サンドイッチとお寿司で小腹を満たし、これで機内では夕食食べずに寝てもいいかも、と思う。
前回はビジネスクラスにアップグレードだったので、ラウンジではほとんど食べなかった。
機内食の方がベターだから。
しかし今日は通常モードのエコノミークラス。
機内食よりこっちのサンドイッチの方がいいや。
それにしても周囲のサラリーマンたち、みな一様にだら〜りとした様子で生ビールを次から次におかわりしている。
この上機内でもあれこれ飲むのだろう。
みんなつかの間の開放感を謳歌している感じ。
ひとたび着陸したら、仕事が待っているものね。
卵は出発の5日前に買って打ち止め。毎日2つずつ朝食の目玉焼きに使って、5日目の出発日にジャスト終了。このぴったり感が、なんとも快感なのだ。
さらに乾燥わかめ、きな粉入りピーナツバターなどといった保存食も使い切って気分爽快。
生鮮食品の方はといえば、ピーマン3個、人参2本と生クリームの残りという取り合わせで余っていた。どうしよう・・・と考えて、急きょ鶏肉のポルチーニソースがけを作ることに。
かくして今晩無事、全て使い切った。
ここで鶏肉のポルチーニソースがけの作り方。適当に考えたレシピだけど、なかなかイケる(と思う)
1) 乾燥ポルチーニ茸を軽く洗ってから水でもどす。
2) 鶏肉を油で炒め、軽く火が通ったら細切りにした残り野菜(含人参1本、ピーマン3個)をいっせいに入れる。トマトもあまっていたので、今日はトマトのみじん切りも加える。
3) ブイヨン一個、ポルチーニをもどし汁ごと、生クリームを注ぐ。
4) 煮込む。塩コショウで味を整える。
完食。実に晴れ晴れとした気分で出発できる。
そうそう、ツーレの会社の渡航禁止が解けた。
急きょ「僕も行くから」と言われて動揺する。
すでにダブルルームをシングルに変更してしまった。
スペインのステージに及んでは、行くこと自体をキャンセルし、フランスにとどまる旅程に変更してしまった。
ひとりでバルセロナとかでレースを見るのは、ちょっと安全面的にしんどいな、と。
こんなことなら、再度バルセロナ行きを検討しようか、と思ったけど、すでに宿はリリースしてしまい、これからの予約は無理だった。(無理、というより正確には20€高い部屋なら空いていたけど、それは悔しすぎる。)
彼の分の飛行機の予約が取れたのだけは朗報だけど。
* Email From Hさん
岩波の図書、定期購読を止めて久しいけれど、この連載は覚えています。
ローマのゲットー、ユダヤ人作家の逃避行、どこか海岸沿いの都市の話・・・
たぶん、それがトリエステだったはず。
早速図書館で予約掛けました。
![]() | イタリア・ユダヤ人の風景 (2004/12) 河島 英昭 商品詳細を見る |
ゲットーにあるシナゴーグは、外からそれとはよくわからないけれど、5つあるシナゴーグのうち1つは、よく見れば、なるほどそうか、という感じ。
写真がそれ。最上階に帽子のようなドームがちょこんと乗っている。
シナゴーグは人に踏みつけられないように、建物の最上階に造られた、と聞いたことがある。

ゲットーツアーは書店がある建物が入り口になっていて、その上にはドイツ人のシナゴーグがある。そこから外に出ることなく、建物内の廊下を経由して、2つ目のシナゴーグカントンへと通じている。
それがこの↑写真。
それぞれお国柄が出るのか、内部は華美なものから質素なものまで。
実際のツアーの話は腰を落ち着けて別の機会に書くとして、今日はメールで頂いた情報を引用することに。
深く知れば旅はもっと面白くなる、そう実感した今回のイタリア旅行。
下記2冊を読んだら、さらに見るものの意味が深みを増すかもしれない。
イタリア・ゲットーを知るための本
* Email From Saharaさん
このところのゲットーの探求ぶりを拝見していて、この本を紹介させていただきたく思いました。
岩波の 図書 に長く連載されておりました時、私は読みまして、
単行本におりてからは、しかるべき時に読もうと思っております。
河島英昭 著
イタリア・ユダヤ人の風景 岩波書店 刊
ISBN 978−4−00−22145−0
価格 3780円
追記)
別の友人がイタリアのゲットーに関連していい本を見つけたと先日言っていたけど、まさにこの本↑だったそうだ。
宗教画を理解するための本
* Email From kyomiさん
美術のお勧め本
キリスト教のいわゆる宗教美術って、約束事が分からないと面白くない部分が多いので、初めてイタリアに行く前に簡単な解説書を読みました。
「マリアのウインク 聖書の名シーン集」 (株)視覚デザイン研究所
旧約聖書と新約聖書と両方がストーリー仕立てで、イラストがふんだんに使われていてとても分かりやすかったです。
たとえば、マリアの受胎告知。 大天使ガブリエルは、白い百合(白=純潔)を持っていますが、シエナ派はオリーブです。
これは、百合が敵対するフィレンツェのシンボルだったから、それを避けたのですね。
もし、まだ読んでいなければ、本屋さんで手に取ってみてください。
六本木の「TSUTAYA」はコーヒーが飲める本屋さん。
それとはちょっと違うけど、書店の内部にカフェを併設している場所が、ヴェネツィアにある。
これ、場所はどこかというと・・・


むろん、本日のこのDiaryのタイトルから推してわかるとおり、ヴェネツィアのゲットーのどこかには違いない。
具体的に言うと −
実はこの店、例のゲットーツアー用シナゴーグの1Fの風景なのだ。
そう、かつて須賀敦子が訪れた場所。
ワンタッチの差でツアーに間に合わず、最初は諦めたものの、何度目かのトライで、最後は仕方なく次回のツアーまで待つことにしたというあの場所。
つっけんどんな窓口の人が、その日だけはふと思いやりを口にする。
ツアーの時間まで、上の博物館を見学していてはどうか、と。
で、彼女は博物館を先に見て、そこで赤ちゃん入れの白い封筒を発見する、というわけだ。
ところが、私が行った時は、博物館はもちろんあったけど(でも赤ちゃん入れはもう展示されていなかった)、それだけでなく、1Fはユダヤに関する書物を中心とした書店+カフェになっていた。
真新しいから、彼女の時代には、これはなかったはずで、もしこんな空間があれば、1時間潰すのはさして苦労にはならなかったことだろう。
シナゴーグの建物内に、こんな気の利いたスペースを設けるとは。
須賀さんが見たらなんと言っただろう。
時代の流れに驚きの溜息を洩らしたか。
もっとも、当時と今で、まったく変わっていなかったものがひとつある。
それは −
受付嬢のつっけんどんな態度!!
(写真の女性は受付嬢ではなく、カフェの女主人。こちらは愛想悪くはない)

ホテルにチェックインし、感心することしきり。
最近のホテルは気が利いている。
ラウンジでは、24時間フリードリンクサービス。

窓に面した席もある。

浴衣じゃなく、パジャマが用意されていて。

レディスルームなので、乳液、化粧水、パック、ヘアクリーム、、、などなど。

湯沸しポット、冷蔵庫やドライヤーのほか、アイロン、プレッサー、空気清浄機も。

新しくて気持ちいい。
朝食無料。
値段も安価のようだし(航空券とセットだったので値段はよくわからないけど。)
10点をあげたい。
それでわざわざ迂回してアクイレイアまで足を延ばしたのだけど、バジリカ以外にも、この地には遺跡群があり、ユネスコ登録されているのを知った。
そして、念願のアクイレイア見学を終え、移動した先のチェルヴィニャーノで例のおじさんたちとバールで一杯やっていたときのこと。
「アクイレイアに行ってきたんです」と言ったら、みんな口々に、「あそこは古い都なんだ」と褒め称え、ひとりが、「あそこは第三のローマだ」と言いだした。すると、相棒の方が、「いいや違う第二のローマだ」と反論。しばし意見が分裂したものの、最終的に「第二のローマ」に落ち着いた。
だがしかし、第二のローマの割に、雲泥の差だ。規模や華やかさすべてにおいて比べることすらローマに申し訳ないぐらいヒケを取っている。
でもおじさんたちに言わせれば、「掘り起こせば遺跡だらけだけど、キリがないしお金もない」(本当はもっとすごいのだ。。。云々)
そのユネスコの遺跡群(河港跡)の写真はこのとおり。ローマと比べると、街全体、大人と赤子以上の違いがあり、スケールで遥かに劣るとはいいつつも、一世紀頃に造られた古代都市が、忽然と現れる様は、なんとも不思議。しかも余りにさりげないというか、ぞんざいにも近い形で目の前に姿を見せるのだから参っちゃう。
この国では、古代がいたるところに散らばっていて、身近すぎて、2000年とかいう時間の隔たりの捉え方が、日本人のそれとは違うのではないだろうか。
いにしえがすごく身近、というか。三代前の肉親を語るような気軽さ、といったら大げさかもしれないけれど。


まるで忘れ物?というような素っ気なさ。


やっぱり無造作。




一応一定間隔で、説明書きは置かれている。

河港に沿ってのそのそ歩いている最中、人影はゼロ。しかし、一番奥まで行ったあたりで逆側の入り口から入ってきたらしいグループが出現。観光バスかなにかで来たのだろうか。私はバジリカ側からアクセスしたけど、本来は団体が通ってきた側が正面玄関(というほど大げさじゃないが)だったみたい。

正面玄関からの眺め。

WIKIから
アクイレイアは紀元前181年に出来た古代ローマの植民都市を起源とし、紀元前89年には「ムニキピウム(municipium)」となった。皇帝アウグストゥスの治世(前27年〜前14年)には本国第10州「ヴェネティア・エト・ヒストリア(Venetia et Histria)」の首都とされた。 アクイレイアは人口20万人に達し帝国で4番目の都市となった。1世紀を通じて文化と経済は大きく発展し「第二のローマ」とまで呼ばれる様になった。
情報をなにも手にすることなくゲットーを訪れたので、広場を訪れたのちは、とくになんの計画もなかった。
適当に街を散策し、帰途につくことに。
運河に向かって歩きかけて、ふと、シナゴーグをまだ見ていないのに気づいた。
ここまで来たら見ずに帰るのはもったいない、そう思って再び中心部に向かってあてもなく歩き始める。
一体シナゴーグはどこにあるのだろう?
独り言がまるで聞き入れられたかのように、運よく「シナゴーグはこちら」、とうい黄色い看板が目に入った。(下の写真)


ぽつんぽつんと現われる黄色い目印にいざなわれるがままに歩いたら、元の広場に戻ってしまった。
???どういうこと?広場にはシナゴーグなんてなかったけど・・・
狐につままれた思いで、ふと人が群がっているところに来てみると、そこがシナゴーグだった。
写真右の白い2F建ての建物。

これじゃあ、気付かなくても不思議じゃない。
代々木上原にあるイスラム教の寺院(あれは『東京ジャーミー』という名前なのだそうだ)のような立派なものを想像していた。
私が広場に足を踏み入れたのは9:30で、博物館が開館する前。
建物のそばには だあれもいなかった。
再度訪れたのは丁度開館時間の10時だったから、突如 人が降ってわいたようにこの建物の前に集まり始めたのだ。

確かに最初に広場を見物した際、こんな写真(↓)も撮っていた。
でも、「博物館があるんだ」、とは思ったものの、扉は堅く閉まっていたし、貧相に見えたので、ユダヤの人たちのためのマニアックな博物館だろう、ぐらいにしか思わなかった。
博物館という表示しか見ずにさっさとその場を離れたけど、よく見ればシナゴーグと書いてある。

須賀敦子『地図のない道』(ゲットの広場で)
「今最後のツアーが出発したばかりです。また明日来てください。」
なんて愚鈍だった私。
これだ、これなのだ。須賀敦子が数回にわたり、拒絶されたという、あのゲットーツアーの場所というのは。
彼女は最後のツアーに参加しそこなったり、あるいはツアーが行ったばかりで1時間待たされるのがたまらず、諦めて何度か帰るはめになった。
でも私は幸い30分後にツアーがあるという。

博物館だけなら3€。ガイド付きなら8€50。
折角ここまで導かれたのだから、と30分待ってツアーに参加することにした。(つづく)

日本庭園にて







