日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
 英語の掛詞
英語のダジャレ(Pun)を見ていると、
一つの単語の多義性をうまく利用していることに気づく。

いわゆる日本語でいうところの掛詞だ。

こうしたPun遊びのフレーズに親しむことで、
英単語の意味の奥行きが広がり、
英語教育にも有効なのではないかと思う。


例えばこちら:

● DRUNK GETS NINE MONTHS IN VIOLIN CASE 

Case=入れ物、訴訟案件 の二重の意味を利用したダジャレ。
意味は
1)酔っぱらいは9か月間バイオリンケースの中に閉じ込められる。
2)酔っぱらいは、バイオリン訴訟で9か月の刑を言い渡される。



● FARMER BILL DIES IN HOUSE 

こちらはBillを人名とみなすか、法案と取るか、
Houseを家と取るか、下院議院とみなすかで意味が変わる例。

だから、
1)農業を営むビルは家で亡くなる。
2)農業法案は、下院で棄却される。



● PROSTITUTES APPEAL TO POPE

Appealの二重性を笑うもの。
1)娼婦は法王に訴える。
2)娼婦は法王を魅惑する。


もっとギャグ的なPunは、以前のエントリーにて:
2017.03.13 Mon | Language| 0 track backs,
消えた言葉・生き残った言葉
先日図書館で中公新書の「ラテン語の世界」を借りてきた。

真剣に勉強するつもりもないけれど、
パラパラとめくり、気に留まったところだけ読んでみる。

完全に消滅したラテン語がある一方で、現在も脈々と生き続けるものがある。
それらが対になった言葉であろうとも、片方だけが死に絶える、そんなケースもある。


例えば、「Bellum」= 戦争と 「Pax」= 平和。

現代スペイン語やフランス語で戦争は、Guerra,Guerre、英語ではWar。
つまりBellumという言葉は影も形もない。

理由が興味深い。
ローマ帝国を滅亡させたゲルマン部族が、ローマという国家とともに、”戦争を象徴する言葉”も放逐したという。


語幹を共有する「好戦的」=Bellicose、「交戦中の」=Beligerentなどの言葉があるが、それらはBellumが生き残った結果でなく、中世になってから、ラテン語をもとにして後付けでできた人造語なのだとか。


一方、平和を表すPaxは、フランス語の平和Paixや英語のPeaceに引き継がれたのみならず、取決めというニュアンスも引き継がれ、Pactといった言葉に残っている。

イタリア語のPagareや英語のPayといった「支払う」、という単語も、この取り決め=決着をつける、というニュアンスから
派生した。

Paxという言葉が途絶えなかったのにも、理由がある。
キリスト教の時代に、神との宥和としてこの言葉が使われたそうだ。


戦争と平和、2つのラテン対義語の行く末は、かくして明暗が分かれた。



ラテン語の世界―ローマが残した無限の遺産 (中公新書)ラテン語の世界―ローマが残した無限の遺産 (中公新書)
(2006/02)
小林 標

商品詳細を見る

2016.08.22 Mon | Language| 0 track backs,
なにもない場所と言う名の国
先日読んでいた本にこんなことが書かれていた。

カナダの国名の由来は、探検時代にここを訪れたスペイン人冒険家が、
「acá nada(アカ・ナダ)!」といったのにちなむと。

acá は、hereの意味、 nadaは、Nothing。

つまり、なんだ、ここ、なんにもないじゃん、と叫んだわけだ。

(ちなみに、De nada(デナダ)といったら、of nothingという意味だから、どういたしまして。)


アカナダ → カナダ
なんにもないとこ → カナダ


そんな意味の言葉がそのまま国名になるとはカナダの懐の深さを見る思い。


もっとも、ついうっかりネーミングしたものがその先も、思いがけずそのまま生き続け、
失敗したなぁということって往々にしてある。


ハンドルネームをつけるとき、テキトーにつけたら、それを使う頻度が思いがけず多くて、
しっぱいした、もっとまじめに考えておけばよかった、、、みたいなこともあるだろう。

あるいは、自分のブログのタイトルとかも。
あとで、もっとひねった名前にしとけばよかった、なんて思っても
定着しちゃったら遅い。


企業名だって同じこと。
日本電気とかじゃこの世の中ぱっとしない。
で、NECとリネームした。

JTBだって、昔は違う名前だった。
なんだっけ、、、とWIKIを見てみた。
日本交通公社!
そうだそうだ、そうだった。
それにしてもお堅い名前だったのだな。


その点先見の明があるなーと思うのは例えばサントリー。

経営者・鳥居さん→サントリーという発想は単純にして、立派に現代でも通用する
ネーミングになっている。


一発でぴたっとつけた名前が、その後愛着を伴いつつ後世までずっと親しまれる、、、
命名者冥利につきるだろう。
2016.05.11 Wed | Language| 0 track backs,
Border Surgeの意味
ABCだかCNNだかのニュースを何気なく見ていて、
「Border Surge」という言葉が登場した。

国境を急襲する、そんな意味かと思ったけど、
コンテキストからいうと、それでは合わない。

「国境のセキュリティーを強化する」という意味だった。

「Surge」と言う言葉をそんな風に使用するのは意外だった。

それから感じたことがもうひとつ。
言葉と言うのはその国の状況と密接にかかわっている。

国同士が隣接している国においては、国境がらみの言葉も、
端的に言える熟語が整備されていることなのだろう。

国境をもたない我が国では、「国境のセキュリティーを強化する」
なんてまどろっこしく説明するしかない。

簡単に言える単語を発明する必要がない。

2016.04.23 Sat | Language| 0 track backs,
「小春日和」とボージョレ解禁の日のこんなつながり
「小春日和」(晩秋から冬にかけた期間中、暖かく、天候が穏やかな日)を英語でいうと、Indian Summer。

けれどイタリア語やフランス語では、
それぞれ、Estate di San Martino、été de la Saint-Martinという言い方が使われる。
(たとえばフランス語では、Été indien=フランス語でそのものずばりインディアンサマーという名称も
確かに存在するのだけれど。)

上述のイタリア語・フランス語の言い回しを見てみると、
それぞれ聖マルティヌスという聖人名が冠せられている。
なぜだろう?


ヨーロッパの暦では、xx聖人の日、といった具合に
それぞれの日付が聖人にちなんでおり、聖マルティヌスの聖名祝日は11月11日。
この日に小春日和になることが多い為、転じて聖マルティヌスの日=小春日和になったとか。


この聖マルティヌス、殉教をせずに聖人化された初の人ということで、
ヨーロッパでは人気だそうだ。
そんな話を友人から聞いた後、ボージョレの解禁日が、以前やはりこの11月11日だったことも知った。
(いまでは11月の第3木曜日に変更になった。)

収穫のスタートがこのあたりの日程であったため、
縁起のいい聖マルティヌス(フランス語でサン・マルタン)の聖名祝日である11月11日を
解禁日と定めたとのことだ。


大安に結婚式を、それに似たような感覚がヨーロッパにもあるらしい。
2016.04.23 Sat | Language| 0 track backs,
バイシクルという単語は、ラテン語とギリシャ語でできていた
日仏学院でラテン語の授業をとったことがある。1学期でギブアップしたけど。


その授業の中で、印象に残った教えがある : 

2つの単語から成る合成語の場合、ラテン語+ラテン語、あるいは
ギリシャ語+ギリシャ語のパターンしかありえない、
接頭辞がラテン語で語幹がギリシャ語などという混在現象はない、というもの。


例えば、

一夫多妻制=「Polygamy」:  Polys「多数」+ gamos「結婚する」 ・・・ 共にギリシャ語

一夫一妻制=「Monogamy」: Mono「単一」+ gamos「結婚する」 ・・・ 共にギリシャ語


NG) なので、一夫一妻制は、「Uni」(単一)+ gamos「結婚する」=Unigamy とはならない。
Uniがラテン語だから、ギリシャ語のgamosとは一緒にはならないのだ。



ところが、、、ある日知ったBicycleの語源に愕然とする。
この説がひっくり返されている。Bicycleの語源は:

Bi (ラテン語の『2』)+ kyklos(ギリシャ語の『円/車輪』) = Bicycle

ラテン語とギリシャ語が混在してしまっている。
ギリシャ語の『2(倍)』はDiのようだから、本来的には Dicycleになるはずなのに??

あの教えはどこへいったのだろう?


でもその後、自転車の歴史を再び紐解いて、ハタと気づいた。
自転車が市場に出回るようになったのは19世紀後半のこと。

つまり、バイシクルという単語は、ギリシャ時代にリアルタイムで作られた言葉ではなく、
ずっと後世になってから考案された言葉だから、混在もありだった、
そう結論づけた。


実際、ラテン語・ギリシャ語で一旦死んでしまった言葉を、近世の人が
蘇らせる、そんな単語例はあるようだ。

2016.04.03 Sun | Language| 0 track backs,
イタリア語で「牛」はなんというか
イタリアのレストランサイトでメニューを見ていて、
聞きなれない名詞があり調べたら「牛」の意味だった。

牛肉料理でManzoというのは目にしたことがあるが
バリエーションがあるらしい。
日本でも牛肉、仔牛、などの呼称があるのと同じなのだろう。

・・・と思いきや、牛を表す単語がハンパないことに気が付いた。

呼び名は雄牛の年齢によって下記のようにわかれます。

"balliotto" うまれたての雄牛
"vitello" 1歳までの雄牛(○か月までとする説明も見られる)
"manzo"  1歳から4歳までの去勢された雄牛
"vitellone" 1歳から4歳までの去勢されていない雄牛
"bue" または "bove" 4歳以上の去勢された雄牛
"toro" 4歳以上の去勢されていない雄牛
今度は雌牛の年齢による呼び名

"vitella" 1歳までの雌牛
"sorana" または "manzetta" 出産を経験していない20か月以下の雌牛
"manza", "giovenca" または "scottona" 1歳から3歳までの雌牛
"vacca" 3歳以上の雌牛、または出産を経験した 3歳未満の雌牛

こちらのサイト:
http://italiago.hateblo.jp/entry/2014/06/21/055511から


そういえば日本でも出世魚というのがある。:ワカシ → イナダ → ワラサ → ブリ

かつて稲を表す言葉もバリエーションがあったようだし、
フランス語にはブドウに関連した単語が多い気がする。

その国のカルチャーに密接につながっているものには、綿密な語彙があてがわれる。

とはいえこの牛を表すイタリア語、多過ぎやしないか。
それほど牛肉を食する文化というイメージはないのだけれど。
.
2015.06.09 Tue | Language| 0 track backs,
美術好きにお勧め、今季のイタリア語ラジオ講座
今季のラジオイタリア語講座(木・金曜日限定)のお題は、『描かれた24人の美女』。

毎回1枚ずつ絵画を選び、描かれた24人の美女にスポットライトを当てつつ
関連語彙を増やしていく。

NHK語学講座サイトに無料登録すれば、ネットで前週分の放送をまとめて視聴できる。
先週ほんの気まぐれでストリーミングを聞き、運よく第1週目の回から聞くことができた。


第1回目は、ロレンツォ・ロットの「受胎告知」だった。

1. Lorenzo Lotto / L’ Annunciazione
Radio2.jpg


スキットの中では、この絵が
La composizione obliqua (斜めの構図)であり、
Lo stile Manieristico (マニエリズム様式)である点を指摘。

作中、L’arcangelo(大天使)が突如現れ、猫が驚いている点については、こんな補足も:
通常天使は凡人・生物の目には見えないはずだが、
悪魔的存在ととらえられた猫の目には、天使の姿が見えたのである、と。


解説のコーナーでは、宗教画の題材の語彙が紹介。
英語・フランス語と同じなので、これはわかりやすい。

L’Annunciazione 受胎告知
L’adorazione dei magi 東方三博士
La tentazioni di Gesù 荒野の誘惑
La Strage degli Innocenti 嬰児虐殺
La Fuga in Egitto エジプト逃避
Le Nozze di Cana カナの婚礼
La Passione 受難伝
L’ultima cena (言わずと知れた)最後の晩餐
などなど。

その他、私思うに、新約聖書の題材として覚えておくといい語彙としては、
Il Battesimo di Gesù キリストの洗礼
なども挙げられるだろう。


2回目は、ラファエロの「フォルナリーナ」。

2. Raffaello Sant "Fornarina"  Galleria Barberini
Radio.jpg


ラファエロのモテモテぶりなども披露された。


本イタリア語講座無料ストリーミング視聴は、毎週月曜日に前週分の内容が
上書きされてしまうため、毎週聞かないと24美女制覇できない。

なお、昨日からは第2周目のスキットとなり、
デルサルトとモディリアーニの美女に会える。

NHKイタリア語サイト:
https://cgi2.nhk.or.jp/gogaku/italian/

.
2015.04.14 Tue | Language| 0 track backs,
本日の桜と、「あをによし ならのみやこは咲く花の にほふがごとく いまさかりなり」
「あをによし寧楽の京師は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり」


春の季節にぴったりなこの歌は、万葉集に収録されている
大宰少弐小野老朝臣(だざいのせうにおののをゆのあそみ)という人の一首だ。

週末の万葉集講座で、こんなお話があった。


ここでいう「花」は、何の花か、特定しなくてもいいのではないか。
例えば桜、などと特定すると、では品種はなにか、といった話に陥りやすい。
花のままの方が、イメージを膨らませられ、より豊かな風情がある。

ちなみに万葉集では、登場回数上位は、萩、梅、桜の順だそうだ。
これはよく知られた話で、当時(奈良時代)は、好んで愛でられたのは桜より梅だったというのが定説。

とはいえ、この登場回数のみで人気や重視の程度を測れるとも言いきれない。
萩が多いのは、秋の歌として歌う機会が多かったせいかもしれない、さらに、
1日で散るから桜は素晴らしい、といった桜を称える歌がすでに登場しているという。

なので、従来の説=奈良時代は梅>桜、という説が必ずしも正しいとは言い切れないのではないか、と。

歴史上の定説というのは生き物のように変わるもの。
積み重なる研究により、従来の説が変化を遂げる様はなかなか面白い。


この話で思い出すのは清少納言の、「濃きも薄きも紅梅」というあの一節だ。(枕草子)
彼女は、木の花は、なんといっても紅梅をNo.1と見なしていた。

その後無常観の漂いと共に桜断然優位に立つのだが、
いつか読んだ、桜で辿る日本史(本のタイトル忘れた)にそうした流れがまとめられていて、面白かった。


さて、今回の万葉集講座では、
改めて当時の人たちの繊細さ、情感の豊かさに驚いた。


成人男性が、自然を愛で、花に自分の人生を重ね合わせている、
(むろん昨今のサラリーマン川柳とは大違いの内容で、)
そんな風流なマインドが、昔は老若男女を問わずあった、
それは極めて貴重で稀なことではなかったか。


世界中を概観しても、そのような繊細さを持ち合わせた民族は数少なかったのではないだろうか。

実にためになる3時間だった。
P1680011_2015032915593682c.jpg

で、本日の都心の桜。


日銀前
写真 2 (35)

三井本店
写真 3 (21)

山梨物産展前の写真に映った桜
写真 1 (36)

日銀前の通り
写真 4 (5)
2015.03.29 Sun | Language| 0 track backs,
秀逸な英語のダジャレ
以前見つけた英語のダジャレ、何度読んでも秀逸だ。

ハマったキッカケは、自転車関連のダジャレを見つけたことだった:


A bicycle can't stand on its own because it is two-tired.
「自転車は、そのままでは立つことができない。何故なら、二輪だから/とても疲れているから」。

==> 最後の two-tired(二輪)と、too tired(疲れすぎ)の掛詞。



興じて、更に調べると、いろいろある。


 Sea captains don't like crew cuts.
「船長さんは、船員削減/角刈り が嫌い」

==> crew cuts(船員削減)と(角刈り)の掛詞。



Corduroy pillows are making headlines
「コーデュロイの枕は記事の見出しになる/ (布地が線状なので)頭に線がつく。」

==> headlines(ヘッドライン)と head lines(頭に線) の掛詞が、地味に面白い。



●  Those who jump off a Paris bridge are in Seine.
「パリの橋から飛び降りると行き着く先はセーヌ川/ パリの橋から飛び降りる人は気が違ってる。」

==> in Seine (セーヌ川の中) と insane(気が違ってる)との掛詞



●  Two peanuts walk into a bar, and one was a salted.
「2つのピーナッツがバーに入っていきます。ひとつのピーナッツは塩付きでした/ 襲われました。」

==> a salted(塩気のある)とassaulted(襲う)の掛詞


これらは、いわゆる英語でいうところの「Pun」(ダジャレ)に当たる。


1語だけでなく、連語でPunというものもある。


●  Eye Drops Off Shelf.
「目薬は売り切れです / 目が棚から落ちます。」

==> Eye Drops(目薬)、Off shelf (売り切れ)を切り離して普通に読んだのが後者。前者は動詞なしで、何かの見出し的な表現。

.
2015.02.05 Thu | Language| 0 track backs,
本日の英単語 : 「Border Surge」
もう数か月前のこと。
録画していたBS放送をまとめて聞いていたら、こんな言葉が出てきた。
「Border Surge」

エボラ出血熱の報道の際に出てきた言葉だ。

ボーダー(国境)が活性化しているような話か、と思いきや、
「国境のセキュリティーを強化する」と訳されていた。(*)

なるほどそうか、と納得した。
感染拡大に対処すべく、出入国などの管理が強化された一件だ。

が、Surgeの語感を盛り込んだ訳はないものか、と考えた。
安全面のニュアンスが出ないけれど、
「国境の水際作戦」、あたりが結構近いかもしれない。


「Border Surge」、
今重要なポイントだ。


(*)この放送は、短いニュースを英・和両方で繰り返し放送してくれるというもの。
いつの間にかなくなったみたいで、当該時間に録画しても別の番組になっていた。
2014.10.31 Fri | Language| 0 track backs,
「日仏翻訳交流の過去・現在・未来」
日仏会館の掲題レクチャーを聞きに行ってきた。


● フランス語で「もののあはれ」はどう訳す?

日本の古典翻訳に造詣が深いパリ大のダニエル・ストリューヴ氏が、
「(源氏物語の)ものの”あはれ”は、フランス語でどのように訳すのか?」という質問への答えに窮していた。
結局、pitié(憐れみ)では言い表せないし、フランス語には同等の言葉はない、訳は難しい、というのが回答だった。

日本人の目からいうと、「attendrissant」=ほろりとくる、などなかなか近い言葉じゃないかと思うのだけど、どうだろう。


● 荻野アンナさんの言葉:

ラブレーの研究者であるアンナ先生。
そのラブレー、フランス語で一番長い動詞を編み出したそうなのだが、
なんとも摩訶不思議な長ーい単語だった。(アンナ先生が当該単語を口頭で披露した)。

どうやら擬態語・擬声語で構成されているらしく、その和訳に挑戦された2人の訳者の和文を比較されていた。
最初の訳者が基礎を作り、続く訳者がそれを最適化したような格好。
Connotation、いわゆる含蓄を擬声語の中にさりげなく入れる手法には舌を巻いた。

また、翻訳は二次元でなく、立体・三次元・空間の広がりがあることを本日のレクチャーを通して感じたとも語っていた。

Traduire(翻訳する)は、Trahir(裏切る)であり、原文そのまま反映されることはなく、裏切りつつ発見する、それが翻訳である、との感想も。

ああ、でもアンナ先生、今日はお得意のダジャレはなかったなぁ。


● 新しいモリエールの切り口

モリエール全集翻訳を手がけられた青山伸子先生(青山学院大学 文学部 教授)のお話が聞きごたえがあった。

モリエールの喜劇は、幕間劇により深みをもたされている、との新解釈から、
これまで軽視され、顧みられなかった寸劇の訳を精力的に全集に盛り込んだそうだ。

ちょっとした幕間劇が、物語が織りなすドラマにスパイスを与える役割をしているという説。
我々の人生と似ているかもしれない。

日常のほんの些細な一コマが、日々の生活に彩りを添えているのを感じることはあるから。
2014.04.20 Sun | Language| 0 track backs,
「一目ぼれ」のスペイン語に納得!
たったいま、ラジオスペイン語を聞いていたら、
スペイン語の「一目ぼれ」はFlechasoだと知った。

Flechaso=矢を射ること

つまり、キューピットの矢に射られた状態というわけか!

どうやら、神話に登場するキューピット、いわゆるクピドは、
現代でも脈々と日常生活に息づいてる模様。

1900年初頭にキューピーというキャラクターが出て、
クピドという神話の産物とはやや乖離しつつあるけれど。
2011.06.22 Wed | Language| 0 track backs,
名前の由来
カナダの名前の由来に引き続き。。

今日読んだ本に、(スペインの飲物)”サングリア”の語源が出ていた。
(別に語源本を読んでいるわけではないのだが)

スペイン語で血を表すSangreからきているという。
赤くて血のような色だからか。

同じお酒でも、シェリー酒は、スペインの産地ヘレス・デラ・フロンテーラのへレスが
よその国にまわってシェリーになったと聞く。

そんなこんなの語源の話の続き(頂いたメールから):


それで思い出したのですが、
中学か高校の英語の教科書にそれに似たような、
色々なモノの名前の由来が書かれていた部分がありました。


今でも覚えているのは、ジーンズとカンガルー。


ジーンズは、もともとはジェノヴァで作られていた布だったそうで、
ジェノウィーズクロース(ジェノヴァの布)をという名前が
どんどん訛り、省略化されてジーンズクロース→ジーンズになったんだとか。


カンガルーは、オーストラリアを発見した冒険家(誰でしたっけ?)が
珍しい動物(カンガルー)を見つけて、アボリジニーに
あれはなんだと聞いたところ、わかりません(アボリジニーの言葉で
カンガルーというのはわからないという意)と答えたのを
動物の名前と勘違いし、そのまま呼ばれるようになったんだとか。


こういうのがわかると、名前っておもしろいですよね~。

(バナナ魚さんから)

2011.02.12 Sat | Language| 0 track backs,
海外の名前
目下開催中のブエルタでフタロヴィッチが優勝し、世界の名前の妙につき再び考える。

ビアンキ・シモンさんが貸してくれた聖書と絵画の本では、ベンジャミンという名は末っ子につけられる名前であるということだった。
(そのあとうっかり子供が生まれる場合だってあるだろうに。)

そのほか先日書いたとおり、ミャンマーの人には苗字がない。
適当に好きな名前をつけることができる。

さらに私思うに、海外のファーストネームは聖書由来が多いせいか、バリエーションに乏しい一方、苗字の方にバリエーションがあるという印象だ。

さて、例の「ヴィッチ」について、こんな話。


ファラーの影からカヴが飛び出し、祝杯の準備をしていたら、


「フタロヴィッチ? だれ、それ?」


ぼーぜんとしてしまいました。


ちなみにスラヴ系に多い「・・・ヴィッチ」は父親の名前と一緒にして「父称」
として
使いますが、ロシアだとミドルネームとして使われることも多く、


「ピョートル=イリイッチ・チャイコフスキー」だと、


「チャイコフスキー家のイリヤの息子・ピョートル」になります。


これが徹底して姓がいまだに「無い」のが、欧州だとアイスランド。


男だと「ファーストネーム+父親の名の属格+ソン(英語のson)」
女だと「ファーストネーム+父親の名の属格+ドッティル(daughter)」


歌手のビョークだとお父さんがグズムンドゥルさんなので、パスポートには
「ビョーク・グズムンズドッティル」と書かれるわけです。


自転車選手でアイスランドっていたかな? 


サッカーだとバルセロナにいたグジョンセンがいましたが、彼はスウェーデンか
ノルウェーの移民の末らしく、お父さんは「グジョン」ではないようです。

(Kitaさんから)

2010.08.30 Mon | Language| 0 track backs,
"shw-greenwood" template design by Shallwill