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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ヴェネツィアのゲットーにて 3 -- ホロコーストの影がつきまとう街
1週間のイタリア滞在中、もっとも印象に残ったヴェネチアのゲットー。その話の続き。

そもそもユダヤ人強制居住区域 を表す「ゲットー」という言葉がヴェネツィア生まれだったとはつい最近まで知らなかった。

私の中ではゲットーというとアメリカの印象が強い。
この言葉に最初に遭遇したのが、NYのゲットーに関する記述だったせいだろうか。

ユダヤ人を囲い込むゲットーが最初にできたのは、ヴェネツィアのゲットー・ヌオーヴォという場所だったそうだ。(”Getto”とはヴェネツィアで鋳造所の意味。)

以降、同様の地域をゲットーGhettoと呼ぶようになった。
言葉の由来に関しては、諸説あるものの、これが有望らしい。

下方の写真は、立ち寄ったシナゴーグ内の書店で見つけたポスター。
運河によって本島から隔絶され、狭い土地に押し込まれた人々の様子が、ポップな色使い、コミカルなタッチで表されている。

ちょっとグランマ・モーゼスを彷彿とさせるような。
とはいえ、それは表面的な意味にほかならない。

実際、この絵を前にして、到底愉快な気分にはなれなかった。
たぶんそれは、書店全体を重苦しく覆い包むホロコーストの影のせい。
店内には、強制収容所、虐殺といった悲惨な過去をつづった本の数々が所狭しと山積みにされている。

ゲットーというのは単にユダヤ人が自由を奪われて生活した場所、そんな一枚岩のイメージで訪れたのだが、そうではなかった。

ユダヤ人の歴史には、すべてホロコーストがつきまとう。
それなしではなにも語れない。
迂闊にも、そんな核心的なことを自覚せずに足を踏み入れてしまった。

それにひとたび気付いてしまったが最後、目の前のポスターがかもしだす妙に突き抜けた明るさを、もはや字面どおりには受け止められなかった。

悲哀とか不幸といったものは、うなだれた姿のみが描き出すものではない、と気がついた。
明るさゆえに際立つ悲しみもあるのだ、と。

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そのポスターのわきには、ホロコーストの歴史を綴った書物が、いたるところに並んでいた。
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アンネの日記も。父の書棚から取り出して読みふけった記憶がよみがえる。
以前アムステルダム旅行の際、絶対アンネの家を訪ねようと思った。秘密のドアに通じる本棚は、そのまま保存され、見た時は、「これかぁ、これなのか。。。」と胸がつまった。
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2009.06.16 Tue | Travel-Italy| 1 track backs,
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