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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ヴェネチアで聖会話(Sacra Conversazione)と出会う
ヴェネチアに行く前、せっかくだからとヴェネチア派の絵画をにわか勉強していった。
図版などを見るうちに、どうやら、ティッツィアーノ、ティントレットなど、この地で活躍した画家たちの名画は、アッカデミア美術館などに行かずとも、あちこちの教会で見られるらしい。
教会用に描いたものが、最高傑作としてそのまま壁を飾っている、という単純な話なわけだけど。

例えばジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子と諸聖人」は、サンザッカリア教会にある。

見てみたいなぁ、と頭の隅に置いていた。
到着初日、船着き場から広場に向かう途中、通りかかった教会の名前を見ると「サンザッカリア教会」と書かれていた。

迷わずして偶然行き当たったことにプチ感激し、中へ。聖具室などに入らない限り無料で、フラッシュなしなら写真撮影OKの教会だった。それにしても、当地の教会は、どれも甲乙つけがたいぐらい美しい。

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ありました「聖母子と諸聖人」の絵。これは宗教画にたびたび登場する「聖会話」(Sacra Conversazione)という主題に基づくもの。

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読んだ本からこの絵について知ったこと:

中央にマリア様とキリスト。足元の天使が礼拝に誘う目でこちらを見ている。左には「ドミネ・クオ・ヴァディス(主よいずこへ?)」でおなじみのペテロ。

右には聖書をもつ西方教会四大博士のヒエロニムス。聖書のラテン語訳をしたことで知られる。トレードマークの白いひげはふさふさ。精悍な老人として描かれることが多い

カタリナ聖女(左)は拷問を逃れたしるしに、通常車輪をもっている。(この絵でも。)

右にいるのはルチア。ランプをもっているのでわかる。ルチアという名前も、ラテン語のLucusからきているそうで、光を現す。イタリア語の光も「Luce」だ。彼女も災難の人で、絵によっては、目を載せた皿をもっていることもあるという。

図版で見たよりおおいに感激した理由のひとつは、絵の周辺にあった。写真で見たような単なる絵だけではなく、現物はドーム部分の重複をはじめ、周囲の彫刻・建物と一体化している。それと教会の荘厳な空気が混ざり合い、これは図録の写真とは別物といってもいいほどだ。全体を見なければ、聖なる雰囲気はここまで伝わらないものだ。

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この絵の前にはいわゆる賽銭箱が置かれていて、これに指定のコインを入れると、電気のスイッチが入り、絵が照明で照らしだされる。すると、教会内にいた人たちが、いっせいにこの絵の前に集まる。みなこの絵の価値を知っている。

わたしが内部にいたとき、最初にコインを入れたのはツアーガイドさん。引率したイタリア人観光客たちに絵をよく見せるためだった。みな消えるまで、無言でじっと絵と対話する。

二度目に入れたのは男性だったのだけど、反応がおもしろかった。
みんなの方を振り返って、「これから電気を入れるから、みんなしっかりこの絵を見るといいよ」みたいな茶目っけたっぷりの目でコインを入れる。
さーっと人々が群がるのを愉快そうに見ていた。

絵の反対側には・・・

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それにしても歩けば教会にぶちあたり、そのどれもが豪華な装飾を施している。その数、余りに多すぎやしないか?

一度おしゃべりをしたイタリア人に、「なぜ教会は町にひとつだけじゃいけないの?」と聞いたら、「そうよねぇ」と笑っていた。

でも、先日堺市から会場に向かう途中、お寺が無数にあるのに気がついた。でも、なんでこんなにいっぱいあるの?とは思わず、単にこの辺はお寺が多い地域なんだな、と思って通り過ぎた。イタリアの教会も、同じことなのだろう。
2009.05.22 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
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