日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
偶然って恐ろしい 3連発 - 美術館ネタで
1) 飛行機の中で出会ったのは、これから訪れるはずのイタリア絵画の解説記事だった

今回、パリ行きの飛行機はアップグレードでビジネスクラスだった。(因果応報、帰りはエコノミー、それも前代未聞の最悪な状態だったけど。)
でも貧乏性なもので、エコノミー入り口通路に置いてある新聞を取って機内に乗り込んだ。
ビジネスなら、キャビンアテンダントの人が配ってくれるというのに。

で、いつも大体朝日新聞を獲るのだけど、ほんの気まぐれで日経をつかんだ。
開いて思わず釘づけになった記事がある。イタリアの画家ジョットの「ユダの接吻」の絵の解説コラム。

「わたし、これからパドヴァに行って、この絵に遭いに行って来るというのに・・・」

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西岡文彦氏が、まるで私のために絵を解説してくれたみたい。ありがたくその記事を持ち帰ることにした。

その数日後、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂でこの絵とご対面。
イエスの表情には静けさがあるけれど、なんとなくニュートラル。
ほのかな違和感を覚えるのは、絶体絶命の状況に不似合いなこの透明な表情のせいかな。

コラムの筆者はこれを、こんなふうに評している。「イエスの(裏切り者に対する)愛と赦しの深淵と孤高を冷酷なまでに描き出す」

”ニュートラル”なんていう言葉しか出てこなかった私。感性もボキャブラリーも貧しいなぁ。


2)日本でティツィアーノと出会う

ヴェネツィアといえば、地元の画家ティツィアーノの絵にたくさん出会える。今回も教会でいくつか見てきた。

帰国して出かけた六本木の国立新美術館「ルーブル展」。
ここでもまた、釘づけになる。

まさか六本木でティツィアーノに会うとは・・
『聖母子と聖ステパノ、聖ヒエロニムス、聖マウリティウス』という絵だ。(写真は購入したクリアフォルダー)

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これも主題はいわゆる「聖会話」。先日ベッリーニの絵のエントリーで紹介したあれだ。

あの絵は常套的な構図だったけれど、こちらは斬新。絵の脇の解説にこう書いてある:

「聖母子の周りに聖人たちが集う「聖会話」はキリスト教美術の伝統的な主題で、とりわけルネサンス期に盛んに描かれました。聖母子を中心にして左右対称に聖人を配する構図が一般的でしたが、ティツアーノは聖母子を左端に配し、その右に聖人たちを並べるという斬新な構図をとっています。」
asahi.com

ヴェネチアの余韻が続いている。


3) ここまで偶然が続くと怖い

偶然って恐ろしい。。。

先日、このDiaryを読んでくれている人から「四国の大塚国際美術館と倉敷の大原美術館に行くのが夢です」というメールをもらった。3日後、日仏時代の友人からメールがあり、「四国の大塚美術館と倉敷の大原美術館に行ってきました」と連絡が入った。

できずぎた偶然。

しかもそれだけじゃない。
この大塚国際美術館には、スクロヴェーニ礼拝堂をそのまま再現した一室があることがわかった。
パドヴァでは、この礼拝堂を見物したものの、制限時間15分。(保護のため。)細部をちゃんとすべて勉強してから行ったわけじゃないので、また行きたいと思ってた。

ならば大塚国際美術館へGo!だ。
はて、いつ行こう??
(で、友人が美術館のパンフレットをくれた)

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2009.05.31 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
ジムの恩恵
前のスポーツジムに、すごくハードでやりがいのあるプログラムを組んでくれるインストラクターがいた。

ジムを変えたので、そのクラスに出られないのを残念に思っていたところ、今のジムの別の支店でも教えていることが判明。ただしうちから電車を乗り継いで小1時間かかる場所だ。

それでもやっぱりあのクラスのよさが忘れられず、できる限り通うようにしている。都合のいいことに実家から歩いて行ける場所なので、クラスの後実家に寄り、早めの夕食を御馳走になってくる。

今回行ったら、帰り際に手土産を渡され、母からはお気に入りベーカリーのパン、父からは「須賀敦子を読む」という本をもらった。

最近ふところが痛い思いをしていたから、施し物がやたら嬉しい。


須賀敦子を読む須賀敦子を読む
(2009/05)
湯川 豊

商品詳細を見る

p.s.1 そういえば先日ジムに、昔トレンディードラマの主役をはっていた俳優Aが来ていた。ガラス張りのクラスからマシンをやっている彼の姿がよく見えたため、気もそぞろ、という人もおり、インストラクター苦笑。私は人に言われなければ彼と気づかない。印象違った。(みんなはそのまんまじゃない、と言うけれど)。

p.s.2 父は若いころから欠かさず岩波書店の月刊『図書』を定期購読しているのだが、今月号を見て、喜んでいた。
2009.05.30 Sat | Private| 0 track backs,
ヴェネチアの路地裏で :コンタリーニ・デル・ボーヴォロ階段
ヴェネチアの宿は朝食込で60ユーロだった。今回3ヶ所に宿泊し、ここが一番お高い宿で、あとは48ユーロ+朝食5ユーロ、朝食込50ユーロ。宿はハズレなしの大満足。

まあもっとも、旅程変更に伴い飛行機の変更料・鉄道のネット予約返金不可などで大損害を被ったので、安宿で儲かった!などという喜びは一気に薄れてしまうのだけど。

ヴェネチアの宿は超狭くて、むろん(?)バス・トイレ共同。このお値段じゃね。でも、バス・トイレは部屋の目の前で、使用するのは私だけ。人も通らず、まあ廊下に出る際にへんな格好ができないという不便さだけで、ノープロブレムだった。

朝食が種類があったのがうれしい。パンは聞いていた通り、パサパサだったけど、栄養補給はちゃんとできた。
(宿のオンライン予約booking.comは便利だ。評価欄に「朝食のパンがパサパサ!」と数人の人が書いていた。実際食してみて、「ああ、ほんとうだぁ、これはヒドイ」と笑った。そういう評価を頂いてもパンの質を上げようとしない頑なさも可笑しい。)

安宿に泊まるとき、私の基準はいつも貧乏旅行の際に泊ったオーストリアの宿。腐って液体がへばりついていた毛布がおかれ、犬のにおいが充満していたあの裏町の巣窟宿だ。それよりどんだけ上か下かを考えるわけなので、必ずどれも「上等な宿」、ということに収まる。

ただし、このヴェネチアの宿、場所のわかりにくさはピカ一。Googleで見ると、辺り一帯ごちゃごちゃしすぎていて、どの道に面しているのかわからない。実際行ってみてわかったのだが、普通は通らないような、両手を延ばすと届きそうなすごく狭い裏道に宿はあった。地図に載っていない道だった。

幸い、この宿は不思議な形で知られる「コンタリーニ・デル・ボーヴォロ階段」のすぐそば、ということが判明。ランドマークがあれば、道を聞くときに便利だ。

ヴァポレットを降りて大体の目安の場所まで歩いた後、迷う前に郵便屋さんにこのボーヴォロ階段の場所を聞いてしまった。とりあえずその場所まで行って、あとはそこを起点に住居番号をたどっていき、無事到着。

ボーヴォロ階段とは、かたつむり階段という意味で、コンタリーニ家の自宅の階段の愛称。らせん状の階段が独特の雰囲気をかもしだしている。

内部が公開されることもあると聞くが、最近は閉鎖状態のようだった。

これがボーヴォロ階段。ユーモラスで存在感あり。

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観光地とは背中合わせの場所にあり、もうすぐそばはサンマルコ広場、という状況なのだが、その一角には庶民の生活の匂いが・・
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宿のそばには、こちらがボーヴォロ階段、という表示があった。この狭い路地を入ると右手がコンタリーニ・デル・ボーヴォロ階段
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2009.05.29 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
ヴェネチア入門 - 柱物語
ヴェネチア回想録

サンマルコ広場から海に抜けると小広場になっていて、そこに2本の柱がある。先日触れた陣内秀信氏の本によると、これは東方からの略奪品。3本持ち帰ったがすべて海に落ちてしまい、1本は取り戻せなかったという。

サンマルコ小広場に設置されてからはこの柱にロープをはって公開処刑を行ったため、生粋のヴェネチアっ子はこの間を通り抜けない、そんな話も書かれていた。生粋のヴェネチアっ子ではない私も、とりあえず間は通り抜けずに迂回した。

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朝7時過ぎのサンマルコ広場。人通りも少なくて、海も広場もすがすがしい。

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柱の上にはヴェネチアの守護神聖マルコの獅子像と、竜退治で知られる聖テオドーロの彫像。
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サンマルコ寺院の柱は、色とりどりの大理石。この不揃い加減は、もしかして、これも東方からの略奪品??

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2009.05.28 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
お勧めの哲学書
さきほどのエントリーに関して、お勧めの哲学書情報を頂きました。

哲学書で私のおすすめは、

 マルクス・アウレリウス『自省録』(西洋古典叢書)
 京都大学学術出版会、水地宗明訳

です。哲人皇帝と呼ばれた人(世界史で習う人)の書き残した日々の断章(アフォリズム)です。
ときどき思い出したとき、拾い読みしたりします。



聞き覚えのある名前です。121年4月26日 生まれ。WIKIによると、「第16代ローマ帝国皇帝。五賢帝の最後の1人。ストア派哲学に精通」。

哲学の普遍性をつくづく感じますね、ローマ時代とは。
2009.05.27 Wed | Books| 0 track backs,
哲学書
先日、池田晶子さんの本のことをチラリと書いたら、こんなメールをもらった。

池田晶子さんの本、僕も最近読みました。
「帰ってきたソクラテス」という文庫本で、先週出張の時、電車内で読もうと駅の本屋で買いました。
池田さんの名前は知っていたので、ちょっと読んでみようかと。

ところが、まだ読み終えていません。
コミカルな対談形式の、文章も平易な本なので、気楽に読み始めたのですが、読み進むうちに、実は難しい事が書いてあるぞと思ってしまい、文章の軽いタッチとのギャップに戸惑って、読むのが止まってしまいました。

そこで今度は、同じ池田さんの「14歳からの哲学」という本を図書館で借りてきました。
「14歳からの」だからきっと判り易いんじゃないかと思って。
ところがまたまた、苦戦中です。
確かに、中学生に語りかける様に、噛んで含める様に書いてあるのですが、そのせいか、かえって頭の中が堂々めぐり状態になったり、これ屁理屈じゃないの、と思ったり、とにかく進みません。


おもしろいことに、もうひとり、「14歳からの・・」を読んだという人からも同じようなタイミングでメールがきて、その人も、似たような感想を持たれたようだった。白黒つかない部分のはずなのに、割り切ろうとするところに無理を感じる、といったような意見。

難しいことは、やっぱり難しく考え、かみ砕いたり・単純化したりせず、難解のまま表した方が逆にスンナリ受け入れられるのかな、そんな意を強くした。もっともこれは世代の違いであって、今の14歳には、こういうのがぴったりなのかもしれないけど。

だからといって、じゃあハイ、私の方はキルケゴールの完全和訳を読みましょう、という気にはすぐになれないんだなぁ、これが。

冒頭のメールをくれた人から、なんか哲学のいい入門書ないでしょうかね、と相談受けたけど、私も同じ質問を自分に投げている真っ最中。

何年も前に「Sophy's World」のペーパーバックを図書館で見つけて借りたけど、これもだめだったしね。

最初から大上段に「哲学」とか構えず、精神科医の作家が書いたものとかどうだろう。昔、加賀乙彦とか読んだ覚えがある。なんか精神論っぽい本ないかどうか、探してみます。
2009.05.27 Wed | Books| 0 track backs,
眺めのいい場所:サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の鐘楼 絶景かな
ヴェネチア サンザッカリアの船乗り場からすぐ目と鼻の先に、ジュデッカ島とサンジョルジョマッジョーレ島がある。
2つの島は寄り添うように海に浮かび、後者はまるで教会のためにある島、といっても大げさではない。

その教会、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会は無料で入れるけど、鐘楼だけは有料。
小さな旧式のエレベーターで上ることになる。
大竹昭子さんの写真に惹かれて行ってきた。

鐘楼の小窓からは、隣のジュデッカ島が見える。三日月の形に細長く海の上に横たわる様子が一望のもとに見渡せる。
テイクアウトしたくなるような景色だ。

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こっちの窓からはヴェネチア本島が見える。

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さらにその隣の窓へ移ってみる。真正面にはサンマルコ広場が、惜しみなくその威容をさらけだしていた。
だけど、、、例の「ショパールの広告付き覆い」の、なんとも興ざめなこと!

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2009.05.26 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
ヴェネチアで、貴族の館ウォッチング
ヴェネチアの大運河=カナル・グランデ沿いには、貴族の館が数々あって目を楽しませてくれる。

なんとなくファンキーな中にも、じっとりと陰鬱なオーラをかもしだしているこの家(写真右)は、カ・ダーリオ(ダーリオの家)と呼ばれている。歴代の家主には不幸が起こり、自殺者もいるのだとか。妙に納得。
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見た瞬間シャッターを押さずにはいられないパラッツォ・バルバリーゴ。大富豪に見染められた日本人女性が住むという。この人の話は本にもなっていて、図書館でヴェネチア関連の本を捜していて遭遇したことがある。

それにしても金ピカで、この界隈では一番目立っている。

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下記はカ・フォスカリ。ヴェネチア総督を務めたフォスカリ一族が住んでいた家は、今ではヴェネチア大学の校舎として転用されている。左にチラリと見えるのは、カ・ジュスティアン。どちらも15世紀ゴシック様式。

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運河沿いに流れる景色も、そうしたちょっとした知識のおかげで、イキイキと見えた。

事前に「地球の・・・」式のガイドブックはほとんど読まなかったけれど、代わりに建築学が専門の陣内秀信氏の著書2つ「迷宮都市ヴェネツィアを歩く」、と「ヴェネツィア 水上の迷宮都市」を読んでいった。(ひとつはヴェネツィアに行く前に頂いたものだ。)

この本、是非お勧め。個々の建物の建築学的意味を知り、目からウロコ。無機質な建造物に心なしかハートが宿って来るから不思議。

ちなみに、「追悼特集 須賀敦子」の本には、イタリア文学に精通する須賀さんとイタリア建築の専門家陣内さんの対談が載っていて、こちらも興味深い。
2009.05.25 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
人を失うことの悲しみより、その人と出会った奇跡に感謝するという発想
高校生の頃、小難しい本が読みたい時期があって、キルケゴールやニーチェを手に取った。
残念ながら、内容はまったく覚えていない。というより、そもそも読むそばからまったく理解などしてはいなかったというほうが正しい。

それでも、最後までちゃんと字は追ったのだから、あの頃の集中力にはわれながら恐れ入る。

で、そのころほどではないにせよ、近頃ちょっと難しい本が読みたくなって、というか難しいことを考えたくなって、本を探したのだけど、これがなかなか帯に短したすきに長し。

キルケゴールを図書館の棚から手に取ったものの1ページ目を開いたとたん閉じた。
あ、だめ、読めないよこんな難しいの。

というわけで、池田晶子さんの「人生のほんとう」という本を読んでみることに。講演会の内容を写したものだ。

はっきり言って、違う意味で考えさせられた。

やはりこういう哲学ものは、すぐに話が存在論になる。
読んでいて、幼少の頃の記憶がよみがえった。自分という主観的な存在が、客観的な世界の中でどう位置するのかわからず、さらに死への恐怖とかがあいまって、布団の中で涙したあの日。ちょっと胸がうずいたというか、胸がザラつくような感覚を覚えて、本を思わず閉じた。

いいことも書いてあった。
人を失うことの悲しみより、その人とで会った奇跡に感謝するという発想。

でも、こうして人間の生と死について真摯に考えてきた池田さんは40代にして亡くなっている。
どんな思いだったのだろう。
最期には、自身の思考は昇華し、ある到達点を迎えたり、完結しただろうか。

結局この本、早々にギブアップすることになった。わたし、やさしい哲学書は苦手らしい、と気がついた。

何を言っているんだか、わかったようなわからないような、深そうであり、どう深いのだかわからないような哲学書・・・読むのなら、そんなのがいい。

わかりやすいのは、読んでいて、 ちょっと辛い。
2009.05.25 Mon | Society| 0 track backs,
マスク強制って・・
ツーレの会社、接客業ではないけれど、毎日社内でマスク(しかもガーゼのはダメ。フィルター付きの使い捨てのみ)着用が義務に。海外渡航は来月いっぱい禁止だからツール観戦には行けない。

自社からインフルエンザを出したくないということなのだろうけど。
ちょっと世間体を気にしすぎていやしない?
もうちょっと、全体のバランスを見て判断することは不可能なのかな。

マスクは今、どこを見まわしたって売り切れ。
イタリア前に買いだめしておいたので暫く我が家は大丈夫だけど、用意していなかった家は大変だろう。

第一、湿った咳をして、いかにもちょっと悪質そうな風邪をひいていてもなーんにもしていない高校生に電車の中でたくさん遭遇するのが気になる。
もしかしたら売り切れで手に入らないとか?

社内全員マスク着用という大げさな措置により、ほしい人にいきわたらなくなる可能性あり。

本当に大事なのは世間体を気にすることじゃなく、社会全体を考えて決定をくだすことなのじゃないかなぁ。

イタリアでは、インフルエンザの人が、病院にもいかず、周囲からうとまれることもなく普通にボランティアを続けていて、新型騒動については全く自覚がなかった。(実際そういう場面に遭遇した。)

向こうではマスクの習慣はないからむろんしていないし、訪れる日本人観光客もそんなものなのか、と現地にひとたび足を踏み入れると無防備だったし。

これだけ海を越えた人の往来が頻繁な昨今、日本だけギシギシやっていても、意味ないなぁ、というのが正直な感想だ。
2009.05.25 Mon | Society| 0 track backs,
都内でレース観戦
先日の堺に引き続き、今回は東京で自転車ロードレース観戦。
ツーレは、堺で買ったA-styleのTシャツを着てTOJ観戦に。
みんなから、Tシャツいいねぇと声をかけられた。
TOJオリジナルで、腕のところにTour of Japanと書かれている。

そのA-styleのチームの選手が今回優勝し、TV局の人に、ツーレは、「(アパレル会社)A-styleの方ですか?」と聞かれた。
TV局側は、優勝チームのスポンサーへのインタビューをもくろんだのだろう。

「違います」と答えると、
ああ、やっぱりー」と言い放ったそうだ。
夕食の時、不満げに(?)ツーレから報告を受けた。(まあ、どう見ても彼はアパレル業界には見えないよなー。)


ところで、総合優勝のパルディーヤ、うーん、誰かに似てる・・
必死に考えて、、、
松原智恵子じゃないし、、、
もしかして、富田靖子

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昼間、お弁当を食べていたら過去ツール優勝者グレッグ・レモンが私の隣にいた外人さんのところにあいさつにやってきた。
紙に自分の連絡先などを書いて渡していた。
隣にいた外人さん、よっぽど大物?

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下記は下重暁子さんとレモン。

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2009.05.24 Sun | Cyclde Road Race| 0 track backs,
大衆迎合は必要悪?
以前出版関係の人と話をしていて、思わず私が口にした言葉がある。
「地道にこつこついいものを作っていても、それが必ずしも売れるとは限りませんからねぇ。」

大衆の趣向とクオリティは、ときに反比例することすらあるぐらいで、必ずしも比例しないと感じている。
これは自分のサイトを通して感じたことでもある。

過去、何気なくエントリーしたロードレースニュースの中で、一番反響があったものは何かといえば、2005年初頭、ウルリッヒが太ってしまい、驚いた話。別人のようなふっくらした顔が載っているサイトにリンクを貼った。
これが過去恐らく一番コメントをもらった記事のはず。

変貌ぶりに驚いて反射的に入れた記事で、感動してじっくり練った記事でもない。それが、だ。

みんなが反応したくなるもの、というのはこちらの思い入れとは無関係なところにあるらしい、そう感じた。

近頃ある種文化雑誌のようなものを読んでいても、似たようなことを感じることがあった。この雑誌、こつこつ地道に丁寧に作られているなぁ、と思うものの、でも脱力系のライバル誌のほうがウケている。

恐らく今、編集の人たちは3分割なのでは?

開き直って大衆化に徹している人;
質に拘り 目利き読者からたまに届く励ましを糧に自分たちの時代がくることを信じている人;
迎合か、信じるものを追及するか、そのはざまで揺れている人。

そんなことをつらつら考えていたら、白洲正子さんの「夕顔」という本のこんな一文に目が留まった。

雑誌社から秘境の湯を聞かれて、

人が何十年もかかって探したかくれ家を、電話一本で聞き出そうだなんて、いい気なもんだ。。。せめて書かないでくれたら、読者は勝手に自分で探そうと努力するに違いない。どんな小さなものでも、自分で発見することの喜びにまさるものはない。これからの雑誌はテレビは、出来合いのものを頭から押しつけるのではなしに、そういうことのたのしみを教えるべきではなかろうか。


これが書かれたのは90年前半。そのころから押しつけがましさは健在だったというわけか。
今なんてもっと拍車がかかっている。

これもきっと、売れる記事のため。探す喜びを教えるものより、出来合いのものをかっこよくあしらって提示するほうが売れるに違いない。

お金と時間が限られているから、おぜん立てにありつくのが手っ取り早いのは確か。

でも、そういうものに反抗したい。自分でトライしてみる楽しさを捨てたくはない。お仕着せのものなんかにのるもんか。。。

ということで、こつこつ頑張っている雑誌を応援することにする。


Photo: 本文とは無関係。イタリアの新型特急列車。とにかくかっこよかった。その名もフレッチャ・ロッサ、つまり「レッドアロー」。この名称って、速い列車の相場?
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2009.05.23 Sat | Books| 0 track backs,
ヴェネチアで聖会話(Sacra Conversazione)と出会う
ヴェネチアに行く前、せっかくだからとヴェネチア派の絵画をにわか勉強していった。
図版などを見るうちに、どうやら、ティッツィアーノ、ティントレットなど、この地で活躍した画家たちの名画は、アッカデミア美術館などに行かずとも、あちこちの教会で見られるらしい。
教会用に描いたものが、最高傑作としてそのまま壁を飾っている、という単純な話なわけだけど。

例えばジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子と諸聖人」は、サンザッカリア教会にある。

見てみたいなぁ、と頭の隅に置いていた。
到着初日、船着き場から広場に向かう途中、通りかかった教会の名前を見ると「サンザッカリア教会」と書かれていた。

迷わずして偶然行き当たったことにプチ感激し、中へ。聖具室などに入らない限り無料で、フラッシュなしなら写真撮影OKの教会だった。それにしても、当地の教会は、どれも甲乙つけがたいぐらい美しい。

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ありました「聖母子と諸聖人」の絵。これは宗教画にたびたび登場する「聖会話」(Sacra Conversazione)という主題に基づくもの。

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読んだ本からこの絵について知ったこと:

中央にマリア様とキリスト。足元の天使が礼拝に誘う目でこちらを見ている。左には「ドミネ・クオ・ヴァディス(主よいずこへ?)」でおなじみのペテロ。

右には聖書をもつ西方教会四大博士のヒエロニムス。聖書のラテン語訳をしたことで知られる。トレードマークの白いひげはふさふさ。精悍な老人として描かれることが多い

カタリナ聖女(左)は拷問を逃れたしるしに、通常車輪をもっている。(この絵でも。)

右にいるのはルチア。ランプをもっているのでわかる。ルチアという名前も、ラテン語のLucusからきているそうで、光を現す。イタリア語の光も「Luce」だ。彼女も災難の人で、絵によっては、目を載せた皿をもっていることもあるという。

図版で見たよりおおいに感激した理由のひとつは、絵の周辺にあった。写真で見たような単なる絵だけではなく、現物はドーム部分の重複をはじめ、周囲の彫刻・建物と一体化している。それと教会の荘厳な空気が混ざり合い、これは図録の写真とは別物といってもいいほどだ。全体を見なければ、聖なる雰囲気はここまで伝わらないものだ。

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この絵の前にはいわゆる賽銭箱が置かれていて、これに指定のコインを入れると、電気のスイッチが入り、絵が照明で照らしだされる。すると、教会内にいた人たちが、いっせいにこの絵の前に集まる。みなこの絵の価値を知っている。

わたしが内部にいたとき、最初にコインを入れたのはツアーガイドさん。引率したイタリア人観光客たちに絵をよく見せるためだった。みな消えるまで、無言でじっと絵と対話する。

二度目に入れたのは男性だったのだけど、反応がおもしろかった。
みんなの方を振り返って、「これから電気を入れるから、みんなしっかりこの絵を見るといいよ」みたいな茶目っけたっぷりの目でコインを入れる。
さーっと人々が群がるのを愉快そうに見ていた。

絵の反対側には・・・

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それにしても歩けば教会にぶちあたり、そのどれもが豪華な装飾を施している。その数、余りに多すぎやしないか?

一度おしゃべりをしたイタリア人に、「なぜ教会は町にひとつだけじゃいけないの?」と聞いたら、「そうよねぇ」と笑っていた。

でも、先日堺市から会場に向かう途中、お寺が無数にあるのに気がついた。でも、なんでこんなにいっぱいあるの?とは思わず、単にこの辺はお寺が多い地域なんだな、と思って通り過ぎた。イタリアの教会も、同じことなのだろう。
2009.05.22 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
DHLも船で
時計をさらに戻してヴェニス2日目の話。

早朝目が覚めて眠れない。
朝食は8時からだから、その前に散歩に出ることに。

使い勝手のいいヴァポレット(水上バス)は6時過ぎが始発。
これに乗って島を巡ってみようと外に出た。

(ちなみにヴァポレット1週間乗り放題チケットをネットで購入し、空港で引き換えておいた。1週間パスは定価50ユーロだけど、ネットの早割だと37ユーロになるのだ。滞在中、乗り倒した。30回近く乗ったかな。)

朝は気持ちがいい。観光客の姿もなく、ここで暮らす人たちの日常風景が広がっていた。
この時間、とくに物流が活発だ。
おや、DHLの船がゆく。さすがにしっかりビニール袋で覆われている。
ここではすべての行為に水が介在するのだなぁ。

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段ボールをたんまり積んだ船も。なんだか湿気ているような・・・少々心もとない。

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生活物資が次々と船で運ばれていく。こりゃ、物価が高いわけだ。一度にたくさんは運べない。

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この島にはLOFTや東急ハンズみたいにあらゆる商品であふれ返っている店はない。すべてちびりちびりと運んでもってくるしかない。

そういう不自由さをかこつでもなく、ここの人々はすばらしいまでに水と共存している。生活の知恵といえばそれまでだけど、非常に特殊な環境には違いない。

下の写真)救済教会という名のレデントーレ教会がはるか先にぼーっと見える。

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下の写真)ゴンドラはまだ休眠中

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下の写真)水上タクシー乗り場も人気なく。朝は気持ちがいい。

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2009.05.21 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
ヴェネチア紀行 - いざ「オッパイ橋」へ 
5月8日、ヴェネチアで。
10時からチームコロンビアとスコット協賛の会見が予定されており、その前に、1時間半ほど時間があった。(なんともはや、宿の朝食は8時からなのだ。)

1時間半で行ける場所・・・と考えて、「オッパイ橋」を選んだ。
須賀敦子の「ザッテレの河岸で」にこんなくだりがある。

「十六世紀、この島を風靡した男娼と家庭婦人の売春の流行を憂えた政府が、公認の娼婦を奨励したので、ある道筋では、女たちがあらわにした乳房をバルコニーの手すりにでんとのせて、通りかかる男を誘ったという故実までつたわっている。リアルトの向こう岸にある、<テッテ(オッパイ)橋>という奇抜な名がついた小さな橋は、その通りの名残という。」

当時のヴェネチアは、十万人中一万人が娼婦だった、などという話も聞き、この島の素顔はサンマルコ広場ではなく、こうした裏道にある!と勝手に決め付け、このオッパイ橋を見に行くことに。

周辺には今でもちょっと怪しげな旅籠が残っているのでは?などと期待しつつ。

ただし、googleで事前に調べておいたその場所は、かなり複雑に入り組んだ下町の真っただ中にあった。地図を見ただけでも嫌になるほどぐねぐねしていて、うまくたどり着ける自信はなかった。

勝負は1時間半。まずリアルト橋を渡り、サンマルコと逆の庶民が暮らす一画に足を踏み入れた。

通勤の人たちで混雑する通りを抜け、S・ポロ広場を羅針盤代わりに自分のいる位置を確認し、迷路の道を何度も行きつ戻りつしながら、少しずつ近づき、たぶんこの橋を越えたら次の橋がオッパイ橋のはず、と期待に胸を膨らませ・・・

ついに登場。オッパイ橋。もちろんなんの変哲もない橋だけど、、、ここでオッパイをどっこいしょと垂らして”彼女たち”は殿方をユーワクしていたというわけか。なるほど、これは感慨深い・・・

事実であったとするならば、壮観だったろうなぁ。

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いきなり「オッパイの河岸」なんていうハゲかかった表示が出てきて苦笑。
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橋の真正面には「オッパイ橋(ponte de le tette)」の表示。
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橋のたもとにも、くどいぐらい再びponte de le tetteの表示。
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橋からの眺め。品位ある界隈、というのからはかけ離れてはいるものの、下卑た怪しげな匂いがぷんぷんしている、という感じでもない。この場所に立ってみて、500年ほど前の風紀乱れた猥雑な町の匂いを嗅ぎとるのは無理というもの。

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あちこちに「オッパイ」「オッパイ」「オッパイ」と連呼するがごとく表示を出し、過去の娼婦たちの暮らしぶりをそのまま消し去らずに、思い出として伝え続けるこの街の懐の深さ(?)といったら。

橋自体は普通だったけど、昔の名残をとどめたこの場所では、「今」と「500年前」という異なる時間軸が同居しているような不思議な感覚を覚えた。

ヴェネチアでは、時の長さの尺度が、日本とは違うんではあるまいか、そんな気もした。

ひとりひそかに悦に入り、中心部の豪華ホテルへ移動。コロンビアの会見には、予定時刻の5分前に到着。ただし選手たちを乗せた船が遅れ、20分待ちぼうけだったから、焦る必要はなかったみたい。
2009.05.20 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
目を楽しませてくれた期待通りの場所 : ヴェネチアから船に乗って出かけたブラーノ島
5月5日朝10時過ぎ、ヴェネチアの空港に到着し、バスと船を乗り継いでリアルト橋へ。宿はそこから徒歩圏内。荷物を置いてフォンダメンタヌオーヴォの河岸まで道に迷いながらたどり着いた。船着き場が広いので、乗り場を間違えないように注意しながらラーノ島行きの船に乗り込んだ。

ヴェネチアングラスで有名なラーノ島は観光で訪れたことがある。でも、ブラーノ島へは行ったことがなかった。

漁師たちが霧の中、帰る家を間違えないようにと、カラフルに塗装分けされた家並みが絵になると聞く。
行ってみて驚いた。仏・オンフルールみたいに、絵ハガキスポットはごく狭い範囲だけ、なんだと思っていた。
ところがどうして、歩けども歩けども、目にも鮮やかな景色が続く。おもちゃの町みたい。

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洗濯物も見た目を考えて干している気がする。
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この一枚は、最初にヴェネチアでネットがつながったときに入れたもの。あのときはネット使用時間15分で急いでいたので場所を含めあれこれ書かなかったけど、ブラーノ島の景色だったのだ。
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雨上がりだったので、こうして軒先に傘をぶらさげている家が散見された。
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マリア様を飾っている家も。信心深さがしのばれる。
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広場にはたくさんの子供たち。遠足のようだった。
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この島はレースが有名らしい。わざわざここで買わなくても・・という感じがしたけど。
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船がついて上陸。最初に目にする光景。
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船がブラーノ島に近づくにつれ、色とりどりの家々が目に入る。
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2009.05.19 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
TOJ!ダスキンがこんなところで活躍
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昨日行われた堺市でのロードレース ツアー・オブ・ジャパンTOJである発見。
白いコース用の柵は、ダスキンのレンタルだった。
多角経営してますなぁ。

****

今朝の朝日新聞4面に新型インフルエンザ感染者数一覧が出ていた。メキシコと北米、カナダ、コスタリカ、スペイン、英国に次いで日本は7番目。101人。(今はもっと増えた)。一方イタリアはたったの11人。

でも正直、この数字鵜呑みにしてはいけないと思う。イタリアに行ってきた経験上、断言できる。イタリアでは新型インフルエンザは単なるひとつの風邪としか考えていないし、患者数をきっちり数えてはいない。
日本とイタリアでは対応があまりにかけ離れていて、超違和感がある。

どちらがいいとかいう単純な話ではないだろうけれど、日本、このペースでいくと社会的に麻痺しやしないか?

****

ところで、昨日のEX予約の話で下記メールが。


* Email From なまはげ74さん

東海/西日本はEX-ICカードで、東日本のえきネットはモバイルSuicaでチケット
レスで乗車可能です。

ただし紙発券後に乗変、払戻する時には通常切符より不利な条件があるので、注
意した方がいいです。

ちなみにEX予約(EX-ICカード)だと発駅が『東京』や『品川』単駅になると思うので、通常の様
な『都区内』発着にはならないはずです。



そう、都区内発着がどうしても必要な我が家は、EX-ICカードにせず、駅で発券するクチです。2分ほどロスだけどこれで十分と思ってます。

****

それから以前書いた台湾のパイロットの話。「イヴァ航空」勤務と言っていたのは、EVA Airのことではないかというメールを別の人からいただいて、そういえば名刺をもらっていたっけ、と探したところ、やはりそうでした。台湾にEVA Airというのがあるのですね。
2009.05.18 Mon | 国内探索| 0 track backs,
JRエクスプレス予約はなんとも便利 - もう指定券変更で窓口に並ぶ必要はない
写真は今日、仁徳天皇陵そばの公園で。きれいな色の雨合羽を着た兄弟が電車を間近で見るためになだらかな斜面を駆け上っていった。

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東京へ帰還。
当初、新大阪17:15発ぐらいの新幹線の指定券を予約していた。
少し早く乗れそうだったので、天王寺に到着したときに、予約を変更。
発券さえしていなければ、携帯からアクセスしてネットで簡単に変更できる。
天王寺の駅に着いたのは16:10。
そこからすぐに御堂筋線で新大阪に向かうとして、16:45ぐらいには新幹線に乗れそう、というわけで、16:47発に指定を変えたのだ。
もう窓口に並ぶ必要はない。
JRエクスプレス予約の最大の魅力だ。
2009.05.17 Sun | Useful Information| 0 track backs,
大阪にて:「連れ去られたメガネのおじさんがいた場所に行きたいんですが」
正午に新大阪到着。13:30に天王寺で待ち合わせなので、どこかでその前に昼食を。新大阪から、とにかく繁華街に行こうと決める。

御堂筋線に乗るところまではわかるけど、中心地って、なんば、梅田、心斎橋、どこで降りるのがいいのかわからず、駅員さんに聞いてみる。

「あのう、メガネのおじさんが連れ去られた、、、じゃなくて撤去されたあの場所に行きたいんですけど、どの駅で降りればいいですか?」

駅員さん???!!
私、再度繰り返す。
「あのほら、メガネのおじさんですよ」
駅員さん:「ああ、なんばね」
「ありがとうございます。」

あとになって思い出した。あのメガネのおじさんの名前。「食い倒れ人形」だったわ。
よく考えれば、「グリコに会いたい」って言えばもっと簡単だったな。
ということでなんばへ繰り出す。
このあたりって、もしかして道頓堀っていうあたり?とにかく大阪は何度か来ているのにいまだに覚えない。

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イタリア帰りだから、やっぱここは和食でしょ。
でもこれがなかなか見つからない。
ようやく、込み合っている店を見つけ入店。
和定食を食す。

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13:15店を出て、あわてて御堂筋線で天王寺へ。イタリアでさんざんうろうろしたから、どうせここは日本じゃない、とタカをくくって行き当たりばったり行動している感じだ。

市立美術館で14時から1時間半、お友達と「小袖」展関連の講義を聴く。その後美術館内鑑賞。
美術館周辺の公園、美しい。
ハリボテの大阪城が見える。

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さて、去年店内満員で入れなかった念願のタベルナ エスキーナさんへ。
イタリアン&スパニッシュダイニング。

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シマノや梅丹のジャージが店内にかかっている。
食事は5人でタパスをいろいろととったけど、どれもぜーんぶおいしかった!
しかもメニューが豊富。選ぶのも楽しい。

下記はスパゲティ「チマコッピ」

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こちらはスパゲティ「ラルプデュエズ」

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「茄子 アンダルシアの夏」に出てきた茄子のアサディジョ漬けけも!
こ茄子のしなしな加減が絶妙。

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トイレに入ったツーレがなかなか戻ってこない。実はトイレがサインギャラリーになっているのだった。

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やまぴーさんもきたの?

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いやあ、おいしかった。ご馳走様でした!
いやあ、楽しかった。みんなありがとう!
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2009.05.17 Sun | 国内探索| 0 track backs,
須賀敦子が歩いたトリエステ ー Via del Monte 「山の通り」 その2
■ トリエステの「山の通り」と、ヴェネチアの「溜息橋」: 前者は罪人が絞首台に向かうための道、後者は罪人が牢獄に向かう途中の橋。どちらも現世への未練の溜息が何度も聞かれた場所に違いない

(続き) めでたく須賀敦子の本で触れられていた「山の通り」を見つけたものの、釈然としなかった。確かあの本(「トリエステの坂道」)によると、彼女はこの道を探すのにずいぶん苦労していた。見つけにくい裏通りだったとのこと。

でも、私が見つけたこの道は、サン・ニコローの通りにあるサーバの書店から山の方に向かってすぐのところ。いとも簡単に見つかる幅の広い道だった。なんかへん。

帰国後「トリエステ・・・」を読み返してみた。証券取引所の裏手からこの道は出ていると書かれている。

取引所、そういえばどこかで見たな、、、ということで自分が歩いた道を写真でたどってみた。まったく偶然ながら、証券取引所の写真を撮っていた。Borsaと書かれていたので目を引いた。イタリア語でも株式はBorsaというのかぁ、そんな発見があり、撮ったもの。

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さらにその脇にはこの↓建物があり、今調べたらこれは旧証券取引所で現在は商工会議所なのらしい。

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でも、やっぱり今は、これらの建物の付近にVia del Monteはない。最新の地図によると、私が見つけた高台の広い道が坂の入り口になっている。

これはもしかしたら、2004年にサーバの彫刻がたてられたのを機に、その彫刻のある場所の付近を坂の入り口に変更したのではないだろうか?

つまり、昔はもっと長い道で、一番麓の地点からこの道は始まっていて、今「芸術家通り」という名前になっている道も、かつては「山の通り」の一部だったのでは?でも今では短縮され、「山の通り」の起点は先のほうにずれたのでは?、と思うのだ。まあ、この辺は謎だ。

いずれにせよ、今のトリエステにおいては、サーバの書店 ~ サーバの彫刻 ~ 彼が詩に読んだ「山の通り」の3点セットが、すべて数歩の距離でつながり、なんとも緊密な空間を創り出している。


この山の通りの上にはその昔、絞首台があり、罪に問われた人たちがこの死への道を通ったそうだ。(ネットもない時代に須賀敦子は、よくもまあ、そんな細かいことまで知っていたものだ。)

ヴェネチアにある「溜息橋」のことを思い出した。この橋は牢獄に続く橋。その上で、罪人たちが溜息をついたところからこの名がついた。

絞首台跡地は今では公園になっていて、ぐるぐる歩いていると、戦没者記念の碑があちこちに建っていた。

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付近のなんの変哲もない道には、「戦闘通り」という名前がついていた。

戦争のたびに国境紛争で翻弄されたトリエステ。昔の傷跡は、悲惨なかたちであからさまに残っているわけではないけれど、あちこちでひっそりと息づいていた。

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2009.05.15 Fri | Travel-Italy| 0 track backs,
須賀敦子が歩いたトリエステ ー Via del Monte 「山の通り」 その1
先日ロードレース観戦で訪れたイタリア北部トリエステ。かつて国境紛争に巻き込まれ、スロベニア領になるなど、「未回収のイタリア」として、翻弄されたという過去を持つ。

14時40分、予定の10分遅れでトリエステ駅に到着し、すぐにプレスルームへ直行。駅から1kmと近かったのだけど、それでも少ない滞在時間を考えるとこの移動時間すらもどかしい。

そそくさと2つほどインタビューを取ってから町に繰り出す。16時過ぎからはプロトンが町の周回コースを走るため、それを見るつもり。となると、街中をぶらつく時間は1時間弱しか取れない。優先順位の高い方から片付けて行くことに。

まず地元出身の詩人ウンベルト・サーバが営んでいたという書店へ。そして次に向かったのは「山の通り」。その道 ”Via del Monte”は、すぐに見つかった。

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”Via del Monte”という名前のプレートの脇には、この通りを詠ったサーバの詩の一部が刻まれていた。
「A Trieste ove son tristezze molte,
e bellezze di cielo e di contrada,
c’è un’erta che si chiama Via del Monte.」


”山の通り”の話は、下記のエッセー(須賀敦子の「トリエステの坂道」)に登場する。トリエステを故郷にもつサーバは須賀敦子が傾倒していた作家で、彼女はサーバの詩集「三本の道」を訳している。その3本の道のうちのひとつがここ、”山の通り”というわけ。

「トリエステの坂道」には、彼女が必死でこの通りを探そうとした姿が綴られている。なかなか見つからず難儀していたら、ひょいと目の前にこの道があらわれたのだった。

トリエステの坂道―須賀敦子コレクション (白水uブックス―エッセイの小径)トリエステの坂道―須賀敦子コレクション (白水uブックス―エッセイの小径)
(2001/11)
須賀 敦子

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詩の原文をもう少し綴ってみると:

A Trieste ove son tristezze molte,
e bellezze di cielo e di contrada,
c’è un’erta che si chiama Via del Monte.
Incomincia con una sinagoga,
ha una cappella; indi la nera foga
della vita scoprire puoi da un prato,
e il mare con le navi e il promontorio,
e la folla e le tende del mercato.

対応する彼女の訳は:

「悲しいことも多々あって、空と / 街路の美しいトリエステには、 / 山の通り、という坂道がある。 / とばくちがユダヤの会堂で、/ 修道院の庭で終わっている。道の途中に小さな / 聖堂があり、草地に立つと、人生のいとなみの / 黒い吐息が聞こえ、 / そこからは、船のある海と、岬と、 / 市場の覆いと、群衆が見える。」(須賀敦子)

下記がその坂道の入り口。プレートは、”今どきの洋品店”といった風情の店の壁にかかっていた。

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TV朝日の番組「世界の車窓から」もこのサーバの故郷を訪れたことがあるらしく、サイトには、やはり同じ詩の一節が引かれていた。ただし、須賀の訳ではないので、言い回しが異なる:

「多くの悲哀と美しさを、空に、街に持つトリエステには山の通りという名の坂道がある」
TV朝日訳

「悲しいことも多々あって、空と街路の美しいトリエステには、山の通り、という坂道がある。」
須賀訳



見上げれば、急な坂道だ。須賀敦子が息を切らせて上った道。

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振り返ると下りの風景はこんな感じ。

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さて、この道のロケーションだけれど、実は須賀敦子の本に書かれていたのとは、起点が少しずれていた。

これは私の勝手な想像だけど、坂道の起点は最近ここに変更になったのではないだろうか?というのもこの道の脇にウンベルト・サーバの彫刻があり、完成年度は2004年と書かれている。つまり、それを契機に、坂道の起点を彫刻のあるこの場所に変更したのでは?そんなふうに推測している。(続く)
2009.05.14 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
人々がとくに優しかったパドヴァ
今回訪れたベニス、ウディネ、トリエステ、パドヴァはどれもよかったけれど、とくにパドヴァにはもう一度行きたい。

市立博物館は予想以上の充実ぶり。到着した日の月曜が休館だったため、火曜のジロ・スタート前に1時間だけ見てきた。とはいえ時間が全然足りない。

博物館の各部屋にいる監視員たちは、みんなよってたかって親切に声をかけてくる。見どころを教えてくれたり、質問に懇切丁寧に答えてくれたり。みんなこの博物館・ひいては芸術を愛しているのだなぁ、というのが伝わり暖かい気持ちになる。

パドヴァの目玉スクロヴェーニ礼拝堂は到着した日の午後に訪れた。

日本からネット予約で16ユーロ(パドヴァカード込み)。月曜の11時に予約を入れておいた。しかし例のインフルエンザで滞在を2日から1日へと短くしたため、予約時間にはたどり着けず。ウディネから移動して3時間半遅れで現地に到着したが、礼拝堂が丁度空いていた時間だったため、時間をずらして入場させてもらえた。

私のほかにこの時間帯は2人だけ。15分の制限時間で、しかと目に焼き付けた。
内部撮影禁止ゆえ、入口の看板を撮影。
とにかくジオットの物語性のある図柄と抜けるような青色が印象に残って圧巻だった。来てよかった。

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そして、宿のすぐそば、バジリカ「サンタントニオ」。
ポルトガル人の聖アントニオの遺体が安置されているため、各地から巡礼者が訪れるそうだ。棺に手をあててじっと祈りをささげる人の姿などがある。とにかく今回の旅では、いたるところでイタリア人の信心深さを痛感。

ここだけでなく、ベニスでも、とにかく少し歩くと教会がある。ひとつの町にひとつでもいいのに?と思うぐらい。しかもどれもこぞって立派。教会で大声で祈りを口々に唱和している姿もたくさん見かけた。

そんなに毎日祈ることがたくさんあるのだろうか?などと不届きにも思ってしまうのだが、ある意味うらやましくもある。これだけ傾倒していたら、どんなときにも心穏やかに過ごせるのでは?と。でもきっとそうはいかないのが人間の性(さが)なのだろうけれど。

そういえば自転車選手ベンナーティも、それはたいそう信心深いそうで、先日、雑誌で「僕は語りすぎた。もう信仰については口を閉ざすことにする」と宣言していた。

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バジリカの前にそびえるドナテッロ作・「ガッタメラータの騎馬像」はこれか。馬の尻尾に鳥がとまっていた。

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2009.05.14 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
シャルルドゴールのラウンジから
今日は昼間パドヴァでジロのスタートを見たあと、宿に戻り荷物をピックアップ。バスでベニスのマルコポーロ空港へ。所要時間は1時間少々。

まったくの偶然ながら、パドヴァの宿は、ジロスタート地点の100m先だった。当初スタート地点は恐らく町の北側だろうと踏んでいたので、そうなると宿から遠く、ジロ観戦は無理かな、と思ったのだが、幸運だった。

すでに今は帰国体制に突入し、パリの空港ラウンジから。

今年はエールフランスのゴールドカード会員に昇格になったので、(ただし有効期限1年)空港ラウンジが使用可能。

軽食やシャワー設備あり。

パリでは行きと帰りにシャワーを使用。行きに至っては洗髪までした。(そのためにコンディショナーとかも手荷物としてもっていった。ただし液体持ち込み制限があるので試供品を持参)

パリのラウンジは日本と違ってWIFIが無料ではない。だけど、1時間無料お試しが使える。

去年ゴールドの会員だったら、空港での10時間待ち(例の乗り継ぎ失敗)も苦にならなかっただろうに。まあ、人生そんなものなのだ。
2009.05.13 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
これからジロ観戦でイタリアに行く人がいたら・・・
ウディネの町をぶらついていたときのこと。ドラッグストアにアクアエサッポーネの看板があった。

ふと、そばのラックを見ると、自転車柄の表紙のパンフレット。手に取るとアックアエサポーネの選手のポスターになっていた。

これからジロでイタリア入りする人がいたら、ドラッグストアあたりできょろきょろしているとまだこれが残っているかもしれません。

なかなかこのチームのポスターって手にはいらないので、ひょっとしたら希少価値?


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ラックの中のパンフ。あけるとポスター
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2009.05.13 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
トリエステの坂道
前日の話の続き:
トリエステ滞在が最悪2時間と判明してからとにかく道に迷わないぞ、と心に誓った。迷っていたら、なにもできずにこの場をあとにせねばならなくなる。

駅を降りると、目の前がジロデイタリアのコースになっていた。ラスト900mの表示。ということはプレスルームは1km先か。ゴールの先だと聞ていたので。
ちょっとタイムロス。仕方ない。

必要なインタビューがちゃんと取れていないので、プレスルームで話を聞く相手=ジャーナリストを探す。がしかし、みなで払っていて閑散。なんとかひとり見つけて話を聞く。仕方ない、時間がないからこれでよしとするか。

とそこへひとり、知り合いの記者が通りかかる。よかった、これで2人目。話を聞き終えて、これでここでの仕事は終わり。町へ繰り出す。

注意せねばならないのは、駅前の道がコースである点。つまり、街中にいくと、コースを渡らないと駅に戻れない。プロトンがここを4回通過するので、その時間より前に駅の側に戻ってこないといけない。(切れ目に渡れるけれど、トップと後続の差が開いたら、開かずの踏み切り状態になるので、用心に越したことはない。)

さらに、コース上はいくらプロトンがくる前であっても、断可能な場所がごくごく限られている。その地点をチェックしておかないと、あとで痛い目にあう。

それらを念頭に、いざ坂道へ繰り出す。

トリエステは坂の町と聞いていたけど、半端じゃなかった。すごい、とにかくのぼる、のぼる。
フリウリ地方でも、ここだけは自転車に乗っている人が余りいない、と聞いたけど、これじゃ確かに自転車では効率悪そう。ぐねぐねしていて階段も多い。のぼりがかなりきつい。それが延々と続く。
しかも石畳。

坂をのぼって、まずはカステッロ=城へ。トリエステの町が眼下に広がっている。教会を見て、下り始める。これがぐるぐるまわって、位置関係がわからなくなりそう。幸い「海」という指標があるので、とても助かる。

さて、ここからウンベルト・サバの書店へ。日曜なので閉まっているはずだが、とにかく行くことに。すんなり見つかる。ここまでで1時間20分。これから駅に戻って、トリエステ~チェルヴィニャーノ間の列車に遅延があれば滞在時間2時間で帰ることにする。

もしこの路線の遅延がこの段階でなければ、3時間滞在で、バスへの乗り換え時間20分というきつい選択肢に賭けることにする。この段階で遅延は出ていなかったので、3時間コースに心が傾く。

トリエステに到着してから時間55分経過。この時点でプロトンが最初の周回で駅前通過。よし、あと3回ここで見ることにしよう。3時間コース選択を決意。

滞在2時間45分ぐらいで、プロトンがゴール。4回すべて見届けた。慌てて駅のプラットフォームへ。



トリエステの坂道。この坂道は中でも有名なやつ。またしても須賀敦子に関係あり。今回、彼女の足跡を必死で追うのはよそうと思ったのだけど、いざくると、やっぱりいきたくなり、この坂を探し当てた。この坂についてはいろいろ書きたいので、また後日。

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まだのぼる。

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坂は延々続く

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お城にいくには階段。

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かなり上ったようだ。眼下にトリエステの町並みが広がる。

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きらめく海のトリエステ、と言う言葉が本当に似合う。

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2009.05.12 Tue | Travel-Italy| 0 track backs,
駅に行ったら、「今日はストライキで電車はありません」。で、8キロ歩いてバスと列車を乗り継いで、トリエステへ。でも滞在時間数時間でとんぼ返りの巻き
昨夜からフリウリ地方のウディーネに宿泊。今日はウディーネからちょっと寄り道したあとトリエステに行ってジロのゴールを見て、ウディーネに帰る予定だった。

ところが -
07:40、ウディーネの駅で今日は鉄道ストライキだと知らされる。しかも、局所的なストで、ベニスからトリエステ間は問題なし。ウディーネからトリエステ間の列車のみが全面運休。つまり、私の行動パターンがまるまる阻止される格好に。

実は以前ヴェローナで鉄道がストになり、足止めをくったことがあった。そのとき「ショーペロ」というのがストライキのことだと学んだ。だから今日、「オッジ」「ショーペロ」と切符販売窓口で言われたときは、すぐに事情が飲み込めた。

あれこれ考えて、バスでチェルヴィニャーノまで行き、そこから列車でトリエステに入るのが唯一の方法のようだった。ただしそうなると、トリエステ滞在時間はたったの2時間。プレスルームでインタビューをする最後のチャンスだったんだけど、時間的に厳しいかなぁ。

ぎりぎりトリエステに3時間滞在するのも可能だけど、そうすると、帰りの最終便のバスに乗りそこなう可能性がある。チェルヴィニャーノでの電車からバスへの乗り継ぎ時間が20分だけなので、遅れたら一巻の終わり。事実今日はこの路線の遅延が多かった。

今日が日曜でなければ、バスの本数はもっと多くて、トリエステ滞在時間も長くとれたのだけど。うーむ、残念。

まあとりあえず、9時ウディーネ発のバスに乗り込む。
10時、アクイレイア到着。念願のバジリカ見学ができる!と喜んだのもつかの間。10時から12時までミサの時間で、中に入れないという。とことんついていない。

お情けで、少し内部を見させてもらい、遺跡を訪れ、そそくさと移動。しかし、アクイレイアからチェルヴィニャーノ行きのバスは3時間後。(日曜日のせいだ。)これを待っているとトリエステ滞在時間が1時間になるので、8km歩いてチェルヴィニャーノへ。

チェルヴィニャーノにも15時ごろジロが通過するので、最悪ここでプロトンが通過するのを見て、ウディーネに帰るという選択肢もあった。(町にはジロの看板が。下の写真の右隅)

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でもやっぱりトリエステに行くことにする。

トリエステ行きの電車は1時間40分後。それまでランチでも食べようかと思いつつうろうろしてたら、ジロ好きのおじさんたちが丁度一杯ひっかけにいくところだというので、一緒にジョインした。

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このバール、店内はかなり広い。別室もある

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庭もある

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このバールでおじさんたちと一緒にピザとワインの水割りとカプチーノで簡単な昼食を済ませ、1時間40分の列車待ちの時間が好都合にあっという間に過ぎてくれた。

14:30トリエステに到着。帰りは16:44か17:44トリエステ発(チェルヴィニャーノに18:20到着)で帰らねばならない。最終バスはチェルヴィニャーノ発18:40。

乗り継ぎ20分は結構タイト。今日はのきなみ列車の遅延が続いている。でもトリエステでプロトンが4回通過するのを全部見るには17:44の列車に賭けるしかなかった。

17:30、プロトンがゴール。駅前で観戦したので、すぐにプラットフォームへ。チェルヴィニャーノ行き列車に乗り込む。出発時間3分経過、まだ出発しない。20分遅延だとアウトだ。宿のあるウディーネに帰れなくなる。

5分遅れで列車は動き出した。あとは線路でとまらないことを祈る。18:25、無事チェルヴィニャーノに到着。バスを待つが、誰もいない。ここでいいのか?最終バス?

と、そこへおばあさんが話しかけてきた。「ウディーネまでいくの?わたしもよ。これが最終バスだからね。」

心強い味方を得て、バスを待。定刻にバスは到着。道中ずっとこのおばあさんとおしゃべり。この地方の人たちはなんだかマイルドな人が多い。病院でボランティアをしていて、さらに自転車好き。今日も7kmほど乗ったのよ、と言っていた。元気!

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かくして無事、ウディーネに戻ってきた。が、しかし、
足の裏が痛くて早く歩けない。ベニスでずっと歩き通しで、今日1時間半かけて8km歩いたので、豆の予備軍が完全に豆と化してつぶれた。
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2009.05.11 Mon | Travel-Italy| 0 track backs,
やっとネット環境獲得
事前にヴェネツィア市内のWIFIの使用権利を得て、パスワードもちゃんと送られてきたのに使えず。街中のネットショップであれこれ訪ねまくった結果、観光案内所がはりめぐらしているというWIFIはまゆつばものなのらしい。

ヴェネツィアでは結局ネット環境になく、トータルで25分だけ町の「@ショップ」で操作しただけ。今晩はウディーネに移動したので、やっと晴れて使い放題!(だけどなんだかすごいところにきてしまった。ウディーネの中でもさらに冴えない地域にホテルはある。そばにはSexy shopとかAfrica shopとか。駅から歩くこと20分。完全に町の裏みたい。)

さて、2日前の話。7日にサンマルコ広場でジロ出場チームのプレゼンテーションが開催された。スタート時間30分前、会場隅のベンチでUKサイクルスポーツ誌を読む東洋人の姿があった。

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話しかけると台湾人。台湾のイヴァ航空?のパイロットだという。休みを取って、このためにプライベートでベニスにきたそうだ。

読んでいた雑誌は定期購読しているもの。好きな選手はランス。持っているバイクはピナレッロ。ペイントが好きで選んだ。台湾では自転車はマイナーだけど、少しずつ人気も上昇中。

日本人のBeppu(別府史之)がツール出場候補に選ばれたんだよ、というと、「知ってるよ」。「毎日ネット(CN)でニュースをチェックしてるから」と。

私のほうはCNは読む暇もなく、別府さんが出場に近づいたことは、メールチェックで知っただけ。世間のニュースから、多分かなり取り残されているはず。

下の写真2枚はサンマルコ広場のサンマルコ寺院。無料で入場できるので入ってみた。枯れた美しさに息を呑む。渋い金が暗闇の中で鈍い光を放ち、荘厳な雰囲気。中は写真撮影禁止。2番目の写真は外壁。

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それにしてもヴェネツィアは特殊。人間が水と共存するためにさまざまな工夫がなされている。その話はまた後日。

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さて、今日はジロ初日。お子様たちが可愛かった。

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2009.05.10 Sun | Travel-Italy| 0 track backs,
ベニスにて その2
ベニス本島では、自転車をまったく見かけなかったから、雑踏を避けたくて訪れた小さな島で初めて目にしたときは、おおーっと思った。

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本島では、少し歩くとすぐに水路が登場し、階段状の橋を上ったり下ったりせねばならない。
玄関を一歩出ただけで運河に出くわすケースもある。
こういう橋は「私道」ならぬ、「私橋」とでもいうのかな?

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2009.05.07 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
ベニスにて その1
インフルエンザがやはり怖いので、再び旅程を変えた上で(マイナーチェンジだけど、リスクを回避する格好で)ベニスに上陸。

思ったとおり、こちらではインフルエンザの報道は薄い。夜のTVニュースではスポーツの直前にほんの一行コメントがあっただけ。5人患者がいます、以上終わり。
2009.05.07 Thu | Travel-Italy| 0 track backs,
奴は秋に戻ってくる?
フランスでワクチン製造関連の仕事に携わっている知り合いからメールがきた。
なんと彼の会社では、今回のH1N1用のワクチン製造には着手していないそうだ。(すごい大手製薬会社なのに)

理由は、大量解雇が発生しつつあり、その数800人。ストに突入したのだという。該当者の公表待ちなのだけど、彼は年齢的にEarly Retirementの対象になるだろうと。若い人に一人分の仕事を確保するためには必要な措置なのだろうけどね、と。

で、いつもは日本用も含め、ワクチン開発関連の仕事に携わっているその彼の予言は:

今回のインフルエンザはあと数週間で沈静化するだろう。
ただし、秋にぶり返したときが本番、まさに恐ろしいことになるだろう、というのも、変異をしたあとのやつは手ごわいのだ。

je pense que la grippe va ce terminer dans les prochaines semaines mais attention a son retour cet hivers elle risque d être beaucoup plus méchante le virus aura muté


そういえば、日本の学者さんの中にも、今回のはいったん収まって、9月に改めて猛威をふるう、と見ている人がいた。
それはそれで怖いけど、とりあえず猶予期間があったほうがいろいろ備えることができる。
2009.05.04 Mon | Travel-France| 0 track backs,
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