日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
ジロ旅程変更
チンクエテッレのTTの日まで滞在するはずだった今回のイタリア行き。
大幅変更を決心した。
旅程を当初の3分の1にカット。
ベニスのあとパドヴァに1泊して帰国することに。

イタリア国鉄が事前予約だと20%引きだったせいもあり、ほとんどの移動分すでにネットでトランザクションしてしまった。
なにより飛行機変更で差額が6万以上の出費。
早割が適用されていたから、差額が大きいのだ。
実は全部キャンセルするほうが安く済んだ。

でもまあ、全面キャンセルよりはましだし、最大限の折衷案といったところ。

ジロの最中、とんでもない事態になるとは限らないから、今慌てて短縮することもなかったかもしれないけど。
でも、「なんで今この時期に?」という反応が各所で起こっていて、自分のことだけ考えて行動するわけにはいかないな、と感じた。
自分の行動に責任をもっていることを外部に示すためには、やむを得ない。

でもその代わり、TOJのとき日本にいられる。それは嬉しい。
日本側の顔色をうかがってびくびくするするのが3週間続くのはしんどいから、懐はいたんだけど、正直ちょっぴりほっとしている。
2009.04.29 Wed | Travel-Italy| 0 track backs,
「また会う日まで」、でも、「永久に別れを」、、、でもなく「さようなら」
もらったメールをもとに、しばし立ち止まり、ハタ、と考えてみる。
「さようなら」という言葉の意味。

「Good-bye」「Adios!アディオス」「Adieu!アデュー」はそれぞれ、God、Dios、Dieuのように神と結びついている。
後ろの2つは、永久の別れというConnotationで、それが一般化したのがGood-byeという感じかな。

以前フランス語学校で、先生が「オールヴォワール(元の意味は、また会いましょう)」と言って退室しようとしたとき、「アデュー!」と嫌味っぽく言った生徒がいた。彼女は教師のことが大嫌いなのだった。一同爆笑。先生苦笑。本人真剣。


世界各国のさようなら表現一覧を見つけた。

意味の汲めない外国語が多いのでなんともいえないけど、この「神」の流れを汲む言い回しと、再度会いましょう、の意から派生した言葉の2種類が目につく。

後者の例としては、au revoir, ドイツ語のauf wiedersehen, イタリア語のarrivederci, ”再見”もそうだ。

メールをくれた人によると、そんな中、さようならだけが異質なのだという。
今回、この言葉の中に一種の諦観が混ざっていることを初めて知った。

ということは平安末期か鎌倉時代あたりにさかのぼる言葉なのかな?と思い、
言葉の起源を知恵袋で見てみると、さにあらず。
もっと最近、江戸時代なのだという。
確かに「左様なら」、という表現法って、なんとなく「拙者は・・」などと言っていた武士の時代チックな雰囲気がある。

運命をそのまま受け止める姿勢、桜の散り際を潔しと美的感覚でとらえる心、諸行無常を感じてきた魂は、江戸の時代にも脈々とつながっていたらしい。

まあ、これも鎖国の賜物ってことだろうか。以下、メールから:



最近読んだのが「日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか」(竹内整一・著 ちくま新書)

タイトルから、何かピンときませんか?

そう、「遠い朝の本たち」に出てくる、アン・モロウ・リンドバーグの「さよう
なら」=「そうならなければならないのなら」についての、須賀の感想です。

やはり、引用されていました。


本来接続詞である「左様ならば」を語源とする別れの言葉は、世界的に見て例が
無いものであるそうな。

下記は著者が解説する本の概要。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/17957.html

で、現在この文章が出てくるアンの「翼よ北に」を図書館で予約中です。

最近、みすず書房から新装版で出ているようです。

http://www.msz.co.jp/book/detail/04868.html
また、あれこれ検索していたらば、アンの「さようなら」についての原文が見つ
かりました。

'For Sayonara, literally translated, "Since it must be so," of all the
good-bys I have heard is the most beautiful. Unlike the Auf Wiedersehens
and Au revoirs, it does not try to cheat itself by any bravado 'Till we meet
again," any seductive to postpone the pain of separation. It does not evade
the issue like the sturdy blinking Farewell.

Farewell is a father's good-by. It is "Go out in the world and do well, my
son." It is encouragement and admonition. It is hope and faith. But it
passes over the significance of the moment; of parting it says nothing. It
hides its emotion. It says too little.

While Good-by ("God be with you") and Adios say too much. They try to
bridge the distance, almost to deny it. Good-by is a prayer, a ringing cry. "You
must not go - I cannot bear to have you go! But you shall not go alone,
unwatched. God will be with you. God's hand will be over you" and even -
underneath, hidden, but it is there, incorrigible - "I will be with you; I
will watch you - always." It is a mother's good-by.

But Sayonara says neither too much nor too little. It is a simple
acceptance of fact. All understanding of life lies in its limits. All emotion,
smoldering, is banked up behind it. But it says nothing. It is really the
unspoken good-by, the pressure of a hand, "Sayonara."' (Anne Morrow
Lindbergh, North to the Orient, 1935)

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2009.04.29 Wed | Books| 0 track backs,
最後の晩餐 - ユダはどこにいる?
美術鑑賞に関して、こんな話を教えてもらった。

その人は海外滞在中、ひとつの美術館に足しげく通い、絵画漬けになった時期があるそうだ。
単に絵を見るだけじゃつまらない、と毎回テーマを決めて見に行ったとのこと。

たとえば、サンセバスティアンの絵を中心に見るぞ、と決めたら、何人かの画家が描いたサンセバスティアンの絵を比較しながら見る。
すると、矢が数本ささっている絵もあれば、20本ぐらいささっている絵もありバリエーションがあるという。
画家の感性の違いか、絵の構図上の問題なのか、逸話の解釈の違いなのか。

「聖母被昇天」とか「東方三博士」とか、描いた画家が多数、というモチーフは比較すると楽しい、とのこと。

そういえば、「最後の晩餐」も大勢の画家が描いたものだ。
「私を裏切る人は私と同時にパンに手を伸ばす」と主がのたまったそうなので、必然的にユダはキリストの前に手を伸ばす構図になる。

でも、横から手を伸ばすダヴィンチ的描き方だけでなく、不自然にユダをキリストの対面に座らせる構図をとるものもある。
最後の晩餐のユダの配置なんていうのも、比較しだしたら面白そう。
2009.04.28 Tue | Art| 0 track backs,
豚インフル
出発は来週。
アメリカ大陸ではないけれど、
すでにオンライン予約で鉄道を含めNot Refundableのものを相当購入してしまったけれど、
世界各国から人が集うはず。
迷う。
2009.04.28 Tue | Travel-Others| 0 track backs,
カルティエ展続き
先のエントリーに関連して・・

* Email From HirokoHさん

カルティエ展、私も先日行って来ました。
展示作品はどれも素晴らしく、ため息が出るようなものばかり。作品数もずいぶ
んたくさんあって、いったいどれだけの保険金をかけて実現したのかと思うほど
充実していました。

ただ、展示作品以外には雰囲気作りのためでしょうか照明をかなり落としてあり
、手許の注釈も読めず、ましてや紙印刷の作品詳細は全く読めず、何を見ている
のか知りたくてもわからず、非常に残念でした。

数年前に京都の醍醐寺でみたカルティエ展が素晴らしかったので、今回は消化不
良です。

ご覧になった方々の意見をぜひ伺いたいところです。



ということで、わたしもひとつ思いだしました。そうそう、作品リストは手に持っていただけ。
暗くて読めそうもありませんでした。
そばにいた女性のグループも、まさに同じことを言っていて。
中には無理して読もうとする人も。
でも、至難の業のよう。

一方で、宝石とそれを着用したセレブ達が相前後で見られる闇に浮かぶホログラフィーは楽しかったけれど。
グレース・ケリーやマリリン・モンロー、カトリーヌ・ドヌーブ。
具体的な愛好家たちが宝石と紐付いて登場すると、実在感が増す感じがしました。

それで思い出すのが先日足を運んだサントリー美術館の「一瞬のきらめき まぼろしの薩摩切子」展。
篤姫が実際にお嫁入りのときに持参した品や、彼女のためのお雛様用ミニ切子が登場したのには拍手喝さいでした。

いにしえの昔に、あの篤姫が?
それを知ったとたん、目の前の切子が、単なる展示品からぬくもりのある実用品へと変身したような気がしましたもんね。
2009.04.26 Sun | Art| 0 track backs,
Story of ・・・・ カルティエ クリエイション
雨がひどくなると聞き、空いていることを予想して出掛けた上野の国立博物館。
混雑していて驚いた。
阿修羅展ではなく、カルティエ展(Story of ・・・・ カルティエ クリエイション)の方だったのに。
キラキラ輝くティアラの前には女性たちが張り付いてなかなか動かない。

私はティアラとかよりも、むしろミステリー時計と呼ばれるガラス体の時計に惹かれた。
ゼンマイが見えない、ガラスの中に浮いた感じの時計。
名前の通りミステリアス。

いや、一番印象に残ったのは、ここ東京国立博物館表慶館の建物かもしれない。
何年か前に何かの展覧会でこの表慶館には入ったときは、ただ漠然と、おしゃれな洋館だなぁと思った。
今日はもっとじっくり内部を観察。

床はモザイク。

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ドームがついていて(展示室内は撮影禁止だけど、ここは撮影OKなのだそう)、

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外も立派。

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下町のサイトを見ると、

明治33年(1900)、皇太子殿下(後の大正天皇)の御成婚を記念して計画され、 明治42年(1909)に開館。正面には、大熊氏広と沼田一雅製作の2頭青銅ライオンの像が鎮座している古代ギリシャ・ローマの様式の建物です。設計:片山東熊


とある。元名士の旧家を転用しているとかいうのにしては完璧すぎる、と思ったら、なるほど皇室ゆかりの建物だったか。
2009.04.26 Sun | Art| 0 track backs,
Redentore
辞書は、「電子」モノより「紙」がいい。
ぺらぺらめくって、なんとなく眺めるのが贅沢な感じがして、好き。

手元のイタリア語辞書の末尾には、動詞の不規則活用一覧が掲載されている。
昨夜、過去分詞形の変化をのんべんだらりと見ていたら、ある発見。

「Redimere」(=あがなう、解放する)、という動詞は不規則活用で、過去分詞は、「Redento」(レデント)となるそうだ。
ややこしい・・・RedimettoとかRedimessoとかじゃないんだ、Redentoなんだぁ、、などと思いつつ、あら、もしかして?
レデント・・・
これって、ヴェネツィアのジュデッカ島にある「レデントーレ」教会と同じ語源では?

ベニスで猛威をふるったペストが(「ヴェニスに死す」も伝染病で旅人が次々島を離れる話だ)、ようやく終息に向かったとき、救済記念のような意味合いで建てられたのがこのレデントーレ教会だったと聞く。

改めて辞書を引いてみる。
● Redimere レディメーレ=あがなう(分詞はRedento レデント)
● Redentore レデントーレ=あがなうための(形容詞)、救済主(名詞)

近頃硬直しているこの頭。新しい単語とかがなかなかスンナリ入ってこない。でも、これでRedimere、Redento、Redentoreは覚えられそう。私の脳も救済されたってとこか。
2009.04.24 Fri | Language| 0 track backs,
おとといのお酒
なぜだか毎年忘年会・暑気払いの定番は、日本酒大会。
おとといは、忘年会とか暑気払いといったお題目はなかったけど、またいつもの店で日本酒をあおることに。
お題目は強いて言えば、異動のあった人・なかった人顔見世飲み会といったところ?

それにしてもつくづく私は日本酒はダメみたい。
みんなスゴすぎる。
周りはみな大きめのグラスで飲む中、小さいのにしてもらい、3種類だけにしたというのに
昨日はすっかり二日酔い。

下記は、幹事さんから届いたおとといのお酒一覧。
私はそのうち十四代、飛露喜、駿を味見。
どうせ多種類飲めないからと、とくにおいしそうなものを薦めてもらった。
十四代はワインのようだった。

2006年の暑気払いの時の飲酒記録(作成 By 幹事さん)を見てみると、一番お酒が進んだ人で、合計10種類飲んだ記録になっている。

でも、お酒は怖い。
飲みすぎはいかん。


十四代
山形県村山市/純米 吟醸/播州山田錦/50/中取り 生

飛露喜
福島県会津坂下町/吟醸/(山田錦)/50

黒龍
福井県永平寺町/吟醸/五百万石/55/吟18号

いそのさわ・駿
福岡県浮羽町/大吟醸/山田錦/35/袋吊り

白瀑(しらたき)
秋田県八峰町/純米/吟醸/酒こまち/55/生原酒 麹米:50

東一
佐賀県塩田町/純米 吟醸/山田錦/49
2009.04.24 Fri | Gourmet| 0 track backs,
絵を読み解く
少し前のことだけど、美術本が楽しいという話を書いた。
それに関連して届いた下記のメール。
古典の絵画では、持ち物などで人物を特定できるケースが多く、そのカギとその背景を知ると、絵が面白くなる、それを実感している人がここにもひとり。

* Email From ビアンキシモンさん

私も海外(特にオーストリア)に行き、ハプスブルクに興味を持ち、
キリスト教に興味を持ち、宗教画に興味を持ち、
聖書とは何ぞや、ということで聖書を学びました。
すると・・・、Nacoさんの仰るように絵画が実におもしろい。

私は美術出版社の「西洋絵画の主題物語/聖書篇」が大変役に立ちました。
神話篇も出ています。
ですから、1枚の絵を見て、これは何の絵なのか?
と答えを考える、というのが楽しいんです。(当たるとうれしい)

棘つきの車輪はカテリナだし、(こちらはアレキサンドリアのカテリナ、もう一人はシエナのカテリナ)
乳房があれば、アガタだし、(アガサ・クリスティ)
髪の毛が長い女性はマグダラのマリアかアグネス、でも羊がいればアグネス。
竜がいればマイケルかゲオルギウス。(英語名ジョージ)
身体に矢が刺さった男性はセバスティアヌス。(サン・セバスチャン、ありますね)
などなど、まだまだヒントはいっぱい。
ハマリそう、というのも頷けます。

また、自転車選手の名前もキリスト教関係の名前が多いのも興味を持ちました。

高階秀爾さん監修「西洋美術解読事典」というのも買いました。
これは絵画を読むのにとても役に立ちます。
あと、西岡文彦さんの一連の本、
宝島社からの「絵画の読み方」「図解:名画の見方」も
とてもおもしろいですよ。

2009.04.23 Thu | Art| 0 track backs,
そういえばカーペンターズ
昨日、某レコード店の前を通ったら、「リチャード・カーペンターがこちらに来ます!」とやっていた。
へえ来日中なんだ、と思ったらNHKでインタビュー。

数曲ダウンロードしてみようかな、と思いitune storeに行ってみた。
この曲いいな、と以前思ったものがあったはずだけど、と調べてみたら、「Close to you」というタイトルだった。
でも、itune Storeにはないや。
2009.04.22 Wed | Private| 0 track backs,
見栄えの問題
パン食の我が家。
朝あたふたしたくないので、いつも夜仕込んでいる。

お弁当箱に野菜と果物を詰め込んでゆで卵を作り置きし、朝はそれらを冷蔵庫から出し、あとはチーズとかを乗っけてパンを焼いて終わり。ツーレはそれにバナナとヨーグルト。健啖家ぶり衰えることなし。

ふとこの土曜日、お弁当箱の野菜・果物を出し、皿に盛ってみた。(写真)
見栄えが全然違うのだ。
朝はこういうのがさわやかでいい。
これからはそうしよう・・
。。と思いつつ、結局今朝も朝食はお弁当箱で。

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2009.04.21 Tue | Private| 0 track backs,
吉祥寺 リンデのパン
吉祥寺に行ったついでにリンデのパン屋さんを訪れた。
父が大好きで電車を乗り継いで月数回買いに来るという店。
時々新宿伊勢丹でも出張販売しているけれど、ライ麦90%とかいったのはなく、ソフト系が中心のようだった。

昼前という時間帯のせいもあるのか、ひっきりなしにお客さんが入って、繁盛ぶりがうかがえる。
2Fは”店内でお召し上がりのお客さま”用のカフェコーナー。

今回初めてずっしり重いやつを購入。すごい密度だ。それに数種類のパンが組み合わせで入っているものをゲット。初心者はどれがいいかわからないので、とりあえず何種類かバリエーションで買ってみる。
明日朝が楽しみ。

リンデのパンリストは下記PDFファイル↓
http://www.lindtraud.com/shoku/pdf/LindeCatalog.pdf

写真は本文と派関係なし。昨日、日比谷にて。愛想のいいベロタクシーの運転手さん。

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2009.04.19 Sun | Gourmet| 0 track backs,
手入れのいい庭
かつて訪れたつつじで有名な亀戸天神では、さまざまな種類のつつじが咲き乱れ、さすが名所を誇るだけのことはある、と思った。
けれどつつじの道は有料で、狭い小道は人でごった返し、加えて種類が多いために開花の時差開花が起こりなかなかどんぴしゃで全面つつじの絨毯状態にはならない。

では今年はどこへ行こう?そう思って選んだのが皇居。
手入れの良さでは群を抜く。

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もう一息で満開か。

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パッチワークのように多色の植込みが見かけられ、目を楽しませてくれる。

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こちらにも。

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これはキッコウチク。亀甲のようななんとも不思議な文様つきの竹。亀甲と聞くと「おめでたい」と頭に浮かぶせいか、この前で人々が感きわまる様子で立ちつくし、撫でてご利益をもらおうとする姿も。

ヴェローナのジュリエッタ像の胸を撫でるとよいことがある、とか、ブリュッセル グランプラスのセルクラースの像の一部を触ると幸福になるとか、まあ撫でてご利益を!というのは古今東西変わらぬ発想のよう。(グランプラスの像は実は撫でたことがあるが、撫でるべき場所が違ったというのを帰国後に知った。)

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ソメイヨシノほど人気が取れない八重桜。花弁をいっぱいつければいいといわんばかりの欲張りな一房と、枝のぐんにょぐにょぶりが優美さをはいでいる。

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2009.04.19 Sun | 国内探索| 0 track backs,
ジョルジョ・アミトラーノ
父親が思い切った蔵書処分を行い、須賀敦子の全集をそのまま捨ててしまったと聞き愕然。
私は持っていないので(図書館で借りて読んでいた)、父から借りようと思ったのだが。

父の方も、思いきりよすぎたことを今になって後悔しているらしい。
愛着のある本だけとっておくことにしたそうなのだが、この本はボーダーラインといったところだったのか。

ぶつぶつ文句を言ったせいか、代わりにこんなものを買ってよこした。

須賀敦子―霧のむこうに (KAWADE夢ムック)須賀敦子―霧のむこうに (KAWADE夢ムック)
(1998/11)
不明

商品詳細を見る


去年出ていたそうだ。
でもムックなので、今でも本屋に置いてあるらしい。

「芸術新潮」、「考える人」の須賀敦子特集よりページ量が多い感じ。
彼女とゆかりのあるイタリア人たちからの追悼メッセージで始まる。

吉本ばななが追悼の文を寄せている。
そうか、須賀敦子が、日本文学を勉強していたジョルジョ・アミトラーノに「キッチン」のイタリア語訳を薦めたという経緯があった。
当のアミトラーノ氏も、このムック本に追悼文を書いている。

手元にあるそのジョルジョ・アミトラーノ訳「キッチン」。
表紙がかわいくてずーっと前に買ったものの放りっぱなしになっていた。
辞書を引きながら、和訳のあんちょこを見ながら読み始めた。
やっとゴールが見えてきた。あと2ページ。

このキッチン、ガリシア語まで出ているらしい。
http://www.yoshimotobanana.com/europe/
ちなみに手元のイタリア語版の表紙はフランス語版に似ているけれど、色がしろっぽいバージョン。
2009.04.18 Sat | Books| 0 track backs,
安売りの波
スーパーで、なんだか最近値下げ商品が増え、
安い、安いではないか!とせっつかれるように買っていたら、
ふと気がつくと
買いすぎ・・・
冷蔵庫満杯。

ニュースによるとコンビニの安売り猛追攻撃による波及効果なのだとか。
つまり、そんなに焦って買わなくても、この安売りのブームはしばらく続くということか。

冷蔵庫に鎮座しているイチゴのパック3つを眺めながら、「慌てて買うの辞めよう」と思う。

駅そばのスーパーで1パック398円だったので買ったら
自宅そばで298円。
思わずナンピン買い。
翌日そのスーパーでまたもや298円。
しかもイチゴの質がぐっと上だった。
3つ目を買ってしまった。

イチゴは好きだけど、食べるときに食べる分だけあればいい。
2009.04.17 Fri | Society| 0 track backs,
今の時期
この時期、なんでだろう
植木の剪定と
建設工事
がやたら多い。

オフィスビルの植木を何人かがかりで整える姿をあちこちで見た。

さらにわずか数百メートルの間に幌をかけた工事現場がいたるところに。
でも、こわい。
全速力で工事現場の前を突破する。
2009.04.16 Thu | Society| 0 track backs,
須賀敦子さんの蔵書公開
もう先々週末の話になるけれど、千鳥が淵の花見からちょっと脇道に逸れて行ってきた。
野島リョウさんに先日教えていただいた須賀敦子さんの蔵書展@イタリア文化会館。

彼女がお母さんにプレゼントしたという例のイタリア語の絵本などもあった。(2番目&3番目の写真)
イタリア語を和訳して添えておいたという話だったけど、ほんとに丁寧な字で訳されている。
翻訳の仕事を始める前だったのか、後だったのか。

3番目の写真のSPQRは、Wikiによると「ラテン語で Senatus Populus que Romanus の略語。その意味は「ローマの元老院と市民」、すなわち古代ローマの国家全体(共和政ローマ・ローマ帝国)の主権者を指す・・「SPQR」の文字は、古代の国家ローマとその市民の栄光と誇りを現すものであり」とある。

そういえば、いつか読んだ美術書にもこの話が出てきた。
イタリア人は華麗な古代ローマ人の歴史を誇りに持ち、いまだにこの文字を使いたがる、と。

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2009.04.14 Tue | Books| 0 track backs,
春を失った去年
昨日まで、紋切り型のセリフ「春のぽかぽか陽気」がまさにぴったりの日和で、連日「すごい、春だ春」とひとりで感激しまくった。
なんでここまでわたしは浮き立っているのだろう?と思いよく考えると、昨年、私はこの時期を逃した。
桜がすっかり葉桜になる前にヨーロッパへ行き、帰ってきて、時差ぼけをなおしているうちにつつじは枯れていた。
桜は完璧に見られたものの、そのあとの新緑を感じたり、春爛漫をここまで満喫することなく2週間日本から脱出してしまった。

欧州はとくにオランダが風邪吹きすさび、悪天候で、それと比べちゃうと、ここ数日間の天候は別世界。
日本の春はやっぱり好きかも。


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2009.04.14 Tue | 国内探索| 0 track backs,
目に青葉
ネットは便利だけど、やっぱりネットだけじゃ調べがつかないものもあり、近所の図書館でも間に合わないので急きょ都立広尾図書館へ。
あいている机が見つからないほど込んではいなかったけど、でも単独の机はすべて満杯で、広い机も互い違いに人が入っている。
きっと図書館が大好きで足しげく通っている人も結構いるのかも。

目指す資料一目散に本棚へ。よかった、あった。

図書館は有栖川公園の敷地内にあり、環境は抜群。
桜に目を奪われている間に、いつの間にかつつじや青葉がすくすくと。

八重桜の季節になった
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青葉が目にしみる
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ドイツ大使館がすぐそば
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フィンランド大使館もすぐそば(旧和風家屋なのだろう、塀だけがやけに日本的。建物はこじんまりで地味。)
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パキスタン大使館もすぐそば。(やけに近代的。新築。かっこいい。フィンランドの向かいで敷地面積は負けるけど、建物は断然こっちのほうがモダン)
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2009.04.12 Sun | 国内探索| 0 track backs,
世界不思議発見 グルジア共和国
朝日新聞の特派員メモが好き。不定期なものだからぺらぺらめくって、見つからないとがっかりする。
新紙面になってからは、やけに見栄えのする囲み記事になったので、もしかしたら定期便になるのかなぁ、と楽しみでもある。
昨日の特派員メモはグルジア共和国便り。

グルジアと聞いて思い出すのは以前英国から届いたEメール。「私はこれからGerogiaへ行きます」、、などと書かれていて、首をひねった覚えがある。米国に行く話なんて聞いていなかったのに、と。
これがジョージア州のことでなくグルジアを指すことに気がついたのはややしてからだった。

Georgiaと書いてグルジアを指すのだ。
紛らわしいなぁ、と思った覚えがある。

で、このグルジア共和国、ロシアとの決別を訴える意味で、グルジアという日本語読みを嫌がっているそうだ。ジョージアと米国式に読んでほしいと。
紛らわしくなるからやめてほしいが。

さて、この日の特派員メモの終盤には、町で見た光景が登場する。
グルジアの首都の街角に、日本語のポスターがふらりと貼ってあったという。
缶コーヒー「ジョージア」のポスター。

一体だれがどこでこれを見つけて、持ち込んだのか?
日本でこのコーヒーがジョージアと呼ばれていることを知った上でのこと?

思わずあれこれと想像力を書きたてられる。

===
写真: 先日いった青山墓地にて。ハチ公のお墓・・・というか飼い主さんの隣に埋められたということなのらしい。

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2009.04.10 Fri | Society| 0 track backs,
春を感じるとき
朝、冷蔵庫から出したスプレッド類(ゴマクリームとか、チョコスプレッドとか)が室温であっという間にやわらかくなり、パンに塗りやすくなった。
2009.04.09 Thu | Private| 0 track backs,
写真って
昨日の内容を受けて。

「ロラン・バルトの『明るい部屋』は、みすず書房で  翻訳が出ているのですが、カバーが全面銀色という  あっと驚く装丁です」

というメールを読んで、そっか・・・”銀塩”で銀色?
しゃれた演出。

それにしても写真って、すごいなーと思う。
たとえば自分が撮ったものなんか、見ると、隅に追いやられていた記憶が鮮やかによみがえって心が弾んだり。

写真は2年前、スイスで。
2枚目の写真の男性はおもしろくて人懐こかった。名前を聞いたら発音できないぐらいややこしくて、よくよく聞けばモロッコ出身といっていたっけ。画像ひとつで、そのときのやりとりの一部始終が心にポップアップしてくる。

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2009.04.08 Wed | Art| 0 track backs,
東京都写真美術館のカフェの名前にひとひねりを感じる
東京都写真美術館内にあるカフェ。名前はシャンブルクレール。(Chambre Claire)=明るい部屋

今まで気にも留めなかったけど、突如ある発見。

これって、フランスの哲学者ロマン・バルトの著書から引かれているのだ。
著書、それも写真に関する著書。タイトルは、

『明るい部屋 -写真についての覚書』 La chambre claire: note sur la photographie (1980)

外観はきわめてどーってことないカフェなのに(ごめんなさい)、妙にフィット感があり、気概の感じられる店名だ。

こういうネーミングのできる人、スバラシイ。

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このまま生い茂ったら、看板見えなくなりそう。

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2009.04.07 Tue | 国内探索| 0 track backs,
花見の穴場2
ここはよさそう、と数年前から目をつけていた。
念願叶って昨日初めて歩く。
目黒川の桜を愛でながら。
。。。といっても、あの大混雑の中目黒~大橋間ではなく、その逆側。

目黒川も長い。
桜並木は何キロも延々続いてる。

でもそんな中、なぜか(多分TV番組で紹介された?)大橋方面の道だけが半端でなくイモ洗い状態。
実はこの場所がベストなわけではないのに。(ただし、花の量・ボリュームはやっぱりここが最高ではあるのだけど、さまざまな総合点では、という意味で)。

片側が桜の川、もう片方が出店、屋台、商業店舗が並ぶので、食料を求める人の行列ができ、これがちょっぴり通行を妨げる。
車の通行もちょくちょくあって、おちおちしていられない。
見た目もちょっとごちゃごちゃしている。

がしかし、逆の中目黒から五反田方面にいく方面はゆったり空いている。

さらに、こちら側は片側遊歩道で車がこない。(下の写真1枚目)
外観もこっちの方がきれい。
風景の変化が堪能できる。
途中花咲き乱れる公園もあり(最後から2・3番目)、芝生あるいは室内の木のテーブルに着席して、持ちより弁当を食べることもできる。
出店がほとんどない。
そして両側に桜が咲いているので、アーチの中を歩ける。

これらの点で、大橋側よりも、実はポイントが高いのだ。

行けども行けども桜が続く。やがて目黒駅を越え五反田の方まで。
雅叙園でちょっとお休み(最後の写真)。

この地点を過ぎたあたりでツーレは、「もう桜はおなかいっぱい」と言いだした。
「それより○○のケーキ食べようよぉ」とかなんとか。
”酔狂”よりも”食い気”なのだ。


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2009.04.06 Mon | 国内探索| 0 track backs,
桜並木
「花がいっぱいあるけど空いているところ!」
そんなツーレのリクエストを叶えられる場所・・・

とあればここしかあるまい。青山墓地。
桜並木の下を歩けるのがいい。
花の数も多い。
でも意外に穴場。

そぞろ歩きをしていたら、某有名人夫婦とすれ違った。
かなりゆっくりのペースで歩いている。
周囲もちらほら気づいて視線は投げかけるけれど、おおっぴらにじろじろ見るわけでなく。

そのあと、2000年ツール観戦で出会ったAOKさんらしき人が自転車で走り去るのを目撃。
きっと彼に違いない。
みんな桜に誘われて。

■ 青山墓地

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■ ミッドタウン

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2009.04.04 Sat | 国内探索| 0 track backs,
エイプリールフールのプロポーズ & 松濤の「バカール」にて
正確には数日前にプロポーズをしたという●●君。
彼女の返事は、「ちょっと待って、よく考えるから」

そして昨日、念願の返事をもらった。
答えは「YES!」

だけど、●●君は不安でいっぱい。
「実はエイプリルフールでした!」ってオチがつきやしないかと。
ということで、日付が変わるまで、ずっと電話を前にソワソワしてた。

4月2日になって、やっと安心して床についたのだとか。
よかったねぇ!

日本全国、こんなふうにエイプリフールでじらされたりした逸話がごろごろしているのかも。
4月1日って、ネットサーフしていても、「ひっかかるまい」と警戒心全開で踏んばったりして、
やっぱりいつもとどこか違う、特別感のある1日だ。

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2010年6月追記)
バカール、土曜のランチは終了になったとのこと。つまり、現在はディナーのみ。


下の写真は松濤のバカールにて。
前から気になっていたお店。絶対においしいだろうと。

舌の肥えたマダムたちを満足させるさせる自信がなければこの地は選ばないだろう、そう思わせるロケーション。

で、先日行ってきた。土曜日のみ、というランチに。(平日はディナーのみ)
やはり手抜きがなくお味はしっかりしていて大満足・太鼓判。

もっとも、、、一番安い2500円のコースだったので、余り歓迎されない客だったかと思う。
ターゲットは地元のリッチ層。
5500円のコースを頼んだうえで、ソムリエの人に勧められるがままにお値段見ずにどんどんワインを注文しまくる人たちがこの店では主人公、そんな印象も。

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2009.04.03 Fri | Gourmet| 0 track backs,
ヴェネツィア派
初めてヴェネツィアに行ったとき、ティッツィアーノの特別展を見たものの、不勉強で、どういう位置づけの画家なのかわからずじまいだった。

つまり、ルネッサンスやそれに続くマニエリスムとの相互関係がどうなのか、ということ。

今度2度目のベニス体験をする予定。なのでヴェネツィア派の画家について勉強を始めた。土曜日に現代美術館の図書館にいったのも半分これが目的。

書架にあったカタログを見ていて気がついたことがある。日本って、話題の絵画を高値で買ったり、実業家の個人収集家がいろいろ集めてきたりしたけれど、代表的なヴェネツィア派の絵って日本にまとまったコレクションが見あたらない。

カタログに並んだ美術館の名前は、イタリアが中心だけど、スペインのプラド美術館の所蔵がすごい。(日本はむろんひとつもない。)あそこはたしかにだだっ広かった。へたうまっぽいゴヤの部屋はもうほとんど素通り状態だったっけ。

あとはナショナルギャラリー(ロンドン)が圧巻だ。一時期短期滞在していたとき、毎日通い詰めて、ガイドツアーに参加したので、カタログの絵の中で、これはよく見た、なつかしいな、と親近感が沸く絵が多々あって、あのときの美術館巡りはまんざら無駄ではなかった、と思う。

ルーブルは所蔵量においてダントツというわけでなく、NY、オーストリアなどもなかなかの所蔵がある。

日本の収集家がこのあたりの時代の絵画に食指を動かさないわけは、もしかしたら、絵が孕む神話・宗教的なものに対する引け目のせいだろうか。で、小難しい解釈のいらない印象派が自然に好まれる?

図書館の本でなかなかいいものを見つけた。ギリシャ神話、聖書などから引かれた絵を例にとり、それぞれの意味を示すもの。

たとえば聖女カタリナは棘付きの車輪で拷問にかけられながらも祈りにより危機を脱出したという逸話を持つ。ゆえに絵画においては、いつも車輪を携えている、、、などなど。

次々に目からうろこで、ハマりそう。
2009.04.02 Thu | Art| 0 track backs,
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