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日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
絵画館初体験
神宮外苑には今まで何度も行ったことがあるけど、聖徳記念絵画館には足を踏み入れたことがなかった。

たまたまチケットがあったので覗いて来た。入り口には「絵画館”拝観”」と書かれていて、あれ?と思う。恥ずかしながら明治天皇を奉る性質のものとは知らなかった。

日本画・洋画で明治天皇の軌跡をたどる感じになっており、当時さまざまな画家に描かせた皇族の行事風景が並ぶ。

正直最初はさほど興味は沸かなかったんだけど、

・ 在位前半、日本画で描かれた天皇は和装で、後半に描かれた洋画では洋装になっていて、時代の変化が如実にわかる。

・ 洋画コーナーの絵の筆致が突如変わり、なんとなく点描画というか印象派チック・・・と思って年代を見たら1900年。丁度印象派が活躍し始めた頃。当時留学していた東京美術学校の卒業生らが印象派的画風に感化され日本にも持ち込まれたはずだけど、こんなところにもしっかりとその影響が。

・ 天皇崩御直前に描かれた絵は藤島武二によるもので、当時一流の画家に皇室模様を描かせたことがうかがわれる。

・ その藤島の絵のモチーフは、天皇の東大卒業式訪問。さすが東大!卒業式が天皇の訪問を受けちゃうのだ。その直後に天皇は病気となり、これが最後の公式行事となったらしい。

・ 最後の壁画「大葬」は、和田三造の筆によるものだった。あの『南風』を描いた和田三造だ。

・ 岩倉具視欧米派遣使節団を描いた絵があった。当時8歳だった津田梅子(後の津田塾創設者)も使節団メンバーで、日本人女性留学生第一号だったらしく、絵の中にも小さく描かれている。外国に行くなんて、想像もつかない時代によくもまあ、しかも8歳で!一体どういう経緯で彼女に白羽の矢が立ったのだろう?

(と思ってWIKIを見たら、父が公募留学に応募させたという。WIKIでは当時6歳となっているけど、絵画館の資料では8歳になっている。)

・ 天皇が死の床にある岩倉具視を見舞った一枚がある。いくら貢献した人物とはいえ天皇が個人の自宅に見舞いで訪れるなんて、ちょっと驚き。

・ 天皇が国政に関わる絵だの皇后の学校設立(たとえば御茶ノ水と学習院)や病院建設(慈恵病院)に熱心な様子の絵を見て、天皇が象徴となる前の時代を感じる。

竹橋界隈
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ブルックスブラザーズのネクタイのツリー
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外苑界隈
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絵画館から
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2008.11.22 Sat | Art| 0 track backs,
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