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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
アルベルト・コンタドール Alberto Contador の数奇な人生
パリ~ニースでアルベルト・コンタドールが活躍中。
今年もツールで暴れてくれそう。

6年前は、普通の生活ができるのかどうかすら危ぶまれ、21歳にして引退、という可能性すらあったのに。
それを思うと感慨深い。


あれは2004年5月中旬。
アストゥリアス一周の最中、コンタドールが落車したというニュースが飛び込んできた。

第一報は、落車して失神、直後にけいれんで落車と訂正され、最終的に脳内出血が判明。
海綿状血管腫で一時は危機的状況に。

サイス監督はレースを離脱して、両親とともに病院につきそった。

一時はバイパス手術で命は救える、とかいったレベルの話で、選手生命にも疑問符がついていた。

半年後、スペインの雑誌にコンタドールの姿が出た。
病み上がりといった感じで、やや線が弱い印象だったが、ぼちぼちトレーニングを再開するにまで回復したと。





その2カ月後、ダウンアンダーで復帰することができて、よかったよかった、と思ったのだが、
復帰どころか区間優勝してしまい、周囲をあっと驚かせた。

そもそも彼は、バルベルデ、マンセボ、マヨたちとは違い、アマチュア時代から名をはせた選手ではなかった。

バネストのエリート養成サテライトチーム出身でもなかったし、マヨやバルベルデのように、年間2ケタ勝利で大人気、とかいった状況でもなかったし。
オンセでプロ入りしたのも、サイス監督の育成チームにいたから。
突然出てきた選手という印象だった。


4カ月後、ロマンディ一周を見に行った。
コンタドールが出場すると聞き、楽しみにしていた。

大変だったねぇ、と声をかけた。(写真)




その2日後、コンタドールは一番の山場でクーネゴやピエポリらを抑えて優勝。
恐るべし、一体どこまで伸びるのだろう。





闘病の末復活し、一皮むけたかのように強くなって蘇る、、、ランスとかぶるものがあるような。

ランスとかぶるものはほかにもある。
家族のきずな。


ランスの母っ子ぶりは有名な話。

コンタドールの場合は、兄、姉、脳性まひの弟がいる。父は介護で家にいて、母が区役所勤めで家計を支え、弟を中心に家族が団結している、という話を聞いたことがある。


もっとも今では彼は家を出て、フィアンセのマカレナと一緒に暮らしている。
当然のことながら、豪邸だそうだ。
場所も実家のあるピントからそれほど遠くないものの、別の街に移った。
高級住宅街なのだろうか。

庭には噴水、そして大きな鳥小屋。

かつてベランダに集まる鳥が大好きだった少年は、あっという間にずいぶんヒロイックな人生を歩むことになったものだ。
2010.03.14 Sun | Cyclde Road Race| 0 track backs,
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