日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
地下鉄リスボン・オリエンテ駅に草間彌生さんの壁画あり
前のエントリーで触れたポルトガルのアズレージョに関する展示で、思いがけない発見があった。

地下鉄リスボン・オリエンテ駅に草間彌生さんの壁画があると。
これだ!


かなりショック。出張と遊びで2度リスボンに行ってる上に、オリエンテ駅にも地下鉄で1度ずつ行っている。

なのに知らなかった。
オリエンテに行くとき、出発駅でこんな意味のない写真まで撮っているのに。


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でも、壁画のある位置を図面で確認したら、無理もないと思った。

ホーム前面の壁画じゃないのだ。
一番端のホームと直角になっている部分に描かれていた。

あの壁画、明らかに見ていない。

オリエンテ行きの地下鉄内部の写真とか、

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オリエンテの帰りに目にした、こんな地下鉄内の壁画ですら撮っている私なのだから。

あのような壁画を目にしたら、カメラを取り出さないわけがない。


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オリエンテ駅のコンコースはこんな感じ。

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そして駅・外観がすばらしい。

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で、ブルータイルのアズレージョ、伝統的なのはこんな感じ。
リスボンのカルモ教会にて。

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さて、オリエンテは、地下鉄路線の終点だけど、
近代的でポルトガルっぽくない場所。

リスボン万博跡地らしい。
駅を降り立つと、一大商業コンプレックスになっている。

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思いだす。
お腹の調子が悪かったので、ランチを迷った挙句、選んだのがこれ。

ビタミンなんとかというお店で、ビタミンたっぷりランチと銘打ったものを注文。

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すぐそばをカモメが飛び交い、いい気分。
2月とは思えない陽気だった。

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リスボンの別の一面を見ることができる穴場です。
2013.06.10 Mon | Travel-Portugal| 0 track backs,
ポルトガル・アルガルヴェ地方はトロピカル~
なでしこジャパンがアルガルヴェカップで米国を下したという。
後はドイツを破るだけ。
ということで、必勝祈願でまたアルガルヴェの様子。

この地方の特色は、南国的な雰囲気。
一般的なポルトガルのイメージとはどこか違っていた。
南部の海岸町なので、リスボンあたりとは情緒もずいぶん異なるのだった。

アルブフェイラのバス停は、まだ開発途中ともいえるような野っぱら。

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下の写真はバスの車窓から。
このあたりでは、長距離バスが大活躍。
しごく使い勝手がよい。

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ただ問題は、地方へ行けばいくほど前売りを拒むチケット売り場も多いこと。
バス停に着いたら、そのとき売っているチケットを買うしかない。
たとえ鈍行ですごく時間がかかるとも、来たバスに乗せられる。
それで文句を言う人もなく、余りセコセコしていない様子。
でも、場所によっては急行と鈍行では、到着時間に30分以上差のあるものもあり、急行指定で買えればいいのに、と思ったことも。

最終バスを逃したくなくて、到着時に帰りのチケットを買いたいと言ったら、断固拒否された。
あれは確か、タヴィラ という町のこと。
下の写真はアルブフェイラからラゴアに向かう途中、バスの中から。

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そしてバスの時刻表がたまにあてにならないこともあり、
バス停の電光掲示板が一番便りになったりする。

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見に行ったアルガルヴェ一周レース出場選手を収容するホテルは一目。
駐車場にチームバスが止まっている。

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2012.03.06 Tue | Travel-Portugal| 0 track backs,
いまTBSでカタプラーナをやってる
今まさにTBSの「知っとこ」で、ポルトガルのなべ料理、カタプラーナをやってる。
1つ前の3/1のエントリーで写真を入れたあの料理。

でも今の番組で出てきたものほど魚介はふんだんではなかったような。
店によっていろいろあるから。
ちなみにこの番組では、世界のなべ料理の中でカタプラーナが一位だった。
(ブイヤベースが登場しなかったけれど)
2012.03.03 Sat | Travel-Portugal| 0 track backs,
アルガルヴェカップ
昨日なでしこジャパンが闘ったアルガルヴェカップを見ていて、またポルトガルに行きたくなった。
私がアルガルベ地方に行ったのは2月。
でも温暖な場所なので、気温は15度ぐらいはあり、過ごしやすかった。

魅力は物価の安さ。
シーズンオフだったせいで、40ユーロ弱で豪華ビュッフェ付きの4つ星に宿泊。
でもインターネットが1時間10ユーロという値段設定に、もともとのホテルの格が感じられた。

郷土料理のひとつカタプラナは、素朴なブイヤベースといった趣。

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街の中心部。


ポルトガル独特のアズレージョと呼ばれる青タイルも。


ファロへ移動すると、一転庶民的。


町の画廊で絵の講習会。
画家の人が熱心に説明してくれた。



リスボンよりも人々の気性は若干穏やかで、道行く人々も優しかった。
2012.03.01 Thu | Travel-Portugal| 0 track backs,
南蛮美術 ポルトガルvs日本
文化の日に、これを見に行った。
「南蛮美術の光と影」@サントリー美術館。

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ただし、ポルトガル・リスボンの国立古美術館で見た狩野内膳と狩野道味の南蛮屏風が精緻で洗練されていたので、比較してしまうと、うーんと唸るしかない。(下の写真はすべてポルトガル)

サントリーの方は、人物の縮尺がばらばらだったり、遠近感にばらつきがあったり。
異国情緒はあるけれど。

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サントリー美術館は、ミッドタウンにオープン仕立ての年に、ロートレックやピカソ展を華々しく行ったけれど、まさかそれとこれは同じ金額ではあるまい(?)
私はオープン初年度には年間会員になっていたので、ロートレックやピカソの入場料はいくらだったのか知らないのだが。

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入場料といえば、この古美術館は、日曜なら2時までは無料。
去年出張で朝早くリスボン入りし、2時前に滑り込んだのだった。

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これだけの絵画が無料で見られるとはすばらしい。
その割に人影まばら。
私なら毎週入り浸りそうだ。

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ところで、宮廷画もそうだが、こういった日本画は、雲(?)の絵がつきものだ。
この絵でも、モクモクとした雲のようなものが建屋の光景を遮っている。
これはどういうわけなのだか、まだ私の中で謎は解明できていない。

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ただ今回サントリー美術館で気づいたことがある。
南蛮船が来航するシーンは、屏風の右側に描かれることが多いのだと。
サントリーには、左に描かれたものがあり、解説には、「珍しく左側に描かれている」とあった。

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ポルトガルの人は割と小柄な人が多いという印象だが、絵では日本人より大きく描かれており、当時の日本人が、南蛮人は背が高い、という印象をもっていたことがわかる。
使用人とおぼしき荷物持ちはポルトガルもサントリーも有色人種として描かれている。

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不思議な光景。
こんなにいきいきした交易の情景は、鎖国や太平洋戦争で一旦途絶えてしまったわけだ。

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古美術館は、市電の駅を降りて、この階段を上ったところにある。

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現地レポート 南蛮屏風
サンロケ教会の伝道師の絵画
2011.11.06 Sun | Travel-Portugal| 0 track backs,
世界紀行(1) : 神秘的な場所 シントラ(ポルトガル)
滅亡したムーア人が作ったといわれる、万里の長城さながらの城壁づたいに歩いていくと、
眼下に広がる深い緑の森のその先に、奇異な御殿がぽっかりと聳えているのが見える。

リスボンから1時間足らず。
シントラにあるペナ宮殿。

バルセロナのガウディ建築の奇怪さもそれはそれはインパクトがあるけれど、
ペナ宮殿の現実離れ感はその上、なんて思っている。


例えば、ガウディの世界が海を模すかたちで結実したカサ・バトリョ。
並みの人間の想像力を超える造形美は圧巻なのだけど
ふと四方を見渡せば、周囲に展開するのは、スペインの日常風景。


ガウディの違和感は、近代的建造物の真っただ中にそれがあるというちぐはぐな感じ。

一方、シントラのペナ宮殿の違和感は、日常からかけ離れた場所にあるという足元からの不思議な感じ。


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その不思議感の源は間違いなく「森」の存在。

そもそもポルトガル出張が決まり、そそくさ行ける範囲でどこかいい場所はないかと
ガイドブックをめくってみたとき、私の目を捉えて離さなかった文字が、
「森」だった。
たぶんそれが自分の身の周りにはなくて、ミステリアスな語感があるせいなのかも。


そして、去年の10月、いざ、その念願の森へ。

見渡す限り森林が続き、緑の海というそのただ中に、
色はちぐはぐ、様式もつぎはぎだらけ、という不協和音の産物ペナ宮殿が威容を現し。

うん、思惑どおり!、などとひとり悦に入ったわけだ。


天空の城マチュピチュや、
夥しい数の石が驚異の正確さで積み上げられた古代エジプト・ピラミッドは訪れたことがない。

恐らく、自分がどこか異次元にワープしてしまったような
日常離れした感覚を味わえる場所なのではないかと思うけど、
女性ひとりでも安心で、ありきたりの光景からスリップできる場所という意味では、
シントラは、悪くない。


自分の日常に欠けているものだから、
とてつもなく魅惑的に思えてそれを追い求めたくなる、
その語感がもつ魔力というか。

つい、心動かされてしまう、
「神秘」という言葉に。




2011.02.04 Fri | Travel-Portugal| 0 track backs,
リスボン近郊の旅 : 世界遺産シントラ その4 ペーナ宮殿
世界遺産に指定されているポルトガルのシントラが余りに別世界で感激したものの、
インパクトが強すぎて、それに見合う言葉が出てこないような気がして、
エントリーが進まなかった。

今夜、やっと腰をあげることにした。が、ドイツ料理のローマイヤでビール飲み過ぎて結構ほろ酔い加減。


さて、アラビアンナイトの世界みたい、と語ってきたシントラのペーナ宮殿は、
もともと15世紀後半~16世紀に建てられた修道院が原型らしい。

その後稲妻で廃墟と化したものの、修道院は奇跡的に残り、
19世紀にフェルディナンドIIが周辺の敷地も買いとり、宮殿を建築。


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面白いことに、建築の請け負い人は、ドイツ人アマチュア建築家と、
鉱山エンジニアという不思議な取り合わせだったそうだ。

そのせいで、こんなに斬新な、型破りともいえる建造物が出来上がったのか。

恐らくドイツ人建築家は、ドイツ・ライン川沿いの城に造詣が深く、
ノイシュバンシュタイン城との類似点を指摘する声もある。

実際、ノイシュバンシュタイン城を建てたドイツのルートヴィヒIIは、
フェルディナンドIIのいとこだというから、どこかでつながるものがあっても
不思議ではない。

ロマン派の建物といわれつつも、イスラムや中世建築の影響も見られるという。
それに、ネオゴシック、ネオルネッサンス、ネオマヌエーレなども混じっているというから、
もうこれはなにがなんだか、、、


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私には様式のことはよくわからないけれど、つぎはぎで、
さらにアラビア風とかガウディ風といった要素も感じられるのだけど。

ぐねぐねとして不安定な岩の上に強引に建てられた無骨な面もありつつ、
おとぎ話に出てくるような、可愛らしさも兼ね備え、
とにかく見れば見るほど不思議な館なのだ。


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中は撮影禁止。
強く印象に残ったのは、部屋が小さく仕切られていて、
広いサロンとかがない。

ゆったりとしたスペースをとることも可能なのに、
わざわざ区切って1つ1つの部屋をせせこましくしている。

各部屋は、ごちゃごちゃと飾られていて、
置かれているベッドの小ささにも驚いた。

ポルトガル人って、余り背は高くない。

それも関係しているのか、だだっ広い豪奢な部屋より、
小さく区切ったいろんな雰囲気の部屋を楽しみたい、そんな嗜好だったのだろうか。


中は贅が尽くされてはいたけれど、外見ほど奇妙ではない。

それも含め、アンバランスな不安定感が常につきまとって、
ここの宮殿に住んでいた住人は、余り落ち着かなかったのでは、と思えるほど。

実際、後年は王族の夏の別宅として使われていたそうだ。


周囲に目をやれば、深い森に抱かれた環境が、現実離れ感をさらに際立たせる。



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半身半魚像・トリトンは、世界創造(Creation)を表すらしいけど、
何もそんなにおっかない顔で見据えなくても、という様子で、
厄除けにしか、見えないのだった。


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多くの人の手にわたり、ポリシーがあったようななかったような、
よくわからない思想のもとに建てられたこの館。

ゴシックが流行りだといえば一斉にゴシック建築が建ち並んだような時代に、
そうした時流に乗った建築様式には目もくれず、無頓着な顔をして建っている。

大航海時代、世界に乗り出したポルトガルだから、
ひとつの偏ったものだけを取り入れるのではなく、
直観的に気に入ったものを取りこむ鷹揚さがあったのだろうか。


腰の張った黒装束の女性たちが漁の網を編んでいる姿や、
洗濯ものはためく家の軒先、郷愁を誘うギターの音色・・

・・そんなポルトガルの一面的な印象とは裏腹に、
この国には、新しいもの、古いもの、野暮ったいもの、モダンなもの、
大雑把なものと繊細なもの、あらゆるものが入り混じっていた。

リスボンで感じたそんな印象は、ここシントラにきて、さらに強まり、
この国の意外な懐の深さを肌で感じた。


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2010.12.01 Wed | Travel-Portugal| 0 track backs,
旅に求めるもの
私の場合、日常生活で目にすることのないものを見るのが旅の目的のひとつ。

うぉー、と心底感性をあげるような光景との出会いを求めている。

なので海外でも、都会でショッピングというのはほとんど興味がない。

こちらはシントラにある、王宮。
扉の向こうに足を踏み入れた途端、体中に鳥肌が立つような感覚を覚えた。

ガイドブックで写真を見慣れていたら、おそらく「ああ、ほんとだ」で終わったかもしれない。

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2010.11.19 Fri | Travel-Portugal| 0 track backs,
リスボン近郊の旅 : 世界遺産シントラ その3 ムーアの城跡 ~ ペナ宮殿へ
さて、ポルトガル・シントラにあるこのムーアの城跡、発掘調査により、紀元前10-7世紀には、
この地に最初の人類が居住していたことがわかっている。
そして8世紀にアラビア人が征服。
城が建てられたのは、9-10世紀。

1093年にはアフォンソVI王が、ムーア人から城を奪取。
その後ムーア人が奪い返すなどあったものの、1147年、エンリケ・アフォンソ王(ポルトガルの初代王)
が、この地を制圧。

15世紀には、流刑に処された人を隔離するだけの場所となる。

1839年、フェルナンド王がこの地を手入れし、
1995年、シントラの丘陵、王宮、ペナ宮殿などあわせて、シントラの文化的景観としてUNESCOの世界遺産に登録。

世界遺産に、「文化的景観」という間自然との共生から生まれた概念が適用されるようになったのは
1992年のこと。

シントラはヨーロッパで初めて、この「文化的景観」が適用された例なのだとか。


ムーアの城跡は高地にあって、足がすくむような箇所も多々。

見下ろせば、なかなか絶景で、シントラ市内の王宮などが一望のもと見渡せる。

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高所恐怖症気味の私としては、なんともおっかなびっくりながら、好奇心旺盛のEddyについていくことに。

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森って、余り目にする機会がないので、ただただ見慣れないものが見られた喜びに浸る。

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さて、万里の長城のような階段をてくてくいくと

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おお、遥かかなたに見えてきた、ペナ宮殿。

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ロマン派を代表する建築物らしいが、つぎはぎの感もある。
アラビアの影響ではないかと個人的には思えた。

アラビアンナイトに出てくるような、そんなイメージか。

ムーアの城跡をたっぷりと見た後は、いよいよペナ宮殿に向かう。

出口を出て、バスで向かうことになる。

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2010.11.13 Sat | Travel-Portugal| 0 track backs,
バイロンが「エデンの園」と絶賛したシントラ
ポルトガル・リスボンから電車で45分ほどのところにあるシントラは、

詩人バイロンが「チャイルド・ハロルドの巡礼」の中で「エデンの園」と称した風光明媚な場所。

というわけで、市内にはバイロンにちなんだネーミングも見受けられた。

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この地はペナ宮殿、ムーア人の城跡、シントラ国立宮殿といった歴史的遺産のほか、
市内の雰囲気も楽しめる。

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洋の東西を問わず、人が集まるところ、土産物屋が並び、、
という状態だけれど、
それでも、過度な俗化が進んでしまい観光客の多さに辟易という感じでもない。

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目玉のペナ宮殿やムーア人の城跡が市内から離れていて、観光地化する場所と
歴史的遺産が分離されているのがポイントか。

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それから狭い路地の存在。
イタリア、スペイン、ポルトガルに行くと、ついこういう風景を期待してしまい、
それにしっかり応えてくれる、裏切らないところがいい。

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朝9:30、ムーア人の城跡が開く前に到着したときは、
低く灰色の雲が垂れこめて人も数人だけ。

場所が廃墟であることもあいまって、とてつもなく心細かったけれど、
日が高くなるにつれ日本晴れ状態に。

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森閑とした森の奥の城跡もいいけれど、丁度人恋しくなった頃に市内に入り、
ほどよい活気ががよい。

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盛りに抱かれたムーア人の廃墟、ガウディとも違うなんとも奇妙なペナ宮殿、
アズレージョが見事なシントラ宮殿。

観光客にちょっぴり媚びつつ開放的な雰囲気を醸し出す市の中心部。

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いろんな顔があって、この町、お勧めです。

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2010.11.10 Wed | Travel-Portugal| 0 track backs,
リスボン近郊の旅 : 世界遺産シントラ その2 ムーアの城跡 ポルトガルの歴代の国旗が見られる場所
先に掲載したムーアの城跡、実はこんな秘密がある。

廃墟の至る所に旗が立っていて、実はこれ、ポルトガルの歴代の国旗だった。

1143年に初めて国旗を定めたのは、初代国王アルフォンソ・ヘンリケス。
以来、現在のデザインにたどり着くまで、かなり紆余曲折を経ている。


一番目立つ場所に置かれているのが1910年に制定されたという現在の国旗。
とりわけ目立つ要塞の見張り塔のところに立っている。

この見張り塔は、要塞司令官の住居も兼ねていた。
内外からの攻撃に耐えうる強固な造りが自慢。


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旗は下の写真の格好で掲げられている。
つまり、城壁に沿って気まぐれに立っている。

左に3つほど白っぽい旗が連なっているのは、
13世紀から15世紀にかけて使用された国旗。


この要塞がつくられたのはアラブ征服がはじまった9世紀~ということで、
旗は観光用と思われる。

右の緑の旗は、シントラをアラビア文字で表したもの。
これは歴代の国旗ではない。

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さて、これは旗を撮ったつもりでなかったので端っこしか写っていないけれど、
1143年の初代の国旗だ。
白地にブルーの十字。

フィンランド国旗に似ている。

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左の赤い枠付き国旗は、1248~1494年にかけて使用されたもの。

先代の王様サンチョIが使用した白地に青い紋章5つというパターンに
赤い枠を加えたもの。

1248に戴冠した王様アフォンソIIIは、ポルトガル国土からムーア人を追い出した人物。
レコンキスタの終わりとともに、この国旗が使用され始めた。

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1495年マヌエルIの国旗。
白地となり、王冠の紋章になっている。

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1557年セバスティアノ国王のときのもの。
先代のデザインを引き継ぎ、違いは王冠の上部のみ。

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1640年、ジョアンIV国王のときのもの。
王冠に描かれたアーチが、復古を表している。

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下が、1834年マリアIIのときに制定され、ペドロV、カルロス国王も続いて使用した国旗。
このあと、現在の国旗にとってかわられる。

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ここからいきなり赤x緑の現在の国旗に変身。
ガラリと違うデザインが使用された。

それぞれ象徴しているものがあるようで、一説には、
地色の赤は、大航海時代に荒波と戦った流血の色、
金色の球状の模様は、大航海時代の航海用具・天測儀(WIKIから)、といった具合。

つまり、現在の国旗は、それまでのものとはコンセプトが違い、
輝かしき往時をしのぶスタイルとなっているようだ。
2010.11.06 Sat | Travel-Portugal| 0 track backs,
リスボン近郊の旅 : 世界遺産シントラ その1
10月のポルトガル出張。
帰国の当日、やや迷った。
遠出すべきか、リスボン市内で過ごすか。

飛行機は18時。
電車で45分のシントラまでなら、楽勝で日帰りできる。

が、列車が不通になったら帰国できなくなる、なんて考え始めると、ちと怖い。
以前フランス出張でパリ~ツールのスタートを見に行って、懲りている(ハズ)。
タクシーが全て休みという日曜日にあたり、駅に着いたはいいが、会場に行く手段がなくなったから。

なんとか電話をかけまくり1台つかまえることができた。
帰りもお願いしますね、と乗車してから言ったら、このあとパリに行くから無理だと。
8km先の会場まで行ったはいいが、帰る足がない、となったら・・・
恐怖でからだが凍りつく。

奇跡的にお休み中の個人タクシーの家を見つけ、ドライバーが交渉してくれた。

おかげで、なんとか青息吐息で無事帰還したわけだが。


が、そんなトラウマを抱えつつ、
最後はえいやと、シントラの神秘的な魅力に誘われて、結局出掛けて行った。

帰りに駅までのバスが大幅遅延で、超焦ったなどというオマケが
しっかりついてきたけれど。


このシントラは、文化的景観として世界遺産登録されている。

見どころはズバリ、3ヶ所: ムーアの城跡・ ペナ宮殿・ 王宮。


電車の駅からはバスなので、効率よく回るためにまずはムーアの城跡へ。

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入り口はこんな感じで、まだ開館数分前だったせいもあり、あたりは静まり返っていた。

ムーア人とは、ジブラルタル海峡をはさんだ北西アフリカのイスラム教徒たちのことを指すらしい。

8世紀にアラブ侵略があり、
9~10世紀にかけて、ムーア人は、この地に城を築いた。

今は廃墟だけれど、発掘作業が今もなお行われていた。

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森の中に築かれた城壁は今でも残っていて、
ちょっとした遠足とあいなった。


(続く)
2010.11.05 Fri | Travel-Portugal| 0 track backs,
ポルトガルで狩野派の屏風に出会う
先日、アズレージョ美術館で日本の茶器を見かけた話をしたけれど、
ポルトガルには、日本があちこちにころがっていた。

古美術館では、狩野派の立派な屏風と出会った。
見事な作品だ。
狩野内膳と、狩野道味の2作品が並んでいた。

2つの文明が交流する場面。
ネットも地球の歩き方もない時代、なんら予備知識なしに、初めてポルトガル人という
異種の人間を見たときの日本人の反応は一体どんなものだったろう。

想像だにできない。

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こんな感じでポルトガルで日本を感じるにつけ、
ポルトガルにおける日本の痕跡に比べて、日本におけるポルトガルの足跡は余り見かけないな。

堺市でザビエル記念碑を見たぐらいか。
今年5月 ザビエル公園のエントリー

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2010.11.02 Tue | Travel-Portugal| 0 track backs,
リスボンの由緒正しき缶詰屋さん Conserveira de Lisboa が素晴らしい
そのものズバリな命名をされた「リスボンの缶詰屋さん」Conserveira de Lisboa
創業80年のお店らしく、中を見るだけでも楽しい。

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なにしろ店内には、海の幸の缶詰がズラリ。
壮観だ。

老舗のプライドというか、缶詰の配列は整然。
包装にも工夫が凝らしてある。

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カウンターにはいにしえのレジが置かれ、博物館的要素もある。

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ガラスケースの中には、昔の缶詰シリーズ。
当初からこの店は、缶詰の包装に拘ってきたらしい。

今でこそレトロな図柄だけど、その昔はモダンだったのかも。

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こんな感じだ。
さらに、缶詰を開けるためのミニ工具もあり、以前はあれに巻きつけて開けていたのだろう。

ポルトガルは魚がおいしい。そして、みんな魚をよく食べる。
様々な魚を缶詰にする風潮があったからこそ、この品揃え。

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私も買ってきた。
ムール貝、イワシ、ツナ。
うーん、あまり冒険しなかった。

様々な種類があったけれど、わからない魚も多種。
一応パッケージにイラストで中身の魚が描かれているので、それで想像つくものもある。

釣り好きの人にはたまらないに違いなく。

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缶詰のパッケージのみならず、買った時の包装もまた凝っている。

店員が手際良く包んでいくさまが小気味よい。
古いものほど洗練されている、そんな見本を見た思い。

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お店の情報はこちら:
地下鉄ならバイシャ・シアドから歩く。
Stアントニオ教会にも程近い。

http://www.conserveiradelisboa.pt/
2010.10.30 Sat | Travel-Portugal| 0 track backs,
リスボンの下町
出張中は余りまとまって時間が取れなかったから、適当にふらりと下町を歩いたりした。
このあたりは、スペインやイタリアにもありそうな狭い路地。

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でもこれはポルトガルっぽい。
ギターと黒衣の女性。
ファドと呼ばれるポルトガルの民謡はギターの伴走で奏でられる。
スペインのフラメンコよろしく演奏時間が夜遅いので、聞きにはいけなかったけど。

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イタリア・ベネチアの裏道でも、洗濯物の色を意識した干され方をしていた。
こうなると洗濯物も一種の見世物。

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道のまん真ん中に紐を張って洗濯物を干しているなんていう光景も。

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ポルトガルの下町というと、アルファマ地区が該当するのだろうけれど、
前回かなりそのあたりを歩いたので、今回はバイシャアルトへ。

こちらは中国人街になっていて、アルファマよりも見方によっては下町、という気がした。
こちらは法律事務所かな。

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道の上で繰り広げられる市民生活。
怒号あり、捕り物帳あり、鳴き声あり、井戸端会議あり。

でも余りに庶民の生活ぶりが丸見えで、ちょっと引いてしまった。
アルファマを歩いたときは、観光として見物する感覚だったけど、
今回は余りに猥雑な中に放り込まれた感覚になって、かすかな恐怖すら感じ、急いでその場を去った。

治安がすごく悪い、ということじゃないけれど、
恐らく観光客が余り足を踏み入れない場所、踏み入れないほうがいい場所だ。

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そしてふたたびギター。
ポルトガル、なんとなく哀愁がよく似合う。

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2010.10.28 Thu | Travel-Portugal| 0 track backs,
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