを出した。
その際、メッセージの最後に「orz」のマークを入れた。
半分ガイジンの彼を試したのだ。
このマーク(象形文字もどきの土下座を表してる)わかるかな?と。

案の定、いわゆる略語だと思ったらしく、
わからなかったので、これから必死に調べます、と書いてあった。

意味を説明したら、びっくり・納得してた。
そんな彼のコメントが愉快。


日本人ってなんで発想がこんなに柔軟なのに、人柄は堅苦しいんでしょう

まさに、日本人を外から見た感想。


ちなみにこの飲み会、言いだしっぺは私の上司なのだけど、いつの間にか気づいたら
私が幹事になっていた。

仕事と同じ?
彼と一緒に働いていると、めんどくさい案件は、気づくといつも私が担当になっている(苦笑)
2011.03.24 Thu | Private| 0 track backs,
非常事態を感じるとき
朝会社に行けば、2Fロビーは薄暗く、トイレに行けば、便座がヒンヤリ。
手を乾かすドライヤーもスイッチオフ。
各自タオルを常備せねばならない。
さすがにオフィススペースは点灯しているものの、それ以外は節電モード。
温度も低いから、いっぱい着こんでないとしんしんと冷える。

ネオンが消えた繁華街も薄暗く、わびしいけれど、
これに慣れていかねばならない。

家ではYシャツのアイロンがけは、電力消費用の少なさそうな週末の昼間とする。
蓄電系のものは、なるべく使わない。

世の中、電池も不足していると聞き、手動で点灯する懐中電灯を押し入れの奥から出す。

今日、17:30にとある政府系の研究所を訪問したら、
廊下が真っ暗で、手探りで歩くことに。
非常灯しかついていなかった。
徹底している。
もっとも、研究所内の人口密度が低いからこそできる技ともいえる。

とにかく日々折につけ、有事なんだなぁとつくづく感じる。


3連休は、買いだめの世の中に反発して、補充すべきシャンプーとコーヒーフィルターと
野菜と果物以外一切買わず。
外食でお金は落としても、買いだめはしない。

肉・魚は地震以来買っていない。
冷凍庫にいかに溜めていたかが偲ばれる。
まだまだ余り買わずに済みそうだ。

ただ、卵が買えなかったのは寂しかった。

我先がちにの大混雑のスーパーに行くのが嫌で、
どっと空いた昨日の午後に行ったら案の定牛乳はラスト3つ、
卵なし、ヨーグルトなしだった。
パンは山積み。
前日までの買占めのせいで仕入れが多すぎたようだ。
これで廃棄処分なんてことになったら悲惨だ。

被災地の人にまわらずに、都会でダブっているなんていう事態は
余りに面目ない。

焦らずむらなく買うことを心がけてほしい、世間の人たち。

今朝は仕方なく、ラストワンとなった最後の1つの卵を2人で分ける。
牛乳を多めに入れて溶いて入れてフレンチトースト。
どうせ夜なんて卵はあるわけない。今週は卵なしだ。

地震前に買った缶詰やマーボー豆腐の素などまだまだある。

自分がいかに備蓄癖人間だったかを改めて思い知らされた。

でもこういう災害の時のためだったんだ、と思いつつ、
それらをすっきり消費することを決めた今日この頃。
2011.03.22 Tue | Society| 0 track backs,
地震の前と後: 皇居の壁脱落と白梅
癒されたくて、皇居に行った。

丁度2週間前、この場所に梅を見にいったとき、
これからどんどん芽吹いて春めいてくるんだろうな、
毎週ここにくると、春がからだいっぱい感じられるな、
などと思った。

あれから2週間経ち、
大手門をくぐろうとすると、目の前には

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崩落した白壁。


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中は足場が組まれ、あちこちあの地震で危険個所が出たようだった。

しかし入場を受け入れていた。
普通、安全性の確保ができるまでは・・・みたいな感じで
入場規制をしていてもおかしくない場面。

いこいの場を提供しようという、心意気を感じた。


2週間前盛りだった梅は、終わっていたものが多かったけれど、
今も頑張って花を咲かせているものがあった。

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寒桜が鮮やかな色彩を放っていた。

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こちらは盛りを過ぎていたけれど、交代交代・時間差で、
別の場所で、別の開花が見られた。

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それにしても、寂しい週末の都内。
人が消えた。
いつもは外人さんでにぎわう皇居東御苑。
この日はわずか2組だけしか目にしなかった。

それでも、都内にまだ外人さんが残っていたことに驚く。
多くの人たちがこの場所を見捨てて、祖国や西日本に発って行った。

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2週間前見事な花をつけていた梅の木。
まだ持ちこたえていて驚く。

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下は2週間前の写真。
1つの木に紅白の花をつけていた。
縁起がいい。
今日も、一部紅色の花が残っていた。

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来週もしくるとしたら、梅は終わりかな。

季節は何事もなかったようにめぐっている。

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2011.03.19 Sat | 国内探索| 0 track backs,
デマと真実
おととい、仕事中、東電福島原発の格納容器内圧力が45キロ・パスカルになった、
という報道があったらしい。

それをWebで見たと思われる隣の島の上司が、即座に言った。
「これ、450キロ・パスカルの誤りだな。45なんてありえない。」

その日の夕刊に、確かに450の間違いだったと掲載されていた。

翌日同じ上司:
「まったくジャーナリストは無知すぎる。
45と書く前に、もっと勉強しろ」
とボヤいてた。

のみならず、新聞各紙、デマがとびかう中、「確信犯もいる」、と指摘していた。

かくいう私も、帰り、キオスクのスタンドで、ありえない見出しを目撃した。

こういう非常事態に、進むべき方向を示すベクトルが、どこか狂っている、
そう感じた。


放射線の話は、文科省のこちらのサイトがわかりやすい。

ブラジルのガラパリは、天然界の放射線量が高く、年間10ミリシーベルト。
ミリだ、マイクロの1000倍。つまり、10,000マイクロシーベルト。


むろん年間の値なわけだけど、こちらのサイトを読むと、
現地では、1時間あたり、1時間あたり15マイクロ・シーベルトを示していた場所もあるという。
つまり、年間131ミリ・シーベルト(131,000マイクロシーベルト)

さらに飛行機で東京~ニューヨーク間を往復すれば、胸のX線レントゲンよりも
高い線量を浴びることになる。


こういった話は、エネルギーに多少なりとも関係があるうちの部署では周知の事実。
私はR&D関連の仕事なので、直接関係があるわけではないが、それでもずっと前から知っていた。

今回の事故は脅威的なものではないのかどうか、
今うちの部署の工学系の人たちに、社内他部署からしきりに問い合わせが来ているようだ。


閾値や、事象の因果関係を熟知している人が多いため、
うちの部署では、みんなのんびりしている。


ただ、NHKで今流された、福島県の病院に取り残されている人たちの様子を見ると、
そういう数値自体より、それが結果として引き起こしている副産物としての悲惨な状況がある。


新聞各社、扇動的な報道より、
原発から30km圏内に取り残された患者さんたちを救出するには、どうすべきか、
津波や地震の被災者の方たちへの救援はどうあるべきか、等
弱者の人たち救済のために力強く社会・システム・世間を動かしていってほしい。
2011.03.19 Sat | Society| 0 track backs,
Now on sale
物流の関係で、書店に出回っているかどうか、と心配の声があったことは事実ながら

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2011.03.19 Sat | Books| 0 track backs,
方丈記の中の地震と、点と線

「火災が起こったからといって、地震は起こりません」と、
評論家の清水幾太郎氏が地震の恐ろしさを書いていた・・・
地震は、いわば「災害複合体」である。それに大地がゆれる不気味さは、
風水害の比ではない。

最後の頼りにしている不動の大地がくらりときては、人間存在の根底がゆさぶられてしまう。。。

七百余年前の『方丈記』にも「恐れのなかに恐るべかりけるは、ただ地震なりけり」なのに、
月日がたつと「ことばにかけて言ひ出づる人だになし」という。
考えないこと、早く忘れることしか、安心を得るテはなかった。


これは、昭和48年の朝日新聞の記事。

たまたま地震の2日後、目にする機会があった。

いにしえの昔から、地震の前になすすべもない現実。
科学がいかに進化しようとも、人知の及ぶ範囲ではないことを、
改めてボディブローのように受け止めた。


そして昨日、同じく朝日新聞にこの鴨長明の言葉が引かれていた。

恐らく自社のアーカイブを読んでいた執筆者が、私同様、
35年前に書かれていた”今”を暗示するかのような記事を目にとめたのだろう。


いや、今を暗示するかのような、、というのはあくまで地震の恐怖をあげ連ねた箇所の話。
S45年の新聞記事や「方丈記」が、今のメンタリティと決定的に違う点がある。

「考えないこと、早く忘れることしか、安心を得るテはなかった」というくだり。

今この世に生を受けている日本国民は、この日のことを、一生忘れはしないだろう。

阪神淡路大震災の被災者の人の言葉を思い出す:

「過去の出来事を思い出して、あれは一体いつのことだっけなぁ、とわからなくなる時、
そうそう、あれは震災の前だった、とか、
震災の後に起こった出来事だ、
などと震災の日が、頭の中で一種の時系列的指標になっているのよ」

そんな内容だった。

今回の東日本大震災も、悲しいけれど、
きっと昨日から今日、そして明日へと繋がる自分の人生の線の中で、
ぽつんと浮き出た点として、それ以前とそれ以降を分ける分岐点になる気がする。

そのぽちっとした点を境に、未来の線を力強く描くこと
そのために自分に何ができるのか、考えていかなくちゃなぁと思う。

福島原発の状況沈静化を祈りつつ、いろんなことがぐるぐると頭の中を駆け巡る、
今日この頃。
2011.03.18 Fri | Society| 0 track backs,
日本のためにできること
ときを同じくして、奇しくも2人の人から同じような内容のメールが届いた。
ひとりは大学の友人。
東京在住。
地震がきたら、ちょっと危なっかしいな、っていう古びたビルで仕事をしつつ、
平常通りの暮らしをしている。

彼女はネットから拾ったこんな言葉を引いていた:

「何もできない」と悩んでいる方へ。
普通に生活の出来る人は普通に過ごして、生活をして、
世界を、経済を回していくのが良いのだという。
災害の様子は知っておくべきですが、状況に同調しすぎては世界が回らなくなるよ!
被災した人達が帰る世界を守るためにも、自分の生活に罪悪感を持たないで。



日本経済を支えるために、自分にできることを、という言葉には説得力がある。
その言葉が、阪神の震災経験者の方のものだと知ればなおさらのこと。

まだお会いしたことはないけど、サイトに遊びに来てくれる西日本の人からも。


東京の方々も不便が続いていると思いますが、何とか冷静さを保ってください。
自分は、今出来るを行います。
それは「一生懸命仕事をする」事です。

株も暴落しています。
私の微細な資産も更に微細になりました(T_T)
被災していなくても日本国民は皆影響を受けています。
だからこそ、逆説的に裏日本に住む、西日本に属する地域に住む我々が一生懸命
仕事をして、日本全体の経済を支えたいと思います。


一杯稼いで、儲けて、税金払って、その税金を被災地につぎ込んで貰いたいです。
各々が出来る事を行えば、絶対何とかなるはずです。何とかします。
株が下がって嘆くのではなく、自分の頑張りで株価を上昇させる気概です!


モヤモヤは仕事にぶつけてぶち壊してください。
みんなが仕事を普通に行う事こそが日本再建の第一歩です。
物凄く役に立っているのです。


自分も裏日本から日本を支えます。

(HNさんから)



「孫のために頑張る」、と絞り出すように語っていた被災地の人の涙が、
今日も朝から私を動揺させた。

でも、そういう人たちのために、日本を前に押していく、それが
今の私にできることなのかもしれない。
2011.03.17 Thu | Society| 0 track backs,
窓の外
茨城にいる友人の安否が気になっていた。
携帯が通じるようになったと先日メールの返信をくれた。

でもまだライフラインが整備されていないと。
たまたまツーレの友人が復旧に当たるため茨城に派遣されると知った。

それを言ったら、「早くきてねー」と心待ちにしてた。
その翌日、さっそく復旧作業が入ったそうだ。
1週間かかると聞いていただけに彼女は感謝のメールをよこした。

ツーレが行ったわけじゃないんだけど。

続けて、彼女のメールにはこんな内容:

「作業に来てくれた2人は(福島原発の関係で線量が上がったという報道があったのに)
マスクをしていなくて、マスク2つを差しあげたの」と。

その話を朝ごはんのときツーレにしたら、ぽろぽろ涙流し始めた。

しっかりといとわず復旧の仕事に行った友人の姿を思い浮かべたのと、
そしてマスクをあげた友人の優しさが
琴線に触れたらしい。


小さなことだけど、互いに支え合う気持ちが、こんなときだからこそ
なおさら身にしみる。


だけど、一番それを必要としている人たちに届かないもどかしさを、なおさら感じる。
悲痛な叫びがNHKを通じて各所から入って来る。

昨日の訴えが、今日何も改善されていないことを知り、
言葉もない。
2011.03.16 Wed | Society| 0 track backs,
地獄図のような
悲惨な映像ばかり見ていると、疑似PTSDになったりすると聞いた。
でも、目が離せない。

自分にできることといったら、今現実に起こっていることを直視することぐらい。

一緒に痛みを体験して気持ちに寄り添いたい、などと思っているけれど、
それはきっと傲慢なことで、後ろめたさをそれで解消できると勘違いしているに
すぎないのだろうと思う。

でも、次々と容赦なく明らかになる荒涼たる光景をスルーするのは無理。

戦場のような惨状に、ここは日本かと疑うほど。
泣いても泣いても心は慰められない。

なんで日本がこんな目に遭わなければならないのかと問うてみる。

でも、怒り・憤りを感じ、ヒステリックに叫べば叫ぶほど、
被災者の人たちの、余りに深い底なしの悲しみがずっしりと胸に響くばかり。
2011.03.15 Tue | Society| 0 track backs,
日本頑張れ!
世界が、IAEAが注目している日本の福島原発。
命を賭して作業に当たっている方たちの努力に頭が下がる思い。

最初の爆破の情報共有が2時間遅れた上、
菅首相もなんとTVで知った、などという相変わらずのまずさゆえか、
記者たちからは詰問が飛んでいた。

しかし今は1民間企業問題じゃない。
国を挙げての一大事。
世界の原子力政策に完全に影響を与えつつある。

必死にやってくれている人たちの、無事と成功を祈りたい。


さて、この地震の影響は出版界にも及んでいるという。
自転車雑誌「チクリッシモ」の発売日は、当初予定より1日ほど遅れ、
3月18日(金曜日)だそうです。

間違って前日に書店にいかないでね、とMさんからの切なるお願いです。


またアマゾンに出たら告知します。
2011.03.15 Tue | Books| 0 track backs,
計画停電
輪番制(5グループ分け)で停電がくるという。
やっとTEPCOの正式版が出た。


計画停電PDFファイル(リンク)


災害の規模を改めて実感。


ニュースから目が離せない中、それでも明日は出社なので、通常の生活もしてみる。

昼、千疋屋へ。フルーツ尽くしのランチでビタミンC補給。
山種美術館で浮世絵展を見る。
昨日休みだったジムは今日だけオープン(明日また閉鎖)。夕方のクラスに出た。

ツーレは夕方から出社。23時前にはとりあえず帰れるかな。

私の風邪は一気に悪化。

くるしくて体がだるい。
ジムでも、無理やり体を動かした感じ。


停電に備え、クーラーや懐中電灯類をとりあえず出し、
製氷器で氷を作る。

非常用の食糧が入っている防災袋も押し入れの奥にあるはずだけど、
今日はやっぱりだるい、明日にする。

あと薬は、ティッシュは・・

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夜10時前、ツーレから電話。
輪番停電のグループ分けが発表されたよ、と。

しかし、私の方が先に暫定版の情報得ていて、すでに両親にも連絡済み。
驚いていた。
ネットの方が世の中早いのだ。
2011.03.13 Sun | Society| 0 track backs,
日本の良心
昨夜、家まで歩いて帰る道、うち7kmぐらいは自信を持って歩けたが、
残り3kmほどは、どの道を行くべきか迷った。

そんなとき、昨今エリアマップの拡充で、ずいぶん助かったが、
それでも、少し狭い道は、全くエリアマップのない部分もあり、
あたりに人がいなくて自分の選択が合っているのか不安だったことも。

エリアマップは、まだまだマイナーな道路にはないのだな、
メジャーな道を行くのがいいんだな、そう思った。

が、今日、あるエリアを歩いていたら、こんな光景が。
近くの店の人が、迷う人たちを見かねて即席で作ったようだ。


P2020268.jpg

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昨日、これに救われた人もいっぱいいたことだろう。

こういうときだからこそ、人の優しさが一層身にしみたに違いない。


それにしても、昨日の揺れがひどすぎて、今だにまだ揺れている感じがぬぐえない。
2011.03.12 Sat | Society| 0 track backs,
地震
地震から一夜明け、会社に泊ったツーレがさきほど昼前に帰宅した。
普段家から電車で1時間ほどのオフィスなので帰れないと思っていたら、
たまたま本社に出張。
それなら徒歩で1時間半で帰れる状態だった。

しかし、逆に本社には緊急本部がすぐに設置され、そちらの応援要員にそのまま回り、
泊りこみに。

本人いわく、遠いオフィスで何もできずにただ電車がなく帰れないより、
夜を徹して本社で応援にまわれてよかったと。

こういうときだからこそ、助け合いの気持ちをもち、
精一杯自分にできることで、人の役に立てたことがせめてもの救いだったとも。


一方でわたしときたら、余りの惨状に朝からめそめそしているばかり。

むごい映像、救援や被災した人たちの様子が次々つまびらかになり、
呆然状態。
被災した人たちの状況はいかばかりか。


昨日地震のとき、オフィスの揺れが半端ではなく、
恐ろしかったのも、この精神不安定の原因だろう。

ビルは免震構造のため、通常より大揺れするようにできている。
エネルギーを逃がしてぽきっと折れないためだという。

私がいたのは30F。
1つ下の階では天井が一部壊れた。

キャスター付きのキャビネが地震の最中左に右にぶつかって、すごい音を立てていた。
隣の本部長室のキャビネットの中の置物はすべて倒れ、本棚の本は床にすべてぶちまけられ。

音、悲鳴、揺れ、酔い・・・
東京であのひどさ。

あまりの揺れの凄さに外に出たいと思ったが、
よく考えたら海も近いので津波が来たら危なかった。

いくら揺れがひどいからと言って、安易に外に出るのは危険。
会社内にとどまるのがむしろ安全なのだ。
揺れは地上よりダブルになったとしても。


会社から家まで10km弱。
メールをいくつか打つ必要があり、社を出たのは18時。
同僚はすでに帰るか、もう少しとどまるかの2手にわかれたため、
その時間に出たのはチームでは私ひとり。

てくてく歩いて帰途についた。
銀座・新橋付近はすごく込んでいた。

夜8時には帰宅。
所要時間2時間10分。
新橋のあたりで、どの道を行っていいかわからなくなったが、
大体左斜め前、と進路だけを頭に進んだ。

勝手知ったる場所に出た時はほっとした。
2011.03.12 Sat | Society| 0 track backs,
私の好きな光景: 双眼鏡のおばあちゃん
ある年のツール・ド・フランス。
スタート地点でこんな光景に出会った。

花咲くバルコニー越しに、レースの様子を眺めるおばあちゃん。

良く見れば、なんだかとてもおしゃれをしている。

群衆の目にさらされることを意識した上で、
バルコニーに出る前に着替えて、目いっぱいおめかししたのかな、
などと想像すると、何気に微笑ましい。


P1390553双眼鏡のおばあちゃん1


海外に行くと、ロードレースは決して若者たちの専売特許的スポーツではないと実感する。

いろんな人がいて、人それぞれの応援風景があって。

そんな様子をただなんとなく眺めているだけでも、なかなか心ときめくものがある。

楽しみ方は、人それぞれ。
拘りも、千差万別。
層が厚い、幅が広い。

P1390554双眼鏡のおばあちゃん2
2011.03.08 Tue | Travel-France| 0 track backs,
本日はこんなところに 八王子 その1
今日は朝から八王子へ。

会社の女子が、某ジムのイベントで道端ジェシカがくるので参加する、というので
それに同行したい!きっとこの世のものとは思えぬ脚の長さなのだろう、是非この目で見たい、
などとミーハー心を起こしたが、友人の応援@八王子の方を最終的には採択した。

その後途中下車してジムのクラス・ズンバかステップに出る予定で、
靴、ウエアなど重い荷物一式持って行ったが、
結局友人とのランチで3時間以上八王子の店に居座り、
ジムは断念。
もっとも、十分織り込み済みのシナリオではあったけれど。

ということで、そのまま実家に直行。
夕飯をごちそうになりに。
ツーレも合流。
彼は私より一足先に実家に到着してた。

いつも実家に帰るとまずはおやつタイムでケーキが出るのだけど、
今日はケーキがないという。
母が困った顔をして、「ツーレが2つとも食べちゃった」と。

なんでも、私と彼のケーキ2つをお皿に盛って、
「2人で分けて食べたら?」とナイフを添えたらしいのだが、
彼は無意識に2個平らげて、途中でナイフに気づき、失敗に気づいた。
が、ときすでに遅し。

我が家でもたびたびある。
私の分まで、ひとりで食べちゃうこと。
おい、またかい(怒)


ちなみに、実家に帰る前に、肩揉み具を購入。
会社の同僚がもっていて、なかなかよさそうだった。
使うのが楽しみだ。

満天社 T372ダブルゲルマ満天社 T372ダブルゲルマ
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本日の一枚。
私の真横で実況するKoganeiさん。

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2011.03.06 Sun | 国内探索| 0 track backs,
春は来ぬ
ツーレは今週もスキー。
寝坊の人がいないと、家事がさっさと済む。

ジムの後、ランチはおひとり様で、いつものビストロへ。
4時に秋葉原で約束。

その前に、天気がいいので、皇居東御苑に繰り出す。
やっぱり梅の季節はここでしょ、というわけで。


大手門から梅林に直行。
なんでも太田 道灌が植えたとかいう由緒正しき梅林。

梅の季節は、とりあえず一度は、この甘い香りの中に身を置いて、
待ち遠しい春を感じるのが好き。

以前は羽根木公園に行ってたけど、最近あそこの梅が傷んでいるのが気になって、
そこへいくと、手入れの良さではやはり群を抜いている。

「木の花は、濃きも薄きも紅梅」
と詠んだのは清少納言。

何かの本で読んだのだけど、万葉集の時代は桜より梅の方が頻出するらしい。
で、清少納言の生きた平安時代あたりから徐々に桜が勢力を伸ばすものの、
清少納言は梅を真っ先に挙げている。

鎌倉時代になると、桜の散りざまが諸行無常のはかなさとあいまって、
完全に桜の時代到来となる。

桜の方が華やかだけど、殺風景な冬景色の中あでやかな色を演出する梅は、
エライと思う。

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さて、広場にまわると、今度は寒桜。
去年は少し時期をはずしてしまったけれど、今年はばっちりだ。


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2011.03.05 Sat | 国内探索| 0 track backs,
速さと時間
今日の天声人語が、時速300kmの新幹線「はやぶさ」のサービス開始を伝えている。

今から19年前、時速270kmの「のぞみ」登場時のインパクトを引き合いに出している。

でも、今から35年ほど前に書かれた天声人語をつい先日図書館で目にしたものだから、
これとの比較において、まさに絶大な隔世の念を感じた。


なにしろ、そのときの人々のリアクションといったら、今では想像を絶する内容。

確か当時急行だか特急電車が登場し、時間短縮に一役買ったものの、
同時にそれは、特急料金という新たな賃上げも意味していた、とそのコラムは伝えているのだが、
人々はそれに対しなんと言ったか、というと:

「運転時間が短縮されるのに、賃上げとはなにごとだ。
時短になった分、安くすべきだろう!」


今では、速い、と聞くと、特急料金高そう、という連想になる。
でも、35年前という時代には、まだそういう概念が定着していなかったらしい。

この時代あたりから、「速さの探求」が始まった、と考えていいのかもしれない。


そのほか、当時の天声人語には、戦争という言葉が頻出し、しかもそれが
しごく身近な口調で語られている。

例えば、ジャングルの中から長い時を超えて発見された日本兵の生還は、
当時リアルタイムの出来事だった。


この35年という月日に、半端でない世の中の変化を感じ、
今まったく別の世界を生きているかのよう。
2011.03.05 Sat | Society| 0 track backs,
小嶋敬二選手の太腿
伸縮性のある自転車通勤も可能な背広が出た、という話に関連して、
でも、競輪選手は着れないね、みたいな話になり、
そういえば、去年修善寺のサイクルセンターでこんなもの見つけたっけ。。。

というわけで、競輪の小嶋敬二選手の太ももの模型。
74cmらしい。

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2011.03.02 Wed | Cyclde Road Race| 0 track backs,
東京マラソン2
10km地点。先頭がきた。

日本人いないなぁ、すごい圧巻外国勢、、と思いきや
ひとりいた。

今思えば、埼玉県立春日部高定時制事務職員、川内優輝選手だったようだ。

勇ましい。
庶民のチカラ。

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2011.03.02 Wed | Sports| 0 track backs,
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