日常風景 * 写真・文章 Copyright@”Mas Ciclismo Diary”
小笠原伯爵邸
先月訪れた小笠原伯爵邸は、
朝香宮亭や岩崎邸ともまた一味違うハイソな邸宅で、
ハイカラなセンスに満ちていた。

とくにくつろぎの間にあるステンドグラスは
微妙な色合いのグラデーションで彩られ、
ガラスに入る格子模様に沿った斜めのフォルムも秀逸だ。

以前触れたことがある、かの一流ステンドグラス作家・小川三知氏の作だという。


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てんこ盛りの花々が控えめな華やかさを演出。
開花したマーガレットとつぼみとシンプルな葉脈をもつ葉
というシンプルなモチーフがいとおしい。


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近づくと、螺鈿のような光を放つパステルカラーのごく微妙な変化で
全体の統一感を持たせている。


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邸宅へのアプローチにも心躍った。
庇にはすりガラスと黒を組み合わせた花柄。
アールデコとアールヌーヴォーに近いけれどそれとは違う。
スパニッシュスタイルなのらしい。


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重厚なカーペットや華やかなライト、花柄の半円の窓は
ゴージャスでありながら、
茶系で渋くまとめられ、けばけばしくならないその加減が心憎い。

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東新宿のそばにこんな豪華絢爛な邸宅が残っていたなんて全く知らなかった。
数年前に知人から聞くまでは。

無理もない。
入り口はこんな感じで建物は奥まっている。

道路側から見ると地味そのもので、
足を踏み入れない限り、あんなまばゆいばかりの邸宅が隠されているなんて
気が付かないのだ。


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2017.09.19 Tue | Private| 0 track backs,
「風の影」 <感想>
スペインの作家、カルロス・ルイス・サフォンの
「風の影」を読み終えた。

かなり読みごたえがある。

紙の分量もさることながら(文庫本で上下巻)
波乱万丈の内容で、決して軽い読み物ではない。


冒頭予感した
親子の心温まるホームドラマ、、、という筋書きはあっけなく覆され、
時代をまたぐ波乱万丈な人間ドラマへと発展する。


予想もつかぬめまぐるしい展開で、はらはらしたり、
息苦しくなったりと、心穏やかにページをめくることは
特に後半の大部分において難しく、
本をおいて深呼吸しないと読み進めないことも1度や2度ではなかった。

並行して描かれる2つの人生は、
予期せぬ方向へと流れ、
途中その重なりに気づいた時、
ダニエルの暴走が行きつく果てを想像し、
胸のざわめきが止まらない。


内戦、独裁政権が影を落とすバルセロナの街も丹念に描かれ、
街の残虐性と人間の凶暴性はシンクロし、
現実的な荒廃の中に、悲しさをたたえたメルヘンが入り混じる。


体験したことのない、壮大なドラマが一体
どんなカテゴリーに属するのか、単語を探し当てるのは難しい。

本流だけをつかめば、自己形成小説、Bildungsromanという言葉が思い浮かぶ。
プルーストの「失われた未来を求めて」が時折そう称されるように。

ただ、細やかな心のひだを積み重ねて描いていく「失われた・・・」とは異なり、
本書は、強力なストーリー性でぐいぐい引っ張っていく。

2つの人生を結び付ける手法は自然なやり方ではないものの斬新で、
すべてを一気にひとつの流れにまとめ上げていく。


バルセロナの暗い街角のごとく広がる重苦しさを希釈してくれるものは、
哀しみと優しさをたたえた存在感のない父センペーロや
はちゃめちゃなフェルミンの存在であり、
つまるところ、底辺に流れる作者のヒューマニズムや人間愛なのだと思う。

書物というものへの愛着も漂い、
残酷さの中にも救いを感じつつ読み進むことができた。

最後は爽やかな風を感じつつ
本を閉じた。




<風の影><読後感><ネタバレなし>
2017.09.17 Sun | Books| 0 track backs,
中国四国地方への小旅行から帰宅
中国四国地方への2泊3日の旅を終えた。
もともとお盆時に行く予定だったのだけど、
週間天気予報で最高気温34度の気温予想が出て、
これは無理、と予定を変更したのだった。


というのも、メインの目的は、広大な禅寺散策。
何時間も屋外で過ごそう、という計画だった。

炎天下でそれは無理だ。

なんとか9月に変更したのはいいけれど、今度は台風の心配があった。
天気予報とにらっめっこの日々。

大丈夫そうかな、と思った矢先、
出発の数日前になって台風接近のニュースが出てしまう。

ホント、台風っていうのは急に発生するから油断できない。

ちょっとはらはらしたけど、
結果的に、中国地方直撃前になんとか3日間の予定をこなすことができた。


当初の予定は、
1日目:坂出の東山魁夷美術館
2日目:岡山市内観光+福山へ移動して鞆の浦観光
3日目:禅寺に4時間滞在

だった。

けれど3日目が1日雨と知り、
急きょ2日目と3日目を入れ替え。


おかげで2日目の岡山市内観光が吹っ飛んだけれど、
禅寺には5時間滞在し、夫は露天風呂にも入ることができた。

私も入りたかったけれど、16時でお風呂は終わり。
15:30からの入浴だと、30分しかない。
髪の毛を乾かすことを考えたら、あまりに慌ただしくて
私はパスして、代わりに日中整備のために立ち入りができなかった
庭の方にひとりで散策に行った。


途中、愉快な石仏を見かけたりして、ラッキーとはしゃいでいたら、
とんでもないことになった。
人気がない場所だったこともあり、虫が大量発生している箇所があった。

まだら模様の正体不明の虫(蜘蛛とコガネムシと蛾を足したようなやつ)が
群れを成して飛び回っている箇所ではぎゃーっ、と本気で叫び声をあげながら駆け抜け、
激しく音を立てる藪蚊が現れた時は、こんなのにかまれたら
著しく腫れてしまう、とばかりに狂おしいほどに手を振り回して逃走。

ぬかるんだ石段を駆け下りようとしたら、足元はぬかるみ
苔と毒キノコみたいな気味の悪い白っぽいキノコがびっしり生えている。
ひぇー、と再び叫びながら、足元を確かめつつ駆け下りた。


そして3日目はやはり1日中雨。
海辺に行ったので特に風が強く、傘を差しながら、
時に煽られながら旧家見物にいそしんだ。

体力を耗したせいか、帰りの新幹線では後半爆睡。

けれど持って行った「風の影」は読み終わり、
そこそこ満足して旅を終えたのだった。
2017.09.16 Sat | Private| 0 track backs,
斉藤由貴 x ランス・アームストロング x ミステリードラマ
例の女優さんの不倫報道を見ていたら、
お相手の医師のインタビューが登場した。

それはまだキス写真や女性用下着を被る写真が流出する前のものだったので、
余裕の回答ぶりだった。

一線を越えたかどうかに対する質問には、
必死で全面否定する代わりに、
「証拠はないでしょう。あったら見せてくださいよ」
と強気に出ていた。


ああ、このセリフ、潔白でない人の常套文句、
と過去のミステリードラマの例を浮かべつつ思った。


「証拠がないでしょう」。
問題の核心を迂回して否定したい時に、やましさのある人が
よく使うフレーズだ。

ただこのお医者さん、「証拠を見せてくださいよ」、とまで強気に出たのは痛かった。

挑発の代償は、しっぺ返しは”倍返し”どころでは済まなかった。


普通、潔白なら、そのものずばりを否定する。
Beating around the bush的な回答は、即刻発言者への疑義となる。

ランスもそうだった。
「競技に際して禁止薬物を使ったことは?」
と聞かれたとき、きっぱりと、そして誠実にその事実を否定をしたことはない。

いつも いつも、こう言っていた。

「僕はこれまで一度も陽性反応を出したことはない」。


2017.09.13 Wed | Private| 0 track backs,
東銀座コスパランチ ミオバール 2013年vs2017年
東銀座のミオバールは、土曜日でも、平日と同じランチを提供している。
この界隈では、週末ともなると値段が一挙に高くなるケースが多く、
そういう意味では良心的。

先週末、4年ぶりにうかがったのだけど、
記憶の中にあった感動の前菜がずいぶん寂しくなった気がした。


帰宅後、2013年のときの前菜写真を引っ張り出してきた。
やっぱり、記憶違いでなく、確かに品数とクオリティが落ちていた。
(2013年の時の価格は950円だったようだ。今は1000円。)
左が2013年、右が2017年。

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とはいえそれでもなおランチは土曜日でも1000円。
努力は買おう。

気を取り直して、2017年9月9日のランチ:
前菜盛り合わせ。これはフィックス。

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メインは3種類からチョイス。
鴨のラグーソースにした。
はずれのない味、好きな味。

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食後のドリンク。

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これで税込み1000円ぽっきり。

この日は移動の途中で時間があまりなかったのだけど、
入店してから40分ほどで食事終了。

テンポよくサーブされたので、助かった。
食べログの評価はそれほど高くない。
でも、比較的短時間でお手軽に食べられるので、忙しいときは救世主だ。
数回行ったうち、すべてパスタはおいしくいただいた。


ちなみに同じビルの1Fにもイタリアンが入っている。
L'Essenceレッセンスというお店だ。

こちらも前菜盛り合わせがついてくるので、ちょっと紛らわしい。
レッセンスもお気に入りなのだけど、この日は結婚式で
貸し切りだった。





2017.09.11 Mon | Private| 0 track backs,
「源氏物語」現代語訳 河出書房・角田光代版と原文及びその他の現代語訳比較 
「いづれの御時にか、女御、更衣あまた候ひ給ひける中に、
いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて 時めき給ふありけり。 」


「源氏物語」の中で、私が唯一ソラで言える冒頭の1文だ。


角田光代さんが、この作品の現代語訳に挑戦されているというのは知っていた。
以前東大で開催された角田さんの講演会で
ご自身の口から直接聞いた。
なんでも池澤夏樹さんからじきじきに依頼されての執筆だったという。


全3巻のうちの上巻が刊行される運びとなったそうで、
上述の箇所、つまり冒頭の一文の角田版が日経新聞に出ていた。

目を通してみたところ、正直な感想は --
嗚呼、いじくりまわしすぎ・・・

もっとも、現代の日本語ですらすら読める、というのが
この本及びシリーズの趣旨なので、その意味では完璧な本なのだろう。

だから古典をこよなく愛する人は想定読者に入っていないのだと思う。
それを自覚したうえで、なお、こういう企画はなんだかなぁ
という思いを以下に吐露したい。


上述の講演会に伺ったとき、角田さんがおっしゃっていたのは、
純粋な原文からの訳ではなく、すでに出ている谷崎訳、円地訳、瀬戸内寂聴訳などを
読んだ上での現代語版とのことだった。
だから原文の意味は組んでいたとしても、
ニュアンスにおいてはある程度乖離するかもしれないな、とは思っていた。

ただ、「ある程度」では済まなかった。


ご本人も日経紙上で述べているとおり、足りないところを積極的に補っているので、
結果、原文をまったく読まずに、これだけ読む人には
しごく親切な本になっている。

でも、原文を感じながら、原文の構文を尊重したいと願う向きにはまったく不向きな結果になった。
文体だけでなく、そもそも古典の精神を捨て去った上での現代語訳なので
私には受け入れがたい。
だって、行間を考えながら、空いた部分の余韻を楽しんで読むのが古典のはずだから。


冒頭のたった2行が角田訳でどうなっているか、以下に抜き書きする。

「いつの帝の御時だったでしょうかーー。
その昔、帝に深く愛されている女がいた。
宮廷では身分の高い者からそうでもない者まで、幾人もの女たちが
それぞれに部屋を与えられ、帝に仕えていた。/
帝の深い寵愛を受けたこの女は、高い家柄の出身ではなく、
自身の位も、女御より劣る更衣であった。
女に与えられた部屋は桐壷という。」


あのたった2行がここまで膨れ上がっている。

最後の方は、性質としては脚注だ。
「女に与えられた部屋は桐壷という」と、
「帝の深い寵愛を受けたこの女は、高い家柄の出身ではなく、
自身の位も、女御より劣る更衣であった。」のくだりは、原文には一切ない。


その点、円地文子訳の方が原文にはるかに近い。

「いつの御代のことであったか、女御更衣たちが数多く御所にあがっていられる中に、
さして高貴な身分というではなくて、帝のご寵愛を一身にあつめているひとがあった。」


角田訳ほどまでに解説を盛り込んで現代口語訳にするのなら、
文学としてでなく、学習教材用として出したほうが私的にはしっくりくる。


ここまで解説がついてしまっては、もう文学という気がしない。

解説部分が重すぎて、重要な部分のフレーバーが完全に失われているから。

つまり、彼女の実際の身分が更衣だったのか、その更衣はどういう地位だったのか
なんていうことは抜きにして、
「いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて 時めき給ふありけり」がここの
エッセンスのはずた。つまり、

身分は高くないけど、ご寵愛をうけていた!!


角田訳では、その一番重要なエッセンスが出ていない。
文章がバラバラにされて、この部分の係り結び的関係が
断ち切られてしまっている。


もっとも、この私の感想は、お門違いなのかもしれない。
そもそも「池澤夏樹個人編集日本文学全集」というシリーズ
(源氏物語もこの全集のうちの一部)の趣旨を私が勘違いしているだけかもしれない。

古典をベースにして、それを現代文学に置き換える作業であり、
そこで古典をリファーすることは想定外なのかもしれない。


ただ、慣れ親しんだあの冒頭の言い回しが、
厚ぼったい内容になり、切り刻まれてしまったのが残念で仕方ない。

不鮮明な内容をそのまま残しておかないというのが基本スタンスのようだけど、
出てきたときによく理解できなかった言葉でも、
読むうちに徐々にわかっていくものだ。


英語の作品だって、知らない単語があったとしても、それが3度目に出てきたときには
自分の中で、霧の中をくぐりぬけた後みたいに意味がわかっているものだ。
いや、むしろ辞書を引かないからこそ、頭の中で最初は大雑把な訳をあてがい
だんだん意味が狭められていく、という過程を楽しむことができる。


日本語だって同じこと。
積み重ねられていった文章から、徐々に単語の意味やニュアンスをくみ取っていけばいい。

頭をまったく使いわずとも100%受動的に読める読み物に、
もはや古典の醍醐味はない。


2017.09.10 Sun | Private| 0 track backs,
ipad 鐘マークが消えない
昨夜から、ipadの中央に出る鐘マーク(音量を示すスピーカーの絵)が
出ては消え、出ては消え・・
を繰り返し、その間隔がどんどん狭まって、
しまいには鐘マークが点滅を続けるなどして
操作に支障が出るようになった。

というか、鐘マークが出ることの最大の支障は、
バッテリーが持たないこと。

電源を切ったのに、朝起きたら画面がついていて、
バッテリーが一晩で50%減だった。
結局夜中も鐘マークが出続けて画面がずっとONになっていたらしい。


こういう時は通常リセットをかけるとなおるはずなのに、
(homeボタン+スリープボタン同時押し→黒リンゴを出す)
それがさっぱり効果なし。

とりあえず外出先の応急措置として、
画面照度を一気に下げて、省エネモードへ。


あいにくauで購入したipadということで、
auショップではサポートなし。
そこで夜帰宅してからアップルのヘルプデスクに電話した。
21時までのところ20:45.
滑り込みセーフ。

設定 - プライバシー -解析 - (解析スタート)
でダメージの程度を確認し、
ハードの問題でなくソフトの問題、と限定されたので、
それを解消するにはまずバックアップを取ってから
初期化するべし、とのことだった。


まだやっていないのだけど、
電話を終えてふと見ると、状況がかなり改善しているではないか。
日中外出先で問題解消のため、あれこれ格闘しても一切だめだったのに。

何かしたか?といえば、帰宅後充電しただけ。

まだ時折鐘マークは出るものの
回数は激減。

初期化はめんどくさいので、
様子見、、とする。


結局この問題、リセットしてもだめなら
次の手は「充電」ということらしい。

それでもだめなら最後は初期化かな。


2017.09.10 Sun | Private| 0 track backs,
セレンディピティと「風の影」
こういうのがいわゆるセレンディピティなのかな?
なんて思いながら1冊の本を読み始めた。


この本、「風の影」のことを目にしたのは、FB上だった。
自転車サイトCyclingnewsの元記者で現在Cyclingtipsで書いている
シェーン・ストークスが超おススメ!と書いていた。

ロードレースのジャーナリストが自転車とはまったく無関係な、
童話的、と評した本を強く推奨していることがまず驚きだった。

本のことも、作者カルロス・ルイス サフォンのことも知らなかったけど、
結構な程度に世間ずれした人(会話したことがある)が勧める本が、
どうやらピュアな内容らしい と知って、興味が沸いた。

とはいえ、近頃同時に3冊ほどをつまみ読みするような混乱した読書態度なものだから、
その本のこともいつしか記憶から消えていった。


そして先日、図書館であるフランス文学の本を探していた時のこと。
その本はいつも図書館に入って左手の上の棚に収まっていたのに、
その時は、なぜか棚から消えていた。

衝撃だった。
あんな本を読むもの好きは私しかいない、と確信していただけに。
(その本は訳本にして全10巻ほどで普通の人は1巻で断念すると言われている)。

呆然愕然。
家で貸し出し状況を確認すべきだった。
でも、いつもいつも必ずあそこにあったのに・・・

無駄足を嘆きつつ、ふと30㎝ほど視線を動かしたとき、
視界に入ったのがこの「風の影」だったのだ。

そうだ、これを借りよう!


思いがけず、探していたものとは違うものに出会い、
それが結果的に出会うべくして出会ったかのように価値のあるものだった、、、
そんな状況がいわゆるセレンディピティserendipityという単語の意味だったかと思う。


原題は「La Sombra del Viento」。
まさに「風の影」、である。


読み始めたら、一気に引き込まれた。
不思議な感覚。

スペイン人作家というとどこか荒っぽくて重い文章を想像する。
けれどこの作品は、そんなイメージからは程遠い
いや対局にあるような、軽やかさ。

一陣の風が吹き抜けていくような透明感のある文章に
心をわしづかみにされた。

まだ途中なのだけど、作者はきっと「本」や「読書」が大好きな人物なのだろう。
少年と本との関りが、ファンタジーとイマジネーションをまじえつつ、
キラキラ輝く言葉でつづられている。


ああ、この本は是非原文で読んでみたい。
訳も素敵なのだけど、
気取りのないスペイン語を最大限に輝かせる魔法を
この作家は持っている、そんな気がするのだ。



2017.09.06 Wed | Private| 0 track backs,
バナナトースト
朝食用のパンは、レーズンやクルミがはいっているパン、あるいは
フレンチトースト、というパターンが多い私だが、
最近バナナトーストにはまっている。


パンにバター、ナッツ、ドライフルーツ、バナナを載せて
シナモンをかけて焼いたあと、
このは頂きもののBeeoticのちみつをたっぷりかける。
黒糖が入っているかのような濃厚さで、こってりと仕上がるのが気に入っている。


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2017.09.05 Tue | Private| 0 track backs,
「美しい夏の行方 イタリア、シチリア」辻邦生
辻邦生さんの「美しい夏の行方」を読んでいる。

美術にせよ音楽にせよ、美的なものに敏感で、
沸き上がる感動を、的確に極上の言葉で紡いでいく辻さんの
真骨頂とも言うべき作品だ。

スポレート、フィレンツェ、シチリアなどを再訪し、
若かりし頃、初訪問した時の記憶を辿ったり、
修復後の洗浄過多のヴィーナスの誕生(ボッティチェリ)を嘆きつつも、
美の殿堂イタリアに対する溢れんばかりの情熱を吐露していく。


その一方で、イタリアという風土への賛辞も忘れない。
カンポ(広場)で日長一日何もしない人々の姿に生への熱いパッショーネを感じ、
そうした熱気の渦の中に身を置くことで、
自身も思い切り生を謳歌していく。


美に打ち震え、生きているだけでも、祝福に値すること、とまで口にする辻さん。

辻さんの他の作品からも、美への耽溺傾向はうかがわれるけれど、
イタリア取材以降の書下ろし作品ということで、
その感情の波は増幅している。


ふと思った。
ある国に行って、芸術に触れて、ここまで耽美的なリアクションをする人は、
すでに絶滅危惧種になったのではあるまいか?

訪問前にネットで精密画像を見て、
町の情報を入手して、万全の態勢で旅に出る。

ああ、情報通りだったと確認する、それが旅のパターンとなっている。


もちろん目の前で実物を見ることは意義があり、感動もひとしおであるはずだけど、
未知の要素があるからこそ震えるほどの感動が促される。

辻さんが本書の中で、感動と興奮に包まれれば包まれるほど、
何か喪失感のようなものがじわじわと湧いてくるのだった。


2017.09.04 Mon | Books| 0 track backs,
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