日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
辻邦生「夏の砦」とプルーストの類似点
学習院大学で開催された「辻邦生『夏の砦』を書いた頃」展、
及びそれに関連する加賀乙彦先生の講演会に触発されて、
『夏の砦』を読んでみた。


死によって美の昇華を試みる辻邦生氏の耽美的な面がうかがわれる物語で、
内容自体はプルーストの『失われた時を求めて』とは
全く異なる趣なのだけど、
文章の端々にプルーストの影響が垣間見られて驚いた。

その類似点を列記してみる:


1) 一人称の語り
プルーストは、三人称の限界を感じ、
『失われた・・』で一人称に取り組んだ。

『夏の砦』も同じく一人称。
しかも語り手が途中で入れ替わるというトリッキーな面があり、
視点を変えるのなら、三人称の方が適しているような気もするが、
それを押して敢えて一人称を選択した。
その強引さこそ、プルーストの影響ではないだろうか。
しかも両者ともに、子供の視点を盛り込んでいる。


2) Mise en abyme
プルーストも辻邦生も、ともにそれぞれの著書の中で
Mise en abymeの手法を用いている。
Mise en abyme・・この言葉は、日本語に実に訳しにくい。
絵ならば画中画、というぴったりした言葉がある。
書の場合は、既成のピンとくる単語がないけれど、
書の中に別の書を滑り込ませる手法だ。

『夏の砦』では『グスタフ侯年代記』という別の物語が語られ、
『失われた・・』でプルーストは、独自の文学論ともいえる批評文を入れている。

Mise en abymeという言葉はアンドレ・ジッドが初めて
用いたといい、単に作品の中に別の作品を盛り込むだけでなく、
Abyme=深淵という言葉が指し示す通り、
それがチェーンのようにとめどなく続いていく感覚を含んでいる。

プルーストは、書の中に批評文をさしはさむために
一人称が最適、と判断したそうだ。

辻さんの一人称は、どちらかというとミステリーを長引かせるために
使用した印象もある。
すぐに手の内を明かさない、意図的な隠ぺいを行うのに
一人称は最適だったと考えられる。
しかしプルースト同様”書中書”を試みていることを鑑みると、
そのための一人称であったとも考えられる。


3)ライトモチーフ
『夏の砦』では樟、
『失われた・・』では水・闇・光・夢。
それぞれ繰り返されるモチーフが底層に鳴り響き続け、
作品のバラバラのピースをつなぎとめている。


4)個性的なメタファー
プルーストのメタファーには毎回うならせられる。
想像力が突飛もない方向に駆け抜けていて、
それでいて、唯一無二とも思えるほどの
フィット感がある。
一般人の想像を超えるメタファーは気を付けないと、
「狙った感」だけが浮いてしまう。
よほど共感できるものでなければ大外れする。
そのリスクをとった上え生み出されるプルーストのメタファーは秀逸だ。

辻さんのメタファーはそこまで奇をてらった感はないけれど、
時折想像力豊かな読ませるものが登場する。


5)主体性をもったモノたち
バルザックとなど一世代前の作家たちとは異なり、
プルーストは、事物に主体性をもたせ、イキイキと描き込んだ。
この点は、プルーストの革新性でもあり、特に色濃い特色といえる。

辻さんも、一部ではあるけれど表れている部分があり、
プルーストを想起させる。
「天井は笑い上戸」、などと書かれているくだりだ。


6)人間の多様性
登場人物のポートレートのアプローチは、
辻さんとプルーストで随分異なっている印象があるけれど、
それでも人間の中に潜む多面性では共通していると思う。


その他、
・記憶へのまなざし
・行きつ 戻りつする時系列
・冒頭に登場する「長い間」Longtempsの言葉
・プルーストが愛したモーヴ色(辻さんは1回だけだけど使用している)
・祖母や母へのまなざし(父の存在は薄い)

など、『夏の砦』の中には
プルーストの空気・気配が充満している。
辻氏の初期の作品であることを鑑みると、
プルーストが体得したものを自作で試みている、
一種の習作のような雰囲気が感じられる。


別の辻さんの書『美神との饗宴の森で』では、
実際にプルーストの『失われた・・』への参照が見られ、
熱に浮かされたように本書を読んだ時期があったことは間違いない。

秋に行われる辻さんとプルーストを主題とした講演会がを
心待ちにしている。


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関連エントリー(辻邦生さんの奥様・佐保子さんの作品を読んだ):




2017.08.19 Sat | Books| 0 track backs,
「正解のない言葉の冒険」 ・・ 絶妙な和訳
日経新聞文化欄で見つけた鴻巣友季子さんのエッセーが
興味深かった。


鴻巣さんは初夏のこの時期、学校をめぐるなどして
ご自身の専門である翻訳に関する認識を広める活動をされている。

実際子供たちに短文を訳させてみると、
予期せぬ秀逸な訳が見受けられるという。

中でも、「風と共に去りぬ」の最後のシーンで
スカーレットがつぶやく言葉、
Tomorrow is another day」を高校生に訳させたところ、
しごく秀逸な訳が飛び出たという。
(私自身、度肝を抜かれた。)

それはー
とりあえず寝よう」・・・


なんたる発想。
普通に「明日には明日の風が吹く」と私なら訳すところ。

原文の音の響きにもマッチして、
しかも、明日の事なんて今考えても無駄よ、
のニュアンスが、もうこれ以上ない端的な言葉で表されている。
絶妙に真意を組んだこの投げやりさ加減といったら。。


上記は言葉の上でずいぶん逸脱した訳なので、
文学作品の実際の訳に採用しうるかどうかは微妙だろう。
とはいえ、
たとえ原文から言葉の上では逸脱しても、
その根っこの部分を的確に押さえているので、
言葉が似ているけど意味やニュアンスが伝わらない、
というケースよりよほどいい。


以前読んだとある訳本は、
原文の細かいニュアンスがキーになる場面で、
それをばっさりそぎ落として、安易な慣用句に置き換えてしまっていた。

確かに日本語のその慣用句は、原文に出てくる言葉が丁度盛り込まれていて、
一見似た印象を受けるのだけど、
原文と比べると、エッセンスが完全にずれている。

言葉や文章の構造が似ていても、
ニュアンスに無神経な訳は残念すぎる。


翻訳って本当に難しい。
筆者の鴻巣さんが言うように、「翻訳に正解はない」のだろう。

それでも、プロの翻訳家さんなら、
言葉や文章に真摯に向き合ってほしいし、
そうした苦労がにじむ訳文であってほしい。
2017.07.04 Tue | Books| 0 track backs,
失われた言葉を求めて: 文豪の草稿、プルーストのカイエ
◆ 失われていく制作過程の軌跡 図書館のバックヤードツアーにて


図書館のバックヤードツアーに何度か参加したことがある。

近代文学館系や公立図書館が企画したものだ。

古書や希少本、豪華本など見どころは多いけれど、
なかでも目を見張ったのは文豪たちの草稿だった。

何度も遂行を重ねた跡があるかと思えば、
速い筆致で一気に書き上げ、らすらと筆をすべらせたものもあり、
手書きの原稿用紙には、様々な軌跡が残されている。

完璧な最終作の裏にある作者の苦悩や情熱を
それらは雄弁に物語っている。


あるいは、バックヤードツアーに行かずとも、
ネットのアーカイブ機能でこうした手稿を検索することもできる。

例えばフランスの国立図書館が運営しているサイトでは、
全7巻の大作「失われた時を求めて」を執筆したマルセル・プルーストの手稿を
カイエのマイクロフィルムとして一挙に見ることができる。


無題 


この手稿こそが、プルースト研究には欠かせない材料となっていて、
さまざまな論文が発表されている。


人物の役割の変化、
書きあぐねたテーマ、
膨大な推敲を経ても終始守られた不動のテーマ、

などを検討することで、
プルーストが重点を置いた点、
心の変化などが細やかに浮かび上がる。


例えば、ママン(母)の描写は、
速い筆で書かれ、ブレることなく一貫していたという。

本作を書く上で、母のテーマがひとつの契機となっていたことや、
母への並みならぬ愛情が改めて伺い知れる。


こうした制作過程を映し出す手の跡はしかし、
パソコンによる制作によっていまや確実に失われている。

今後世の中に残るのは、最終作のみになっていくのだろう。

書いた後に削ったマイナス部分、逆に付加された部分、
そしてそれらが浮かび上がらせる作家の心理状況などは
まるで始めからなかったかのように切り捨てられる。


貴重なものがまたひとつ、便利さの犠牲になっていく。

2017.03.12 Sun | Books| 0 track backs,
ロラン・バルト「エッフェル塔」
近代フランス人哲学者ロラン・バルトの「エッフェル塔」という書の後半に、
バルト論について書かれたページがあった。

それによると、バルトはすき焼きのことを
「中心のない食物」と言い

天ぷらを
「すきまの集合体」と定義した。

そしてその根拠がずらずら並べられている。
わかったようなわからないような。

食べ物がここまで哲学まみれになると、
なんとも味気ない。

ただおいしく食せばいいと思わなくもない。

ちなみにこのバルト氏、
元アナウンサー中村江里子さんのご主人の縁者だ。

でも、ロラン・バルト氏は、その家系の中では異端だったと聞く。
血筋的には軍人など勇敢な人物が多く、
そんな中、柔らかい部類として浮いていた、らしい。



2017.03.06 Mon | Books| 0 track backs,
辻邦夫「春の戴冠」 のススメ
去年から相次いでボッティチェリ展が各所で行われている。

私は正直、ボッティチェリの作品はそれほど好きではなかった。
イタリア旅行に行き、ウフィツィ美術館へは行った。

「プリマヴェーラ」や「ヴィーナスの誕生」などの名画は見て、大感激した。

けれど、数か月滞在したイギリスで、ボッティチェリ後期の作品を矢継ぎ早に見たせいで
「プリマヴェーラ」や「ヴィーナスの誕生」の輝きがすっかり曇ってしまった。

とくにナショナルギャラリーには、
マニエリスムに片足をつっこんだような、神秘主義に走ったような、怪しげな画風が目白押しで、
結局、彼の画業がしりつぼみで終わってしまった印象がある。


でも、(以前にも記したけれど、)辻邦夫氏の「春の戴冠」を読んで、
例え終わりはどうあれ、最盛期の絵を純粋に愉しめばいい、そう思えた。

フィレンツェ黄金期の、何かが崩れる不安をかかえつつも
栄華をどん欲に謳歌した人々の歓喜に溢れる「春の戴冠」。

あの時代の空気があったからこその「プリマヴェーラ」や「ヴィーナスの誕生」なのだ、と気づかされる。

栄華を極めた当時の風俗が、あの絵たちに凝縮されている。



2016.01.23 Sat | Books| 0 track backs,
「さよならドビッシー」 <読後感>
第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した中山七里氏のミステリー。

音楽的要素をふんだんに含み、単なる謎解きだけでなく、
曲の調べが作品の雰囲気をドラマチックに盛り上げている。

東野圭吾さんのマイルドな作品に慣れた身には、
鋭利で冷酷な描写にインパクトを受けたりしたけれど、
謎解きという意味ではうまくまとまっている印象。

もっとも、メインの殺人の方は犯人が途中でわかってしまったのだけど。
しかも、犯人はあの人で100%間違いない、という確信をもって気づいてしまうので、
種明かしのくだりの意外性がなく、それはちょっと興趣半減といったところだった。


一方で、核となる音楽コンクールの話の結末を知りたいという思いにより、
テンポをもって読み進められる。

病院通いが続いた10,11月、長い待ち時間をつぶすには好都合だった。

一番気にかかっていた検査結果待ちの際は、待合室で純文学などとても読む気がせず、
かといってじっと待つのは辛くて、
この本にある意味救われた。



2015.12.16 Wed | Books| 0 track backs,
半藤 一利先生 x 宮部みゆき先生 対談
半藤 一利先生 x 宮部みゆき先生の対談形式で綴られた「昭和史の10大事件」(東京書籍)発売を記念し、
八重洲ブックセンターで、続編的なおふたりの対談が開催。
先日会社の後輩とともに潜入してきた。


半藤先生は、想像通りのイメージだったものの、宮部先生はとてもソフトで話し上手。
一流文筆家先生とあがめられる対象でありながら、尊大な感じはみじんもなく、
好感度抜群なのだった。

本の帯に載っているご自身の近影を示しながら、
「このセーター(写真の中で先制が着用している縞模様のセーター)が派手すぎた」、
と言いつつ、この日は地味なお姿で。


本書で語られなかった秘話、ここだけの話なども盛り込みつつ、
もっとお話を聞いていたかった思うほど、滑らかに高密度に進行したのだった。


半藤先生はもともと文芸春秋編集長として「エーゲ海に捧ぐ」などの選考に携わった。
選考の現場はかなり激しいもので(今は違うのかもしれないけれど)、
殴り合い、取っ組み合いのけんかも多発したそうだ。

また、本書に出てくるヘルシンキ五輪の逸話には続きがあった。
選考会の折り、30㎝(?あるいは2m)の差で五輪代表を逃した半藤先生。
ところがエイトでなく4人乗りで4大学対抗で闘ったところ、
半藤先生のチームが優勝。
慶應の代わりに五輪に出ていれば、、、メダルを目指せたのではといったニュアンスを残しつつ、大笑い。


その他小泉信三先生との逸話など、昭和の香り漂う話が続いた。


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2015.10.07 Wed | Books| 0 track backs,
「サラバ」By 西加奈子 <読後感>
ストーリー性抜群で、ジョン・アーヴィングを思い起こした。
「The Cider House Rules」の根底を流れる見えない哀しさや淡いせつなさをにじませ、
「The Hotel New Hampshire 」の群像劇スタイルをまじえつつ、
「The World According to Garp」にみられる心理小説要素も加わっている。

実際物語の中でアーヴィングに触れるシーンが登場するので
筆者の方は、それらの影響を受けているのだろう。


様々な人たちが個性的な生き方をして、
ときに触れ合い、ときに反発しあい、社会的規範と相いれず悩み、挫折し、それでも歩んでいく。


フランス人作家、ディディエ・ヴァンコヴラール(Didier Van Cauwelaert)の小説のような創造性も魅力的。
想像の翼を思いっきり羽ばたかせ、のびのびと筆を運んでいる様子が感じられる。


人生には当たり前のようにアップダウンがあるけれど、
最高潮に盛り上がるポイントは人それぞれであり、
運を若いころに使い切ってしまうのか、しり上がりの人生を歩むのか、
前者の場合、どう軌道修正していけばいいのか。


そしてタイトルになっている「サラバ」。
思い切りがよい、スパっとした感じのあるこの言葉が
過去や迷いを断絶しつつも、未来への懸け橋として爽やかな余韻を残す。






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2015.09.25 Fri | Books| 0 track backs,
「印象派のミューズ」 <感想>
 印象派のミューズ:ルロル姉妹と芸術家たちの光と影 by ドミニク ボナ (著), 永田 千奈 (翻訳)

先日読み始めた段階で先のエントリーにてすぐさま絶賛した「印象派のミューズ」読了。
素晴らしかった。

印象派とは、作風だけでなく、濃厚な人と人との結びつきを叶えた特殊な現象だったようだ。

本作は本国でシモーヌ・ヴェイユ審査員特別賞を受賞したそうで、
綿密な調査に基づいている。

ルノワールのミューズとなった姉妹の人生の暗転、
それを取り巻くサロンの人々の個性的な人生が
生き生きとえがかれている。
描写の対象は姉妹に限定されておらず、サロンの人々すべてが主人公だ。

ドビュッシーの女たらしぶりも圧巻だけど、
ドガは気難しい
モーリス・ドニは温厚
ヴュイヤールいやな奴、

そんなレッテルを思い浮かべつつ作品を見たり聞いたりすると、
どこかなるほどな、と思えたり、或いは、作品のイメージと人となりが相反していて面白いな、と感じたり。

訳も秀逸。文句なく自然で読みやすかった。



2015.09.17 Thu | Books| 0 track backs,
「印象派のミューズ:ルロル姉妹と芸術家たちの光と影」 白水社
何かの書評で興味を持ち、読み始めた。
「印象派のミューズ:ルロル姉妹と芸術家たちの光と影」。


手にする前、副題をちゃんと見なかったため、
過去の印象派の画家たちのミューズとうたわれたモデルたちが
次々登場するのかと思った。

実際は、ルノワールが描いた
「ピアノに向かうイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル」という絵に登場する
2人の姉妹の数奇な運命をたどる趣向だった。

とはいえお金持ちの子女2人を中心に展開するわけでなく、
画家でもあり、画家の支援家でもあった姉妹の父の周囲に集まった人々を
ひとりずつ掘り下げていくため、
さまざまな芸術家たちの個性や当時の様子が浮き彫りになり、
なかなか興味深い。


ルロル家にはドビゥッシー、ドガ、カリエールなど一流の芸術家たちが集ったそうで、
芸術家たちの交流というのがかなり頻繁に行われていた事実を改めて認識する。

居間でピアノを弾くドビュッシー、それを聞くショーソンやルロル家の人々、画家たちが集ったサロンの雰囲気は
どんなに華やかだったことか。
マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」にも登場する内輪のサロン。
縦横無尽な芸術の交差点があった当時の様子がしのばれる。

ドビュッシーが個人宅でカジュアルに演奏する・・・なんて贅沢な話だろう。


印象派、とか象徴主義、とかいったカテゴリーが明確だった時代だからこそ
互いに同じ”流派”の芸術家同士、その傾向に関する主張交換を必要としたのだろう。
いまではxx派といったスタイルは多様化してしまい、
個人的な制作スタイルになってしまった。

大物芸術家たちが個人宅、サロン、カフェなどに集い、議論した光景は、
思い描くだけでも華麗でうっとりしてしまう。
たいそう熱気に包まれていたことだろう。


まだ読み始めたばかりだけれど、すでに興味津々。
どんな運命にもてあそばれることになるのだろう、あの姉妹は。








2015.09.06 Sun | Books| 0 track backs,
「アリアドネの弾丸」 & 「ブラックペアン」 / 海堂 尊  <感想>



「チームバチスタの栄光」しか読んだことのなかった海堂 尊さんの他の本を読んでみた。
1冊目が「アリアドネの弾丸」、2冊目が「ブラックペアン」。


医療ミステリーが好きで、Robin Cookあたりのペーパーバックは結構読んだ。
病院という閉鎖的で未知の舞台で起こるミステリーは、
テクニカルなトリックが満載で、興味をそそられる。

医学博士・海堂尊さんも、そうしたスペシャリストならではの世界を作品の中で掘り下げ、
たとえフィクションを交えてつづられていたとしても、
読み応え十分なのだった。


「アリアドネの弾丸は、磁場という特殊なMRIならではの環境が
キーになっている。
海堂さんならではの着眼点。
テクニカル・ターム満載で、ワクワクした。
展開の仕方にも少し工夫があって、時系列を少しずらすことでリズムが生まれている。
どす黒い陰謀の中にもスペシャリストの世界の浪漫を思わず感じてしまう。


「ブラックペアン」は、高階や渡海という個性的な人物が二人登場するため、
やや視点がぼやけてしまい、読みながら主人公のキャラクターの色分けがすっきりできなかった。
全体的に、ペアンがどう要になるのか、といった着想で強引に引っ張っていく感もある。
とはいえ、細かい描写などは相変わらず門外漢にはスリリングで、
知られざる独特の世界に、やはり惹かれるのだった。
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2015.08.27 Thu | Books| 0 track backs,
「離陸」 / 絲山秋子
「春の戴冠」をやって読み終え、この本を手に取った。




あっという間に読み終えた。
前半の丹念につづられたダムの現場の話から
おとぎ話混じりの話に展開したときは少々面食らった。

堅くて生真面目な土木現場の話だけで十分読み応えがあった気がする。
あるは、徹底的に不思議な女性・乃緒のミステリアスさをもう少し掘り下げてほしかった気もする。
連載小説とういことで、その中間を取ったのだろうか。

ただ、観察力・たとえ話はあいかわらず秀逸。

コピー用紙で指を切ったときの、ささいな、それでいて差すような痛み、
といった言葉など、何気ないオフィス風景・日常風景を拾う比喩が
妙な説得力をもち、瑞々しい五感力にハッとさせられる。


2015.08.05 Wed | Books| 0 track backs,
辻邦生展
毎日寝る前に少しずつ読んでいた辻邦生の「春の戴冠」、先々週やっと読み終えた。

7月29日が命日だそうで、学習院大の資料館で辻邦生から寄贈された文書のうち、
著書「西行花伝」関連の展示が開催中。

ささやかな展示だけど、自筆のなにかを見て感じてみたかったので週末行ってきた。

丁度オープンキャンパス開催中。
(日曜は資料館は閉館だけど、このため特別開館だった。)

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資料館は北海道の時計台みたいな建物。

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高校時代の日記や原稿の文字は蟻のように小さく、ノートや原稿用紙にぎっしりと。
歌人に魅せられ、高校の時から膨大な歌を詠み、やはり並のの才能ではない。

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2015.08.03 Mon | Books| 0 track backs,
角田光代さんの講演会と、河出書房新社 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 全30巻
数年間にわたって出版される予定の
河出書房新社の創業130周年記念企画「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」(全30巻)




池澤夏樹さんの「古事記」の新訳、
角田光代さんの「源氏物語」の新訳、
川上未映子さんの「たけくらべ」の新訳、

などが出ることで話題をまいている。


昨日その角田さんの講演会に行き、
その裏話をうかがった。


いきなり料亭で一席が用意され、なにごとか嫌な予感に包まれる中
編集者から切り出されたのが、源氏物語新訳の依頼だったそう。

本当は別の古典のほうが好みだったそうだが、
(実名で作品名があげられたが、さしさわりがあるといけないので伏せておく)
選択の余地は与えられなかったという。


池澤さん経由のご指名ということもあり、断れなかったものの、
3年間この作業に従事せねばならない。
連載物などをすべて打ち切って取り組むことになった。

かくも長い間、独自の著書を一切封印するというのは
作家になってから初めてのことで、不安もあった模様。


「源氏物語」は中学、高校で断片的に読んだけれど
通して読んだこともなく、現在読書中。
現代訳の比較としては、林望さんの訳が一番読みやすいとのこと。

(与謝野晶子も読みやすいが、歌人ゆえ、和歌に訳が載っていないのが難点なのだとか。)


ほかの登壇者の方の話からも、谷崎の訳はわかりにくく、
創作を加えている訳者(窪田空穂だったか?)もいるという。


高校生から質問で、
「源氏物語に挑戦するコツ」を求められたときには、
現代語訳、とくにわかりやすいものを読むよう勧めていらした。


源氏は内容を俯瞰してみて初めて全体のつながりに気づき面白さが増幅するので、
そうした全体像が個々の訳においてもなにかしら表現できるよう模索しておられる由。

2017年出版予定、となっており、3年間で書き上げねばならない。
荷は重いハズだが一方で、
「源氏の訳は多々出ていて、読者側の選択肢が多いのでその点は気楽」とも。



さてこの全30巻、
ダ・ヴィンチNews http://ddnavi.com/news/194687/によると、すべてが古典の現代訳ではないようだ。

第14巻以降は、谷崎などの文学がそのまま掲載される。
須賀敦子さんも含まれる。


ダ・ヴィンチNews http://ddnavi.com/news/194687/抜粋:

●池澤夏樹=個人編集 日本文学全集
1:古事記 池澤夏樹 訳 ■新訳

2:口訳万葉集 折口信夫
百人一首 小池昌代 訳 ■新訳
新々百人一首 丸谷才一

3:竹取物語 森見登美彦 訳 ■新訳
伊勢物語 川上弘美 訳 ■新訳
堤中納言物語 中島京子 訳 ■新訳
土佐日記 堀江敏幸 訳 ■新訳
更級日記 江國香織 訳 ■新訳

4:源氏物語 上 角田光代 訳 ■新訳
5:源氏物語 中 角田光代 訳 ■新訳
6:源氏物語 下 角田光代 訳 ■新訳

7:枕草子 酒井順子 訳 ■新訳
方丈記 高橋源一郎 訳 ■新訳
徒然草 内田樹 訳 ■新訳

8:今昔物語 福永武彦 訳
宇治拾遺物語 町田康 訳 ■新訳
発心集・日本霊異記 伊藤比呂美 訳 ■新訳

9:平家物語 古川日出男 訳 ■新訳

10:能・狂言 岡田利規 訳 ■新訳
説経節 伊藤比呂美 訳 ■新訳
曾根崎心中 いとうせいこう 訳 ■新訳
女殺油地獄 桜庭一樹 訳 ■新訳
仮名手本忠臣蔵 松井今朝子 訳 ■新訳
菅原伝授手習鑑 三浦しをん 訳 ■新訳
義経千本桜 いしいしんじ 訳 ■新訳

11:好色一代男 島田雅彦 訳 ■新訳
雨月物語 円城塔 訳 ■新訳
通言総籬 いとうせいこう 訳 ■新訳
春色梅児誉美 島本理生 訳 ■新訳

12:松尾芭蕉 おくの細道 松浦寿輝 選・訳 ■新訳
与謝蕪村 辻原登 選 ■新釈
小林一茶 長谷川櫂 選 ■新釈
とくとく歌仙 丸谷才一 他

13:夏目漱石 三四郎
森鷗外 青年
樋口一葉 たけくらべ 川上未映子 訳 ■新訳


残りはダ・ヴィンチNews http://ddnavi.com/news/194687/にて
2015.07.05 Sun | Books| 0 track backs,
芸術関係、超おすすめの一冊
いい本に巡り合った。

オールド・マスターズいわゆる古典的大御所画家たちの絵を、
「色彩」という切り口で語る1冊だ。

写真 2 (57)


フランス語の本なので、Lumière (光)の説明から入る。

古代は光には2種類あると考えられていた。
ひとつはLux、もうひとつはLumen。
それぞれ光源と、反射によって結ばれできた光を指した・・・

そこから様々な技法、色という観点から絵を論じるページなど。
わくわくする。

こちらは、キアロスクーロ(明暗法)の説明

写真 1 (61)


ペーパーバックよりも大きい縦20㎝。
なにより光沢紙の質もよく、色もキレイに出ていて絵がふんだんに散りばめられている。
330ページ。

1日数ページずつでも読み進めればいいと思う。

「春の戴冠」、まだ読み終えていない。

写真 3 (37)


2015.07.02 Thu | Books| 0 track backs,
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