日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
崖とシェリーと、南スペインの旅
現在行われているスペインのロードレース、ブエルタ・ア・エスパーニャ。
先日ヘレスデラフロンテーラとロンダを通過した。

2つとも、南スペインの中でもコルドバやグラナダとともに大好きな街。

特にロンダは、荒々しい岩肌がこれぞスペインと思わせる。


駅を出る。スペイン最古の最古の闘牛場が現れる。
道の端は一部手すりになっていて、崖の上に立っていることを自覚させられる。
下を覗くと、、、コワイ。


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道伝いに崖の下に行くこともできる。

下から橋を見上げる。橋の一部は小部屋になっており、一時期、ここは拷問部屋に転用されたと聞く。


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崖・・・

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そしてまた崖・・・

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でも家並みはいたってかわいらしい。

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コスタデルソルを彷彿とさせる白亜の家並みも見渡すことができ、
南国情緒、荒々しい自然、古い橋や最古の闘牛場などの歴史的重厚感が混ざり合ったハイブリッドな街、ロンダ。

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さて、お次はヘレス・デ・ラ・フロンテーラ。
シェリーのふるさと。
ヘレスが訛って英語でシェリーになったのだとか。

列車の駅を降りたら、甘いにおいがつーんと鼻を刺す。
それだけでいきなり気分は高揚し、いざ、シェリーの酒蔵ボデガ巡りへ。


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スペイン、ドイツ、フランス、日本からの観光客8名が参加。
ガイドさんは英語・ドイツ語・フランス語・スペイン語、計4か国語を操った。

最後にはテイスティング。
ドライ、ミディアム、スイート、3種類を。

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街には乗馬学校もあり、ふらりとのぞいて白馬の競技練習風景をのんびりと眺めた。

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ヘレス、そしてロンダ、またいつの日か訪れたい。

ただ、私が訪れた時はまだ観光客もまばらだったけど、情報量の多い昨今、すっかり観光地化してしまったのでは、という危惧も。

それならば、俗化することなく普段着の街の風景を気ままに楽しんだあの日の記憶を 再訪によって上塗りすることなく
そのまま大切に取っておいた方がいいのかな、そんな気もする。

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2014.08.28 Thu | Travel-Spain| 0 track backs,
コンタドールに対抗する
ツールの王者アルベルト・コンタドールがTwitterで写真をあげていた。
自転車模様のホットケーキ?らしく、これぞ自転車選手の朝食である、みたいな感じで。

http://tweetphoto.com/40883122 コンタの朝食


がしかし、結構ラフな感じで、日本人がつくったら、もっと繊細でステキな自転車になるだろうに。
たとえば、こんなふうに・・・と思った。



慰労会にて。自由が丘ガレリアビアンキさんの特製デザート。


そういえば、プチ留学中、先生の家に招待されたときのこと。

スペイン人の女の子と一緒に紙のお皿にビスケットを置いていたら、彼女が言った。
「えー、すごくきれい!!」

ええ、驚いたのはこちらのほう。

単にビスケットを順番に並べただけなのに、それが美しいとは。

彼女のビスケット入り紙皿を見たら納得。

単にどさっとぐちゃぐちゃに盛っただけだった。

細かいことはまったく気にしない。
大局だけとらえていればいいじゃない、というおおらかさ。

私は日本人の中では不器用な部類だけど、それでも器用なヒトになれちゃう。

日本人の繊細さって、貴重だ。(ジャパンカップの応援風景を見ていてもつくづくそくそう思う)
2010.08.24 Tue | Travel-Spain| 0 track backs,
09年ツール / バルセロナは誘う
去年のツールはスペイン・カタルーニャ地方に寄った。
バルセロナは行ったことがなかったので、観光も貪欲に。

やっぱりガウディはすごい。
ガウディだけでなく、モデルニスモ建築家たちがバルセロナを舞台に競いあったのだろう。
町中が建築コンテストの様相を呈している。

中でもバトリョ邸は、カサミラよりも見ごたえがあると聞き、列に並んで観光しようと試みた。
が、余りの混雑で30分並んでも列が動かず断念。

残念ではあったけれど、
「心残り」という物足りなさを置き去りにしてその地を後にするのはまんざらでもない。

いつかリベンジを、と再訪のモチベーションが上がるから。

そして、その心残りが思いがけない形で我が家にやってきた。



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左がバトリョ。
右は・・・
ペドロの贈り物。

ツーレの会社にバルセロナ出身のペドロとイタリア人のマッテオがプレゼンテーションにやってきた。
2人が考えたお土産は洒落ていた。
イタリアとスペインの特産品。チーズ、チョコレート、お菓子などなど、よりどりみどり。

そんな中、ツーレはこれを選んだ。
カサ・バトリョの置物。

入れなかった記念になる。
これをもらうのに相応しいのは我々だろう、、と勝手な考えから、「僕これもらうよー」と持って帰ってきた。

いつの日か、本物を再び訪問し、ガウディの海を思いっきり探検するぞ、と誓う。


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海をイメージした建造物らしい。
中に入ると深海さながらなのだとか。

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■ よくぞ届いたのう・・


さくらんぼが出回ると、ああ今年もツールの季節がやってきた、と実感する。

我が家のさくらんぼは、数日前、山形からやってきた。
上品な味、宝石のような輝きにうっとりしながら、いつくしむように味わっている。


それにしても、よく遅延なく届いたものだ。

どれどれ、と送付状を見てみる。
ああ、クロネコヤマトだった。

クロネコと言うと思い出す。
すでに退職した元上司。
外人と国際電話中、「please use Black Cat(黒猫)!!」と大声で叫んでいた。
「宅急便で送ってよ」と言いたかったらしいのだが・・・・もちろん通じなかった。


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2010.07.06 Tue | Travel-Spain| 0 track backs,
Joan Miró ジョアン・ミロの公園 in バルセロナにある 「Dona i ocell 」
先日のエントリーで国立西洋美術館の新館の写真を入れ、ミロの絵が写っていたけれど、それで思い出した。

バルセロナにParc de Joan Miró ジョアン・ミロの公園というのがある。

写真↓はそこにあった彫像「Dona i ocell 」女性と鳥。
タイトルはカタラン語=カタルーニャ地方の言葉でつけられていた。

スペイン語=カスティーヤ語なら、「Mujer y pájaro」ムヘール・イ・パハロ、となるはず。
「Dona i ocell 」というカタラン語は、スペイン語というよりイタリア語に近い。

イタリア語で鳥はUcello ウチェッロ。女性はDonna ドンナ となるのだから。

ところでこれ、よく見ると、ほんと、女性と鳥に見えてくる・・・

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この公園は、今年ツールでバルセロナを訪れた際、モンジュイックの丘正面の大通りからサンツ駅まで一直線に歩いて行く際、右手に見つけたもの。

ミロがバルセロナ出身だったのは初めて知った。

よく考えれば、スペイン語なのに、Joan Miró がホアン・ミロでなく、ジョアン・ミロと呼ばれることから、カタルーニャ人だと気付いたはずだ。

カタラン語では、Jの音はHの音でなく、英語のJの音になる。

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2009.11.18 Wed | Travel-Spain| 0 track backs,
兼高かおる世界の旅 のスゴさ - サルバドール・ダリと会話し、サグラダファミリアは石がごろごろの工事現場
先日、沢木耕太郎氏のトークショーに行き、

・MCのイザベルとベネというお笑い芸人さんを目の当たりにし、イザベルのブログを見たら、

・「兼高かおる世界の旅」の再放送の存在を知り(TBS系。1959年から1990年まで放映された長寿番組の再放送)、見てみたい、と書いたら、たまたま録画していた人がいて、飛び入りで見せてもらい、

・兼高かおるさんといえば、シュヴァリエの称号を日本で初めて取得した方なのだと三田のフランス料理店「シュヴァリエ」のソムリエ太田悦信さんから聞いた、、、などという話をブログに書いたら、

・先日大学の先輩からメールがきた。「ブログで紹介されていたシュヴァリエに行ってきました」と。


ひとつのことが、いろんな方向に弾けていって、刺激的だなぁ。ネットが誕生していなければ、私の中で、沢木さんの講演会に行った、という事実で完結するはずだった話が、昔のTV番組視聴に発展し、先輩のレストラン巡りにつながった。


ところで、見る機会に恵まれた「兼高かおる世界の旅」のバルセロナ編はあちこち突っ込みどころ満載だった。なにしろこれは、第二回1959年の放映分らしいのだ。

なにがすごいって、レポートの中で、歴史と現実が混ざり合っている。50年前なのだから、その時代がすでに歴史というわけだ。

中でも圧巻は、サルバドール・ダリに面会し、歓待を受けるシーン。
「ダリさんはお酒が飲めない、、、」などとナレーションが入る。ダリさん・・・

で、ダリは、お酒に指をひたして舐め、それで乾杯の意を表していた。

あの立派な髭は、お砂糖で固めている、なんていう小話まで披露される。

さらにサグラダファミリアは、まだ大きな石がごろごろしていて、工事現場そのもの。例の尖塔部分のみができているけれど、あとは未完成というよりまだ造っていません、という状況。

この50年で、随分スピードアップしたのだなぁ、と感慨深い。

友人にその「兼高かおる世界の旅」の話をしたところ、その彼女、この番組にはいささか思い入れがあるようだった。


「兼高かおる世界の旅」。幼い頃これを見ていた私は「外国に行く飛行機=パンアメリカン航空」と刷り込まれ、これに乗るとパンアメリカンのロゴの入った箱形のショルダーバックがもらえるものだと信じておりました(笑)いまでもちょっと欲しいです。使いにくそうだけど。

早起きが苦手な私より、兼高ファンだった父が熱心に見ていた記憶がありますが、私のドキュメンタリー番組好きの元になった番組かも知れません。

西ヨーロッパやアメリカなどの(当時の)先進国だけでなく、南アメリカやアフリカ、果てはパプアニューギニアの映像が、エレガントな彼女の案内で見ることが出来たのは良い経験でした。ホントに懐かしいです。
(Lさんより)

2009.11.17 Tue | Travel-Spain| 0 track backs,
国外脱出秒読み - 冷蔵庫一掃作戦は & バルセロナの地下鉄システム
今日成田を発つので、本来の私なら、今頃冷蔵庫はすっからかんのはずなのだけど。

銀座松坂屋の地下の青果コーナーがなかなかよくて、後先考えずに買ってしまったら、今日いっぱいで消費するのが大変に。

デパ地下の生鮮コーナーは、まとめ売りが得意だから。

これが平日なら、朝食で野菜・果物をどさっと消費できるのに、夫ツーレは休みの日は昼食時にしか起きてこない。
昼間はこのところ出かけて外食というパターンなので、はけが悪い。

昨夜は冷蔵庫の余りものを2組に分けて、一斉に炒めた。玉ねぎを始め、炒めればしんなりしてボリューム食べられる。

ツーレが飲まないカルピスウォーターと赤ワインの残りは一緒に混ぜて昨夜飲んだ。
(この赤ワイン、味が結構きつくて、私的には一度にたくさん飲めないのだ。)
なんだかサングリアの味でかなり気に行った。

かくして、(キャベツと人参は1週間放置しても腐らないだろう、ということで消費ギブアップしたけど、)あとは玉子、プラム、果物をこれから食べるとして、大体片付く目途がついた。

今は、よくここまで頑張った!とスカスカ気味の冷蔵庫を見て自画自賛。


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さて、ここでいきなりBarcelona。

前回の旅行の話を追えないまま次の旅に突入しつつあり、ちょっと急いでエントリー。

写真はバルセロナの地下鉄。乗りやすい。
ホームにはこういった電光掲示板があり、あと何分で列車が来るか一目なのだ。

そしてこの予定到着時間が結構アテになるのでびっくり。
さらに、結構頻繁にやってくる。
今回5回ほど乗って、銀座線ぐらいの頻度のように思えたほど。

それは言い過ぎとしても、南北線よりは頻繁に来ると実感した。
おそらく時間帯と路線によるのだろうけれど。

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地下鉄の切符システムのうち、日本にないものがあったので時間があるときに紹介したい。

前振りをしておくと、私たちは、10回分使えるカードを購入。
これ、1枚のカードだけど、(合法的に)2人で使える。

さらに、地上にあがって延々歩く乗り換え駅では、再度改札にカードを通すけれど、ちゃんと乗り換えと認識してくれた。
目的地に着くまで一続きの行程として、1回分しか引き落としされず。
すぐれものだ。

値段など詳細はまた後日。

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車両も清潔。治安の悪さが取りざたされていたバルセロナだけど、怖い思いはしなかった。

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サグラダファミリアの最寄り駅には、こんなパネルも。

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2009.09.22 Tue | Travel-Spain| 0 track backs,
スペインの海とバルセロナ五輪選手村のヨーロッパ随一の5つ星ホテル
■ バルセロナ五輪選手村跡地は豪華絢爛 - 代々木の選手村跡地と比べてはなりません


スペインの海岸というと、コスタデルソル、あるいはアリカンテ付近のコスタブランカを思い出しがちだけれど、バルセロナも実は海岸の町だったりする。

ブエルタのスタートとなった7月10日、モンジュイックの丘でレースを見たあと、アンドラには行かずに、フランス経由タルブに先回り。

列車待ち時間が5, 6時間ほどあったのでガウディ関連の建物などを見たあと、変わったところにいこうということで海を目指す。

(Barcelona)
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地下鉄の最寄り駅で、ぴったり海岸のすぐそばに出られそうなのが見つからず、地図を見て海にそこそこ近そうな駅でふらりと降りた。10分弱で海が見えてきた。

このあたりはバルセロナ五輪関連の建物もあり、92年頃、大幅に近代的になったのだろう。
以前なら、確か駅より海側は危ない、なんていうガイドブックの説明書きを見た気がする。

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下の写真/ 先に見えるビル周辺が、92年のオリンピック村の一角に相当する。

左の高いビルはバルセロナで一番のっぽなビル(44F)で、アーツホテルという自称ヨーロッパでも最高級を自負する5つ星ホテル。(でもモナコのホテルよりは少し手ごろのような感じも。5万円弱から泊れるみたいだ。)

右は現在保険会社のビルになっている。

ともに、五輪出場選手用に建設されたもの。なんとぜいたくな!
代々木の国立オリンピック記念青少年総合センター界隈と比べてしまうせいだろうか。。。

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↓ ここがかつての選手村の入り口らしい。
海に面したなかなか素敵な場所にある。

東京五輪の選手村は構想では、どこに建設予定なのだろう。
ここは敷地も広々しているし、市内へのアクセスも悪くなく南国ちっくだし、アスリートたちに歓迎されたことだろう。

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黄金のオブジェは魚のかたち。

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正面にはSea Viewが広がる。

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2009.09.19 Sat | Travel-Spain| 0 track backs,
ランス・アームストロングを見たあと、ジローナ発バルセロナ行きに乗る 
7月のツール・ド・フランス、スペイン編。
ジローナでスタートし、バルセロナにゴールの日。(一部7月のエントリーとだぶるけど)

前日の宿泊地点はペルピニヤン、当日はバルセロナ。したがって、ジローナにはスーツケース持参で行くしかなかった。

駅に荷物預かりはなく、1kmほどごろごろころがして。
で、こういう風景になった。(写真再掲)



で、相方のツーレはやや高いところによじのぼったらしく、少し俯瞰的な写真が撮れた。
下の写真中央はランス・アームストロング。ライバルチームの英国人デイヴィッド・ミラーと歓談中。

今年のランス、やけに社交にいそしむ姿が目に付いた。
新チーム「シャック」に勧誘すべき人材を値踏みしていたのだろうか。

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ジローナスタートが終わり、ゴール地点バルセロナへ移動。
列車は小さかったけど、やけにこぎれいだった。
満員で席はなく。
スペインでやたら目にしたランスのTシャツを持っている人がいた。
彼らはスペイン人なるもアメリカ人の応援?と不思議に思っていると ---

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ちゃんとスペイン人アルベルト・コンタドール(今年のツールで最終的に優勝)の図柄もおそろいの格好であった。
同じチーム内でエース役を争った2人だけど、ファンたちは、両方を応援しよう!という心意気があったようで、なかなかフェアプレイの精神ではないかと思う。

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隣の車両の陽気な少年たちのところへおしゃべりしにいくと、やおらこんな横断幕を広げた。

カタルーニャはスペインではありません、と書かれている。
ティーンエージェーの子たちがカタルーニャの独立を訴えPRしている。
同じ国の中で独立を叫ぶ、バスクやカナダのケベック州をはじめ、多々あることなのだろうけど、独立心が強いということは、どういうことなんだろう。

自国がキライ?
とまでいわくとも、妙な違和感がある?
わが自治体に極度の誇りがある?
歴史的行きがかり上?
言語的なもの?

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すると今度はこちらのおじさんも、旗を取り出す。
カタルーニャの旗の変形版らしく、赤x黄色のカタルーニャ州旗+星。

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カタルーニャの人はなんだかあったかい。

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手作りの名刺をくれる。

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2009.08.25 Tue | Travel-Spain| 0 track backs,
聖書のモチーフ: ユダの接吻
以前パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂にあるジョット作「ユダの接吻」の絵の話題に触れた。

イタリア行きの飛行機の中で、たまたま日経新聞を手にしたところ、この絵の記事に目が留まり、切り抜いておいた。
スクロヴェーニ礼拝堂の入場券を日本から予約し、丁度この絵を見に行く予定だったから、鑑賞時の参考にしよう・なんともグッドタイミング、と喜んだのだった。



イエスとユダの接吻が表すもの。それは、男色系の話、、、ではない。

最後の晩餐に引き続き、陥れたイエスを引き渡す際、顔の見分けがつかない兵士のために接吻をしたユダ。
それを合図に、兵士がイエスを判別し、襲いかかる。

記事にもあるように、接吻という親密な行為が裏切りを表すという、なんともやりきれないシーン。
この絵の中のキリストは、記事では「すべてを見通すような目つき」をしていると書かれている。
見る者にそう感じさせる目力を描き分けたジョットの腕前はすごい。

この接吻のモチーフは、ロンドンナショナルギャラリーのウゴリーノ・ディ・ネリオの絵でも使われている。
描き手が変われば、雰囲気も相当違う。
こちらの絵では、イエスは少々迷惑そう?な、困惑の混じった諦観の表情だ。

実は先日見てきたバルセロナのサグラダ・ファミリアにも、“ユダの接吻”の彫刻があって、少々感激した。
むろん、聖家族も受胎告知もあった。
この教会、スクロヴェーニ礼拝堂同様、丸ごと聖書というわけなのだ。
聖書の逸話に精通していればしているほどに、味わい深くなる仕組み。

ユダの接吻が見られる場所は受難の門、向かって左隅。

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アップにするとー
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ユダがイエスの首筋をぎゅっと抱きしめながらキスしている。
こちらからは、イエスの表情は読み取れない。
ただ、ユダの欲にかられた(*)さもしさが胸に迫る。

*・・・ 金目当てにイエスを引き渡した
2009.07.29 Wed | Travel-Spain| 0 track backs,
聖家族
両親がツール・ド・フランスのにわかファンになったらしく、母親からは、「レース中継を見ました」とか「レースはカラフルですね」とか、「別府選手、完走できて嬉しそうでした」などというメールが送られてくるのがおかしい。

さて、バルセロナ回想。
言わずと知れたサグラダファミリア。

お勧めの、サンパウ病院からのアプローチ。
サグラダファミリアの威容が徐々に迫って来る。

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正面、生誕の門は、なにはらごしゃごしゃしているけれど、

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よくよく観察してみると、ひとつひとつ、丹念に仕上げられた彫像が浮かびあがって来る。
宗教画と同じモチーフだ。

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工事はまだまだ続いていて、覆いのただ中にひっそりと浮かぶ彫像。
これを見ると、教会なのだと実感。

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音楽を奏でる天使たちの彫刻が気に入った。

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主任彫刻家の外尾悦郎氏作と聞く天使の合唱。

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やはり外尾悦郎氏が思いを込めて造ったというハープを奏でる天使。

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天使の合唱の下には聖家族像。
いわゆるこの教会の真髄ともいうべきサグラダ・ファミリア(スペイン語で聖家族)だ。

イエス・キリスト、聖母マリア、養父ヨハネが並ぶ。
聖母マリアの頭巾の優雅さよ。

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上部には生命の木に群がる鳩たち

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さて、受難の門(裏側)にまわってみると

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なにやら近代的な作風の彫刻群。
すぐに磔刑が目に入る。

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これもサグラダファミリアなのか。
生誕の門の姿ばかりが報道されるけれど、受難の門は、がらりと趣を変えていて、多様性と寛容さには脱帽。

全体としてみると、新しい部分と古くてすすけた部分が混在していて、建築の長いスパンをパッチワークのようにとどめつつ、はて、一体いつできあがることやら。
(外尾氏の貢献により、工期がずいぶん短縮する見込みらしいけれど。)

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2009.07.29 Wed | Travel-Spain| 0 track backs,
カサ・バトリョ
バルセロナ回想

バルセロナでガウディの建築物を見るなら、断然「カサ・バトリョ」と聞いていた。
海をイメージした内部は、奇妙奇天烈な世界が広がっているという。

ほかの建物は、ほとんど外観を眺めただけ。(無料のものには入場したけど - 笑)
ここだけは、16ユーロだか16.5ユーロする入場料を払って見ることに。
でも、

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列は30人ほどなのに20分たっても切符売場に到達しない。チケット販売の要領が悪いのだ。
入場のときに録音ガイドを渡されるので、たっぷり1時間は見学にかかってしまう。
結局途中であきらめた。

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もっと時間のあるときにこないとだめだ。

5時の列車でペルピニヤン入りせねばならない。
滞在時間が限られていたので、こういうあわただしいときは、広く浅く見る方が向いている。

「今こういうものを見ても上滑りして、心にどっしり響かないだろう」そう思った。
ちょっと名残惜しかったけど。


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2009.07.24 Fri | Travel-Spain| 0 track backs,
バルセロナのモデルニスモ建築
バルセロナという町は、本当にダイナミックだった。
写真は建築家サルバドール・バレリ・イ・ププルによるカサ・コマラ。(Casa Comalat By Salvador Valeri i Pupurull)
モデルニスモの建築だ。
写真に見られるがごとく、波打つ様式を得意とする人らしい。

ディアゴナルの駅付近に行くと、ガウディ作のものも含め、一風変わった建築物がたくさんある。
こうした修復中のものも数多くあったので、町は多額のお金をつぎ込んで、これらを大事に保護しているらしい。


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ツール・ド・フランスについて書かれた哲学者の本を読むと、かつて町がレースを招致し、ルートに加えられるということに特殊な意味合いがあったことがうかがわれる。

今では通った場所は、単なる通過地点・普通の道路としてしか見なされない場合も多いけれど、たとえば日本で開催されるツアーオブジャパンなどは、大仏と鹿と戯れる選手たちが毎年かっこうのフォトジェニックな構図になっている奈良ステージを始め、各都市がそれぞれに持ち味を存分に発揮している。

これはステージレースの本質をついたかたちだと思う。
ステージレースは町と町をつなぐことに意味がある、ヴェロドロームで開催されているわけじゃない、というのは時折言われる言葉。

スタート・ゴール地点の表情はどの都市も似たりよったりだけど(ヴィラージュ付近や出走サイン台は毎日同じ設置物)、そこから一歩踏み出してみると、表情さまざま。


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2009.07.20 Mon | Travel-Spain| 0 track backs,
ラテンなスペインの少年たち
スペイン回想
ジローナからバルセロナに移動する列車の中で。
ツール観戦を終えた少年たちに声をかけた。

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・好きな選手は? - (みんな口々に)「とくにないけど、コンタドールかなぁ・・」

・コンタドールとバルベルデはやっぱりコンタドールの方が人気? - 「どっちも人気だよ」とひとりが言うと、「コンタドールの方が上でしょ。だって3大ツールで勝ったんだから。」

(少年たちが私に)「ところで、パスをぶらさげてるってことは、これ取材?新聞?雑誌?ねえ僕ら掲載されるの?」
「うーん、雑誌にはパンチ不足だなぁ。でもウェブサイトには載っけると思うよ」
(やんややんやの大歓声)

とかなんとか盛り上がっていると-
うちひとりがこんなことを言う。

「おいらは、歌手なんだ。将来ビッグになるから、今のうちサインしてあげる。出世したあかつきには値打ちもんになるよ」

そう言って私が手にしていたペンとジローナの市街地図を取りあげた。

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「君の名前はなに?」
めんどくさいのでいつものように「ナナ」と答えると、
サラサラとサインを始めた。

周囲の少年たちは、「おお、やるなー」といった感じで、彼の世間慣れした様子を見守っている。

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そして
「(サイン) / ナナのために、With Love! 」
と書いて渡した。
「名前はトニー。最後のショートメッセージ(With Love )がミソだからね」と。

うーむ、「ナナのために」、の部分はPara Nana とスペイン語なのに最後のWith Love が英語という点に注目だ。
君、もしかして国際的歌手を目指してるな?

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そんな歌がうまいならここで一曲歌ってよ、と言うのと、列車が駅に着いたのはほとんど同時だった。

「僕ら、(ゴール地点の)バルセロナには行かないんだ」といって、途中駅で降りて行った。
残念、もっと早く声をかけてれば・・?
手を振って別れた。

---
もともと彼らは我々の隣の車両にいた。(写真はツーレが連結部のガラス窓越しに撮ったもの)

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それをツーレが見つけ、「なんか面白そうな子たちがいるから取材に(?)行ってきなヨ」と。

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で、突撃取材に出かけてみると、、、、
こんな感じで、てんやわんや状態で。

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カタルーニャの人は暖かい、というのを聞いたことがある。
なんとなくそんな話も頷ける。
バスクやアンダルシアとも違って、どこか ”ついていける” ラテンの乗りだ。

そしてこの車内では、ほかにも楽しいおじさんたちがいた。(続く・・)
2009.07.16 Thu | Travel-Spain| 0 track backs,
バルセロナにて
バルセロナのスタートを見たあと、ゴール地点ではなく、一旦ツールのルートからはずれてペルピニヤンに向かう。列車は本数が少なくて、16:42発しかないので、5時間ほどバルセロナで時間を潰すことに。

ディアゴナル付近でいくつか名物建築を見たあと、サンパウ病院へ。ここの建築群がまたスゴイ、と聞いたので。

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献血センターからの眺め。ここ、本当に病院?という感じだけど、救急車や、白衣のお医者さんがそこここに現れるし、救急センターなどという看板もある。これほど観光客の多い病院も珍しいかも。

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ここは入り口付近の通路。この部分はクラシックな感じだけど、そのほかの建物の内部は、どうやら近代的なつくりらしい。

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そのほか聖母マリア様の彫像なども散見された。

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さらにこの病院からサグラダファミリアが見渡せる。ここからガウディ通りをまっすぐ歩いて、ちょっとずつサグラダファミリアへ近づいていく。地下鉄下りたら突如見える、というのもいいけど、じわり・じわりのアプローチも悪くない。

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2009.07.11 Sat | Travel-Spain| 0 track backs,
カタルーニャから
二転三転の末、結局スペインにやってきた。

朝ペルピニヤンの宿を出て、ジローナへ。駅では荷物を預かってもらえないので(これは覚悟していた、だからスペイン行きは躊躇した。自分ひとりだったら諦めていたはず)、ツーレが2人分の荷物をコース脇まで持っていって、その場でスタートを観戦。

こんな感じで荷物をまとめて、なんとスーツケースの上に立って観戦したそうだ。

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で、こんな写真を撮ったりしたという。

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その間私はちょっと宿題になっていたミニ情報を手に入れるべく、ヴィラージュへ。

なんとか無事に情報は仕入れることができ、スタート後にツーレと合流。

ジローナからはバルセロナへ列車で移動。混雑していて席は見つからず。そばにいたおじさんが、「アイスコーヒー飲むかい?」と。遠慮なく頂き、話に花が咲く。

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なんとも楽しい列車の旅だった。

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2009.07.10 Fri | Travel-Spain| 0 track backs,
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